9、勇者一行、全滅。
踊り子マネアはふらふらになりながらも何とか立ち上がる。
「ふ、ふざけんじゃないわよ。私がこんなところで……」
ここはラズライト街のちょうど手前。
すでにラズライトに人はいなかった。魔王軍に先回りされ攻撃されていた為だ。だから、誰も助けに来ず、勇者たちは相変わらず三人だけで戦っていた。
踊り子と戦士と勇者は互いに背中を合わせ、三方向を向いている。
勇者エスバインは唇を噛み、剣を握りしめる。
その勇者たちをぐるりと取り囲むように魔物がいた。
エスバインは視線を激しく動かす。
だが、出口は見つからない。
勇者たちを取り囲む“360度の包囲網”はまさに蟻の這い出る隙間もなかった。
魔物たちはじりじりとにじり寄る。
「これは、困りましたねぇ」と勇者エスバインはニヒルな笑みを浮かべる。
「まったくその通りだな。勇者よ」
その低く地獄から聞こえてきそうな声は戦場になぜか響いた。
エスバインはその声を聞いただけで、その声の主が誰なのか分かってしまった。
「相変わらず悪趣味な声ですねぇ。隠れてないで出てきたらどうです? 魔王サタン」
すると、まるでモーゼが海を割ったように、魔物たちが左右に割れ、正面からゆっくり魔王サタンが姿を現した。
おでこから二本のツノが生えており、目は赤く、その体は常人の4~5倍近くあった。
勇者は不思議だった。
なぜここまで自分が追い込まれているのか。
一か月前までは余裕で魔物を撃退していたではないか。
なのに……、どうして…………。
「どうしてここまで追い詰められたか、原因を知りたいか? 勇者よ」
「……」
「お前たちの中にもう一人いたろう。お前たちが無下に追放した哀れな男のことだ。吾輩はあの男こそが、むしろこのパーティーの生命線だと思っておったのだよ。
たしかに戦闘ではたいして役に立たぬが、斥候の能力に秀でているせいで、こちらが仕掛けた罠をすべて見破られてしまった。しかも、一晩寝れば、お前たちを全回復させる能力をもち、補給面でもお前たちを充実させていた。
正直なところ、かなりやりずらかった。
あの男がいるせいで、全然吾輩たちは上手くいかなかった。
だがある日、役立たず、ということであの男は追放されたというではないか。
笑いが止まらなかったよ。
だから、吾輩は勝利を確信した。つまり、そういうことだ勇者エスバイン。こんなことになったのは、吾輩のせいではない。お前自身のせいなのだ。勇者よ」
「う、嘘をつくんじゃありませんよ! どうせ私たちを動揺させようというあなたの作戦でしょう? これも」
「何故吾輩がこの後に及んで嘘をつく必要があるのだ? うん? 周りを見てみろ勇者よ」
勇者エスバインは改めて周りを見た。
そこには魔物がいた。四方八方魔物。しかも、それがまるで群衆が一か所に集まってくるように数万の魔物が勇者たちを取り囲んでいた。
一目でわかった。
これはもうダメだ、と。
踊り子マネアが手に持つ短剣を震わせ、涙声で言った。
「もう、もうダメ。これ以上、もう……どうすることもできない」
戦士がかすれ声で言った。
「最後に、おっかちゃんの作った芋のにっころがしのスープを食べたかった」
そして魔王サタンが微笑んだ。
「さようなら、我が宿敵よ。さぁ我が息子たちよ。パーティーの時間だ」
魔王はそう言って持っていた銀の矢を勇者たちになげつける。
だが、大して痛くない。ほんの少しチクっとしたぐらいだった。
「なんのつもりです魔王」
「ふははははは。わからんか勇者よ。吾輩はパーティーだと言ったぞ。さぁレッツダンスィング!」
すると、体が勝手に踊りだす。エスバインは困惑に眉をひそめた。
「これは?」
「ふははははは分からんか? これは死ぬまで踊り続ける秘術、オーバーダンスセンセーションだ。お前たち三人は死ぬまでずっと踊り続けるのだ。恋愛ダンスをな。ふはははははざまぁみろ! ふはははは。さぁ息子たちよお前たちも踊れ。エビバディダンス!」
すると勇者たちを囲んでいたモンスターたちが全員踊りだす。
いつのまにかスマホから曲が流れていた。
『ゲル星野9th Single “恋愛”』」だ。
ノリノリだった。皆ノリノリ。
勇者は涙ながらに叫ぶ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
勇者たちは踊り続ける。ずっと。ずぅぅぅっと……。
こうして勇者パーティーはパーティーピーポーに生まれ変わった。つまり、勇者パーティーは消滅したのだった。