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2.電力

「あわわわわわ」


 ククの裸体を見つめ、今にも卒倒しそうなほど顔面蒼白になり唇を震わせる明子。

 それはそうだろう。

 ククの見た目はどう見ても中学生くらい。

 しかも全裸。

 もし本当に息子の彼女なのだとしたら……いや、彼女であろうとなかろうと、そんな娘が息子と一緒にいて、ナニかをしていたのなら大問題なのだから。


「はっ」


 驚天動地の状況に、じっとしている場合ではないとソファから立ち上がった明子は、


「え、えらいこっちゃ!」


 庭に面した掃き出し窓へと走った。

 カーテンを閉めて、ご近所様にククを見られないようにするためである。その際、


「ゆーちゃん! 玄関の鍵閉めて!」


 優子にも大声で指示を飛ばした。

 不意の客人の侵入を防ぐためである。


「なんで?」


 明子の奇行に可愛らしく首を傾げる優子。


「お兄ちゃんがワッパかけられてもいいの!?」


「わっぱー?」


「しょっ引かれてもいいの!?」


「しょっぴー?」


「早くしないとマッポに踏み入られ……いえ、やっぱりいいわ」


 我が娘の無垢な姿を見て己を恥じ、明子はようやく落ち着きを取り戻した。

 そうだ、まだ何も、息子が少女に淫行を働いたと決まったわけではない。

 むーちゃんは良識のある子だ。

 そんなことをする子ではない。

 百パー童貞だし。

 母親が信じてやらなくてどうするのだ。

 明子は、そう自分に言い聞かせ、ソファに座り直した。

 明子がテーブルに置いてあったプリ◯グルズサワークリームアンドオニオンが浮かぶ紅茶で喉を潤し、ククヘ顔を向け、


「ごめんなさい、みっともない姿をお見せして」


 まずは非礼を詫びた。


「あ、うん」


 よくわからないが、ククはなんとなく頷いた。


「話の前に、服を着ましょうか。え〜と……ちょっと待ってて」


 明子は、隣の和室へ行き、畳んである洗濯物の中から武刀が通う高校の体操着を持って戻ってきた。


「適当なものがないから、とりあえずこれを着て」


「うん、ありがと」


 受け取ったククが、袖と首元に赤いラインが入った白の半袖シャツと赤いハーフパンツに手足を通す。

 ククの体に服のサイズは大きく、ぶかぶかで合ってないのだが、変に可愛さが強調されており、ある意味では似合っていた。

 明子は、ククが手に持っていた護符をパンツのポケットにしまったのを見てから、ソファに腰を落ち着け、


「私は、むーちゃん……武刀の母で、羽場明子です。よろしくね」


 表情を引き締めて自己紹介した。


「わたしは、はばゆーこです」


 優子もペッコリ頭を下げて母につづいた。

 それを聞いてククは、ようやく武刀が父親と母親と妹がいると言っていたことを思い出し、むーたんむーちゃんが武刀のことだと理解した。


「アタシはククよ。こちらこそよろしくね」


 ククも明子と、服を着た後また自分の手をギュッと握り直し、ニコニコと愛らしい笑顔を向けてくる優子に挨拶を返した。


「……」


 明子がククをじっくりと眺める。

 クク?

 外国の子かしら?

 白銀色の髪と肌の白さからしてそうなのだろうけれど、息子はどこでこんな海外の美少女と知り合ったのか?

 いつ家に入ってきたのだろうか?

 手に持ってた紙はなにかしら?

 シミひとつない肌が羨ましい。

 明子の疑問は尽きない。


「それで、むー……武刀はどこ? 部屋にいるの?」


「まだトレアドールにいる」


「……」


「……」


「……」


 何か説明があるかと思い明子は待ったが、それだけだった。

 トレアドール?

 トレアドールって何だ?

 若者の間で流行ってるトレンディスポットだろうか?

 ならば明子は、聞くことができない。

 聞くこと、それ即ち、自分がオバサンであると相手に認識されてしまう行為なのだから。


「あ」


 ククは、黙ってしまった明子を見て、武刀の頼み事を思い出した。

 『ウチの家族って僕が異世界に召喚されてるって言っても信じてくれないから、代わりに説明しといて』というやつだ。

 そうだったそうだったと心の中で頷いたククが、異世界について説明しようとすると、


「ククちゃん、私の質問に正直に答えてちょうだい」


 それよりも先に明子が口を開き、厳しい目を白銀髪の少女へ向けた。


「ククちゃん、歳はお幾つ?」


「百十二、三歳」


「……」


 ボケたのだろう。

 百を引いて、見た目通りの年齢と明子は解釈した。


「……次から、デ◯モン閣下みたいのはいらないから」


「誰それ?」


「じゃあ、息子とは、ど、ど、ど」


 本命の質問に心臓の鼓動が早くなり、言葉がどもってしまう明子。しかし、息を吸い込み、吐き出す勢いそのままに、思い切ってククヘ尋ねた。


「息子とは、ど、どこまでいったの?」


「どこまで?」


「A? ま、まさか……B? し、Cってことは……ないわよね?」


「……えっと、ぜ」


「ゼーーーーーット! まさかのゼーーーーーーーーーーット!」


「んぜん言ってる意味が」


「全て知っているというのね!? 全てを知り尽くした仲だというのね!? やっちまったよビッグサン! これで引っ越し決定よ! 一家そろって島流しよ! アハハハハハハハハハハッ!」


「……ママさん大丈夫?」


 ククが、手を繋いだままの優子に尋ねた。


「えへへー」


 ニッコリ笑顔が返ってきた。

 すんごい可愛い。

 可愛いんだけど、こんな簡単に見ず知らずの相手に懐いて、この子もこの子で大丈夫かしらと心配になるクク。


「ジーザスファッキンクライスト! ジーザスファッキンクライスト!」


 なおも錯乱中の明子。

 こりゃ埒があかないと考えたククは、


「えっとね――」


 ともかく、異世界について話すことにした。



 ◇◆



「――そんなわけで、今あいつはまだトレアドールって街に……異世界にいるのよ」


 ククが話し出してしばらく、平静を取り戻した明子は、武刀が十日以上前からリィザという女の子に召喚獣バハムートとして異世界に喚ばれるという日常を送っていること、そこには魔法があり魔物がいること、ククは異世界からやってきた武刀の仲間の一人だということ、今は武刀の代わりにククが日本へ還ってきているということなど、突拍子も無い話に耳を傾けていた。


「イセカイってなに〜?」


 一緒に話を聞いていた優子が、ククと繋いだ手をブンブン振りながら、その先にある顔を見上げた。


「こことは別の世界のことよ」


「ふ〜ん? ……ト◯ロいる?」


「何それ?」


「あのねぇ、ト◯ロはねぇ」


 嬉しそうにト◯ロについて語る優子。

 その話を真剣に聞いているククを見たまま明子は考える。


 とりあえず、息子と変な関係でなさそうなことは良かったが、異世界か……。


 そういえば、ここ二週間ほどむーちゃんの様子はおかしかった。

 朝にこっそりシャワーを浴びていたり、パジャマが土で汚れていたり、不意に姿を消したかと思ったら部屋から疲れた顔をして出てきたり。

 今日も「ケルちゃんの散歩に行ってくる」と言った後、ケルちゃんの鳴き声がずっと聞こえてくるのを不思議に思い庭に出ると、むーちゃんはどこにもいなかった。

 いつだったかむーちゃんが、「僕、異世界に召喚されててさ」と言い出した時は、「萌え〜」とかそういう方向へ行っちゃうのかしらと思ったが、これはひょっとして、本当に本当のことなのかもしれない。

 でも、いくら羽場武刀で名前が似ているからって、バハムートとして召喚される日がくるなんて……。


「そんで、ぶわーっておソラもとべるの。イセカイにいる?」


「……う〜ん」


 ト◯ロの説明を聞き終え、顔を上向け頭をかいているククを見て、明子はその心中を察する。

 きっと、子供相手に「いない」とハッキリ告げることを躊躇して


「あいつのことかな?」


「「いるの!?」」


 優子が驚き、明子も思わずソファから腰を上げた。


「み、みたいみたい! あいたいあいたい! わたしもイセカイつれてって!」


「オ、オ◯ムは!? ラピ◯タは!? バ◯スって本当に滅びの……あっ!? ん゛、ん゛ん゛っ」


 またしても取り乱してしまった自分を恥じ、体裁を整えるように明子が咳払いをし、


「ごしょーです! ごしょーですから!」


「ゆーちゃん」


 なおもククにせがむ優子のそばにしゃがみ、頭をそっと撫でた。


「お母さん、ククちゃんと大事なお話があるから、その話は後にしましょう? ね?」


「ええ〜〜〜〜〜」


 優子は、不満げな声を長くあげたが、


「……は〜い」


 最後は渋々とはいえ理解を示した。

 聞き分けのいい子なのだ。


「……ぜったいト◯ロにのっちゃる」


 野心家でもあるのだ。


「それで、ククちゃん」


 仕切り直して立ち上がり、明子がククへ顔を向けた。


「何? 異世界のこと信じてくれた?」


「……まるっきり信じられないってわけじゃないの。でもね」


「ああ、証拠よね。任せて。これ見たら信じると思うわ。バハムートがそう言ってたし」


 バハムートというのはむーちゃんのことのはず。

 からかうニュアンスは一切なく、真顔でそう呼ばれる息子に違和感満載の明子だが、それは置いといて。

 証拠……証拠か……。


「んじゃあ、見せるわね」


 ポケットから紙を一枚取り出し、何かをしようとしているククを、


「ちょっと待って」


 明子は止めた。


「ん? どしたの?」


 証拠というのが何か気になるが、明子は明子で、


「異世界から来たってこと、私のやり方で証明してもらってもいいかしら?」


 自分なりに試してみたいことがあったのだ。


「いいけど、何すんの?」


「ククちゃんの世界に電力ってある?」


「ああ、それバハムートもクロアに聞いてたけど、アタシの世界にはないわね」


「ふむふむ……じゃあ、この部屋に入ってどう思った?」


「あ! そうよ! ずっと気になってたのよ! 天井で光ってる平べったいの何!? この世界のランプ!? それにそこにある風が出てるやつは!? 魔道具!? あ、でもバハムートがこの世界には魔道具がないって言ってたっけ」


 まどうぐというのは、おそらく魔法の道具のことだろうと明子は想像しつつ、電灯をランプ、扇風機を魔道具と言ったククに、ニヤリと笑った。

 この反応、予想通り。という笑みである。

 ならばと、電灯と扇風機について優子から説明を受けているククを横目に見ながら、明子はエアコンのリモコンを手に取り、


 ピッ


 電源を入れた。


「ん? 何の音?」


 ククが音が聞こえたエアコンへ目を向けた。

 エアコンは、小さく唸り声を上げた後、送風口を開き、涼しく乾いた風を部屋の中へと吐き出した。


「ん〜? ……え? えぇぇぇぇぇっ!?」


 冷風に気づいたククが目を丸くして驚き、優子をその場において、エアコンの真下へ走った。


「ええっ!? 何これ何これ何なのこれ!? チョー気持ちいい!」


 平泳ぎ金メダリストみたいなことを言いながらはしゃぐクク。

 両腕を広げ、至福の表情で冷たい風を浴びている。


「フフフ……」


 そんなククとククの後を追いかけて行き、説明してあげている優子を見ながら明子は薄く笑い、次にスマホを取り出しちょちょいと操作して、ダウンロードしてある洋楽を再生した。


「ん? また音が……ってか、音楽?」


 音に気づいたククが明子を見、その手元を見、


「な、ななな何ソレ!?」


 すぐに食いつき、明子の手からスマホを奪い取った。


「何この板!? 何で音が出てんの!? てか声が聞こえるんだけど!? どゆこと!?」


 ほぼゼロ距離でスマホを耳に当てるクク。

 ククの隣で説明してあげている優子。


「フフフフフ……」


 そんな二人を見てほくそ笑む明子。

 明子は楽しんでいた。

 たまらなく楽しかった。

 異世界出身かどうかを確かめるためという本来の目的を、すっかり忘れるほどに。


 さて、お次はお待ちかね……。

 明子は、メインディッシュを前にした食いしん坊のように唇をペロリと舐め、テレビのリモコンを手に持ち電源ボタンを押した。


「キシャアァァァァァッ!」


 音もなく起動した四十インチ大画面液晶テレビには、海外映画が映し出され、骨ばった黒い体に頭がやたらと長い地球外生物が、画面の奥から手前へ向かって走ってくるシーンだった。

 こりゃちょうど面白いところだわ、とニヤつく明子。

 奇怪な鳴き声が聞こえ、


「へ?」


 それを耳にしたククは、テレビへ顔を向け、


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 悲鳴を上げた。


「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 優子も。


「ユーコっ、下がりなさい!」


 しかしククは、素早く優子を背中にかばい、


「このっ!」


 スマホを手放し、パンツのポケットから護符を一枚取り出し、


「『風よ切り裂け』!」


 文言を唱え、テレビへと投げつけた。

 テレビ画面に当たった護符は小さな竜巻を生み出し、テレビ全体を飲み込むようにして包み、


「ほえ?」


 抜けた声を上げた明子の目の前で、


 ズバッ ズバッ ズバッ


 地球外生物が映る家電製品を、ブロック状に斬り裂いた。


「おんぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 明子は絶叫した。

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