3、村人、グンマーで穏やかなスローライフをはじめる。
「おう新入り、なれてきたべか?」
「ええ、おかげさまで」そう言ってアルは深くおじぎをした。
ここはミッドランド王国北西部グンマー郡アババリ村。寒暖差が激しい内陸性の気候と険しい山々に囲まれた厳しい自然の荒ぶる地域で、平地に住む人々からは。
「グンマーに住んでいるのは熊とモンスターだけだ」などとも呼ばれていた。
アルは一か月前にワザワザここに越してきた。
もちろんそれは、人に会いたくなかったから、なのだが、それ以上にアルの背中を押したのは、グンマー郡におけるスマホ普及率の低さだった。
その普及率わずか1%。
数軒に一軒黒電話がある程度で、最もポピュラーな通信手段は伝書鳩だった。
当然動画を見ている人などいるはずがない。
アルにとってこれ以上にありがたい環境はなかった。
だから、アルはこの地で一からやり直すことに決めたのだ。
そのために名前も変えた。
今アルは「スカイ」と名乗っていた。
あの村人アルだ、と思われたくないからそれを隠すために新たな名を名乗っていた。そして、どうせ名乗るなら清々しい名前にしたい、と思いこの名前をつけたのだ。
アルは、いやスカイは農家のゴンベーさんに手を振ると自分の仕事に戻る。
スカイは村はずれの一軒家と畑を借りていた。
月々のお金さえ支払えば、あとは自由。畑でとれた野菜を売るのも自由だし、広大な雑木林で狩りをするのも自由だった。
さてと、今日も働きますか、とスカイはクワを握り、自分の畑へ向かう。
雑木林を避け、丈が伸びた草をかき分けてゆくと、ようやく自分の家と畑に辿り着いた。
このあまりの不便さに「まったく。道でも作ってやろうかな」と思わず呟く。
そのぐらいスカイの家は村のはずれにあった。
「いやいや。だからいいのか。これだけ来づらい場所に家があるなら、誰もここに来ようとしないだろうし」
誰からも監視されることもなく、ここで悠々自適のスローライフを送る。
それが、今のスカイの目的だった。
スカイは自分の家を見上げた。
そこには以前あったボロ家とはまったく別の立派なコテージの姿があった。
そう、スカイが改造したのだ。
特に改造するな、とも言われていなかったし、誰からも見られる心配もなかったからこうした。
裏の畑にまわると、そこにはすでに実をつけた野菜や果物がなっていた。
「おおお。いい感じじゃん」
スカイはそれを手に取り、トマトをかじる。
うおおおお! うめぇ!!
わずか一ヶ月ほどでこうなるなんて、この村の村長さえも思わなかったに違いない。
そう今のぼくはただの村人じゃない。
職業「村人」におけるスキルツリーのすべてを制覇した、恐らく世界で唯一の村人だったのだ。