1、村人、追放される。
その日まで、アルは、武道家のアル、として振舞っていた。
武道家の割には力が弱くね? とか、武道家の割にすばやさとかそんなに速くないね、とかそんなことを散々言われながらも。しかし、とにかくその日まで……、アルは武道家のアルだった。
そう……あのクソ動画が世に出回る前までは……。
「こりゃあどういうことだよアル!」と戦士ドーナンが鬼の形相で尋ねてきた。
戦士の手にはスマホが握られており、動画が再生された状態だった。
アルは、その動画を見て愕然とする。
やばい。やばい! ついにバレた。バレてしまった!!
いつの世も、需要と供給が存在する。そして、時代にはいつも特色がある。
当然この世界にも特色があった。
この世界にTVはない。しかし、何故かスマホは存在した。そして、当然のように動画サービスが流行り、皆はある動画に注目していた。
それが、魔王を倒そうと旅を続ける勇者一行を記録したドキュメンタリー動画だった。
美しい仲間の絆や、裏切り、そして血沸く冒険と、魔族との死闘。
ユーザーは勇者一行の一挙手一投足に注目し、勇者を扱った動画はどれも驚くほどの再生回数を記録していた。
勇者の冒険以上の娯楽など、この世界には存在しない。
だからこそ、どの動画配信業者も競うように勇者一行の行方を追った。
とにかく、今回の騒ぎはその中の勇者パーティーを扱った動画の一つを仲間が目にしたことがきっかけだった。
ここはエスロ渓谷に差し掛かるちょうど手前で、アルたち勇者パーティーは、その途上にいた。
「なぁ! なんとか言えよアル! こりゃあ本当なのか?」と戦士が叫ぶ。
まるでゴミを見るような目で周りの仲間はこちらを眺めていた。
アルの心臓はバクンバクンと鳴っていた。
もう誤魔化せそうにない。
くそ。
その動画はアルを「詐欺師」と訴えていた。
彼の職業は武道家でもなんでもない。
彼の職業は実は――なんの変哲もない、ただの…………村人なのだ、と訴えていたのだ。
「なぁなんとか言えよ? お前は本当に武道家じゃないのか?」と戦士が叫ぶ。
アルは目をつぶった。
あれさえ無ければ、と思った。あのバッドステータスさえなければ、と。
アルにはあるバッドステータスがあった。
バッドステータスとは消えない傷のようなものだ。
生まれた時から決まっており、死ぬまでその特性は失われることはない。
アルのバッドステータスは「職業固定」というバッドステータス。
この世に生まれ落ちた瞬間から一生職業が変わることはない、という特性。
おぎゃあ、と産声をあげた瞬間、アルは村人だった。だから、その後の一生を「村人」として過ごさなければならなくなってしまったのだ。
つまり、アルの職業は、武道家ではなく“ただの村人”
それが、仲間にバレてしまったのだ。
なぜ村人のままならいけないか、というと、戦闘に必要なスキルの習得は職業の熟練度により決まってくるからだ。
賢者という職業に就き、修練に励めば、賢者用の呪文を覚えるようになり、戦士という職業に就き、修練に励めば、戦士用のスキルを覚えるようになる。
つまり、戦闘に必要なスキルのほとんどは、なんらかの職業につくことによって覚えるものばかりなのだ。
だからこそ、村人という職業についたまま修練に励んでも村人用のゴミスキルしか覚えることができない。
戦士は続ける。
「なんかよぉ……一人だけなんのスキルも覚えないし、やけに成長は遅いし、変だなぁって思ってたんだ。……それが、まさか村人だったとはな」
踊り子マネアが蔑んだ口調で言う。
「最低ねアル。普通自己申告しない? それともずっと皆を騙すつもりだったの? ただの村人如きが」
……。
数秒後にようやくアルは反論した。
「で、でも。それでも今まで上手くやってきたわけだし。しょ……職業は関係ないよ」
「大ありよ」と踊り子マネアが反論する。「元々アンタは弱い方だったの。このパーティーの中でもぶっちぎりにね。でも武道家は後天的に闘気系の物凄いスキル覚える、ということで、戦闘でそこまで役に立たなくても見逃されてきたのよアンタは! なのに、今まで上手くやってきた? はぁ? ふざけんじゃないわよ!」
「ったくよ」と戦士もそれに乗っかる。「自覚がねーのかよ。本当にクソだなお前は」
「で、でも」とアルが反論しかけた時、一番奥に座ったまま今まで一言も発さなかった勇者エスバインが立ち上がった。
皆一斉に勇者エスバインの方を振り向いた。
筋骨隆々とした肉体を持ちチョビ髭を生やした勇者エスバインは皆の顔を一人ずつ確認すると、ようやく声を発した。
「なるほどね。なるほど。人は時々訳の分からぬ問いを投げつけられる時があります。そして、大概その答えを見つけられないまま生涯を終える。……私もそんな疑問を抱えていました。
私の疑問は、私に投げ銭くれる人が何故か少ない、という疑問です。ほら、私は時々動画サイトユーツーブで生放送してるでしょう? その時、投げ銭くれる人が少ないな、って思ってたんですよ。
でも、不思議だった。どうして私たちを扱った他の生主の方がものすごい投げ銭を獲得してるのに、勇者である私自身が生放送しても投げ銭をそんなに獲得できなのだろう、とね。
でも、やっとその原因が分かった。
君ですよアル。君がただの村人のせいで、パーティーの戦いにしまりがなくなって、それで投げ銭が少ないのです。そう、そのせいに決まってる!
いいですか? 私は早いところ魔王をぶっ倒して、超美人の王女様と結婚して、エッチなことを沢山したいのですよ! そのためには投げ銭が必要なのです。旅の資金を補うためにね。なのに! 私の努力を無にするつもりですかアル。私の王女様を抱きたい気持ちをどうしてくれるのです? うん?」
勇者エスバインは生粋の変態紳士だった。
ほとんど24時間エロいことしか考えていない。
そんなヤツだった。
たぶん投げ銭がないのは勇者の変態っぷりを皆が知っているからだろう。
勇者は叫んだ。
「君がいると! セッ〇スから遠ざかるのです! くぅうう! そんなことは許さない。私は許しませんよ。出ていきなさい! 追放です。追放! すぐに代わりのメンバーを募集します。誰が来たって、村人の君よりはマシなはずでしょうから」
アルは泣きながら勇者エスバインにすがりついた。
「頼むよ! 今まで仲間だったじゃないか。なぁエスバイン」
「気安く私に触れないでもらえますかアル? 私に触れていいのは巨乳の女性だけです! とにかく、あなたは追放。追放! 村人はさっさと村に帰ったらどうです? ほら、帰り道はあちらですよ」
顔面を蹴り飛ばされたアルは数十メートル後ろに吹っ飛んだ。
ニヒルな笑みを浮かべた勇者エスバインは、アルを置いて歩き始める。
他の皆も勇者のあとに続く。
顔面に土のついたアルは顔をあげるが、もうすでに皆の背中は遠くなっていた。
誰一人として振り返らなかった。
アルの瞳が潤み、一筋の涙が頬をつたう。
こうしてアルは勇者一行から追放されたのだった。