1.何じゃここ?
夜。
場所は日本、とある木造住宅の二階の一室、ベッド横の青いカーペットの上、いつも武刀が異世界から還ってくるポイント。
そこに、忽然と一人の男が姿を現した。
腰に巫女装束のような白い羽織をパレオみたく巻いただけの、ほぼ裸の男が。
今日も武刀が異世界から戻ってきたのだった。
とは言っても見た目が武刀なだけで、中身は全くの別人――いや、別種族、狐のククだが。
「……うん。うんうん」
部屋の中を見回しククがコクコクと頷く。
「あいつ、還る場所はいつも自分の部屋って言ってたから、多分成功ね」
ひとまず、リィザの帰還魔法が上手くいったことに一安心なクク。
「へぇ~……」
両開きカーテンの合わせ目から僅かに漏れる外の光を頼りに、ククが目と首をせわしなく動かし、薄暗い室内を観察する。
そこに置かれているものは、勉強机、小さな四角いテーブル、十六インチ液晶テレビ、ゲーム機、本棚、ベッドなどなどである。
「ふむふむ……ランプ、ロウソクは置いてないみたいね」
ククにとって人工的な灯りといえばその二つくらいなので、頭の上にある室内灯には気づけない。
しかし、見た目は男子高校生でもその正体は狐なので、視界の確保には困らないわけだが。
「なるほどねぇ、ここが異世界かぁ」
一通り室内にあるものを見て、感慨深げに独りごちたククは、
「しっかし、大量の本を持ってるのねぇ」
ほぼマンガ本だけが二百冊ほど並んでいる、幅の広い四段構成の本棚に目を見張った。
ククの世界では、本は決して珍しいものではなかったが、個人で所有している人間となると限られたほんの一部の者となってくるので、武刀が本を、しかも大量に持っていることが意外だったのだ。
「バハムートって学校に通ってるそうだから、その本かしらね?」
興味をひかれたククは、本棚をじっと見つめ、
「……ふむ」
ひとつ頷き、
「それはさておきベッドの下を調べますか」
横にある寝具へ目を向けた。
武刀が『絶対に見ないで』と言っていたその場所を探るために。
「フフフ、何があるのかな?」
見るなと言われると見たくなる。
それは、狐とて同様なのである。
「クンクン。……匂いからしてイカの干物かしら?」
さっそくククが両手両膝をカーペットについて、ベッドの下を覗くため頭を下げ、
ブォンブォン!
「わっ!?」
すぐに顔を上げた。
外から聞きなれない音が響いてきたからだ。
「え!? 何!? え!?」
ビックリ顔のままククが立ち上がって窓際へ駆け寄りカーテンを開けた。
すると、窓ガラス越しに見えたものは、ジグザグ走行というはた迷惑な運転をしているノーヘルの二人組が乗った原動機付自転車で、騒音をまき散らしながら武刀の家の前の道路を走り去って行った。
「…………………………何あれ?」
バイクである。
ウ~~~!
ククの困惑をよそに、今度は一台のパトカーが赤色灯を点け、サイレンを鳴らしながら、ノーヘル二人組を追って道路を走り去って行った。
「…………………………何あれ?」
車である。
「……てゆーか、何なのこの街?」
ククが日本行きを望んだ理由は、武刀がいつも血色の良い顔をしているので、さぞかし美味しいものを食べているのだろうと興味を持ち、自分もそれにありつきたいと考えたからだった。
なので、外にはあまり興味を持たず、加えて、武刀は山奥にでもある超ド田舎の村に住んでいると予想していたので、暇があったら見ればいい、くらいに思っていたのだった。
だが、まったくの予想外の光景に、ククは自然瞠目した。
武刀の住む町は、全国どこにでもある中途半端に田舎な町だ。
『閑静』という上等な表現よりも、『ただ静かなだけ』という言葉がピッタリな住宅地。
しかし、そんな光景も、異世界出身のククからすれば、
「……何じゃここ?」
と言わずにはいられないほど奇天烈なものだった。
「……え〜?」
戸惑いながら窓を開け、窓枠から身を乗り出し、湿り気のある風を肌に感じつつ、外の景色を眺めるクク。
首と視線が上下左右あちこちへ動き回る。
「……道が黒くない?」
アスファルトである。
「……やたらと立ってるあの棒何かしら?」
電柱である。
「……街灯明るすぎでしょ」
LEDである。
「……めっさデカい建物があるんだけど」
マンションである。
「……星が動いてる」
飛行機である。
「……犬かしら?」
犬である。
「……何ここ?」
日本である。
「ほぇ~……」
ぽかんと口を開けたまま、街の様子に見入るクク。しばらくして、窓辺から一歩下がり、
「……とんでもないところに来ちゃったかも」
ブルリと体を震わせた。
「すっごく楽しそう!」
恐怖でなく喜びに。
ククは、とっても好奇心旺盛な狐なのであった。
「こりゃ、当分退屈せずにすみそうね」
ククは、嬉しそうに「ムフフ」と笑い、
「え〜と、そんじゃ……」
少し考え、
「まずは、変化するか」
履いていたサンダルを脱ぎ、腰に巻いていた羽織を取って、素っ裸になった。
様々な生き物に姿を変えることのできる『変化』は、ククの特技の一つだ。
「男に変化すると、チ◯コと金玉が気になって落ち着かないのよね」
こいつらってよくこんな急所モロ出しで生きてられるわね〜、などと考えつつ金玉袋を一揉みした後、ククが合掌し、変化する人間を頭の中に思い描くことに集中し、
「『変化』!」
シンプルな呪文を唱えた。
すると、工作中の粘土のごとく、ククの体が誰かにこねられているかのようにグネグネグネグネと気持ち悪く蠢いて徐々に形を変えていき、ものの十秒ほどで武刀とは別の人間に変身完了。
ふんわりとした白銀色のロングヘアーにぱっちりお目々、見た目が十二、三歳くらいの色白美少女がそこに立っていた。
ちなみに、変化している様子がグロいので、普段は煙の護符を使って変身過程を隠している。
「これでよし」
部屋にある姿見の鏡で一応変身具合を確認したククは、
「あ、そうそう」
ベッドの上に置いた羽織の袂をゴソゴソ探り、
「あったあった」
短冊ほどの大きさの、異世界の文字が書かれた言語の護符を取り出した。
異なる言語を使う対象の体毛を護符に挟み、身につけておくと、相手が最も高い頻度で使う言語を自分も操り理解もできるようになるという便利な護符だ。
すでに武刀の髪の毛を挟んでいるそれと、別の護符も数枚手に持ち、
「あとは、服ね」
洗濯された服を着るべく裸のままクローゼットのほうへ移動しようとした。そこへ、
ガチャ
一人の女の子がドアを開け、部屋に入ってきた。
「むにゃむにゃ……むーたん?」
眠そうに目をこすり、手に乗り物のような猫のぬいぐるみを抱えている幼女。
肩まである真っ直ぐで細い黒髪に、まぁるい顔、ピンク地に黄色いマーガレット柄のパジャマを着たその子は、今年五歳になる武刀の妹、羽場優子だった。
むーたんとは、兄の武刀のことである。
二階から物音が聞こえ、いつも遊んでくれる大好きな兄が帰ってきたと思い、半分寝ていた体をがんばって起こし、ボンヤリとした頭のまま一階からここへやってきたのだった。しかし、中にいたのは、知らないお姉さんだったものだから、
「!?」
優子は、目を見開き、ぬいぐるみを手から落とし、体を硬直させてしまった。
一方のククは、部屋に入ってきたそんな優子を見て、
「あんた誰?」
ぺったんこの胸を張って堂々と聞いた。
むしろそれは相手のセリフだというのに。
この狐娘、只者ではないのだ。
聞かれた優子は、手を震わせ、唇を震わせ、
「む、む、む……」
声も震わせ、
「むーたんのカノジョさんですか!?」
芸能リポーターのようなことを聞いた。
物怖じしない子なのだ。
「キ、キッスはしましたか!?」
おませさんなのだ。
「は? いや、むーたんって誰のことを」
「はうあっ!? お、おかーさんにっ、おかーさんにしょーかいせねば! ゆいのーせねば!」
意味はよくわかっていないが覚えたてで使いたくてしょうがなかった結納という言葉を使えて満足顔の優子が部屋に入り、ククの手を掴み、
「え? え? ち、ちょっと?」
戸惑う狐娘に構うことなく、その手を引っ張って部屋を出た。
廊下を走り、階段手前で一旦止まって、
「んしょ、んしょ」
一段ずつ降り、一階についてまた廊下を走り、
「おかーさーーーん!」
リビングのドアを開け、中へ顔を覗かせた。
そこでは、グレーのスウェットパンツに黒の半袖カットソーを着た、四十を過ぎたにしてはまだまだ若さと美貌を保っているショートヘアーの女性、武刀と優子の母親である羽場明子が、ソファに座ってスマホをいじっていた。
明子は、なにやら興奮気味の優子の顔を見て、
「あら、ゆーちゃん。起きちゃったの? 怖い夢でも見た? モグモグモグ」
プリ◯グルズサワークリームアンドオニオンをパクつきながら優子に尋ねた。
「おかーさん! むーたんがカノジョさんつれてきた!」
「え、お兄ちゃん帰ってきてたの? てか、彼女さん? アーン、モグモグ」
明子は、彼女という単語に首をひねりながらプリ◯グルズサワークリームアンドオニオンを口の中へ放り込み、
「うん! このひと!」
優子が手を引き、一緒に中へ入ってきた全裸のククを見て、
「ぶばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
全部吐き出した。
お読みいただきましてありがとうございます。
あらすじでも書きましたとおり、『喚ばれて還って召喚ラーイフ!』の外伝作品です。
どうぞよろしくお願いいたします。




