デジタルカウンセラー
初投稿です。
VR・AI技術が発展した未来。
そこに、日本初の自立AI搭載型VRMMORPG《GrowWorld》が発表された。
そのコンセプトは、成長する世界。NPCキャラは人間らしく。モンスターも成長するという少し特殊な設定を持った。剣と魔法のファンタジーゲームだ。
そのPVを見た数多くのゲーマー達は、敵が成長する特殊なシステムや、異世界に来たと勘違いしてしまう程のグラフィックに魅了された。
それに感化された、美月 優人は一万人の先行プレイ&四万人の先行販売優先券の募集に応募したが、ものの見事に両方落選した。
そして月日が流れ、《GrowWorld》の先行プレイが始まり三日目が過ぎようとしていた。
「美月先生、ありがとうございました。先生のお陰で、お義母さまと仲良くなれそうな気がしてきました」
「また、何かありましたら相談に来てくださいね。何時でもお待ちしてますので」
そう言って、カウンセリングルームから一人の女性が退出する。
それを見送ると気が緩んだのか、白衣を着た二十代の男性がため息をつく。
「優人先生、お疲れ様です。次の依頼ですけど.....ご指名が入りました」
「僕をご指名? ......どんな依頼ですか?」
美月 優人、二十四歳。小さな診療所でカウンセラーをしている青年で、ゲーム好きだ。
「仕事内容は、企業に勤めている部下のストレスケアを中心にメンタルケアを希望。詳細は現地で説明するそうです」
「......依頼主は誰でしょうか?」
受付嬢から大雑把な依頼の説明に、つい相手を訪ねてしまう。
「神崎 小夜様からの依頼です」
神崎 小夜。日本の大企業の一つ、神崎グループの長女。
僕が勤めている会社も神崎グループ系列の一つだ。
年齢は僕と同い年で人工知能の分野で活躍する天才プログラマーだ。
小夜との関係は学生時代から縁があり、月に一度連絡をとる程の友人だ。
彼女は現在、父親が経営するゲーム開発の助っ人に呼び出されたと悪態をついていたはず。助っ人なのに、部下のストレスケア......
「断ったら駄目かな、すごく嫌な予感が......」
「姉さんの頼みを断るなんて、いい度胸ね」
カウンセリングルームに一人の女性が入って来る。
「どうして、理沙がここにいるのかな?」
神崎 理沙。神崎小夜の妹で現在は大学生だ。
綺麗な髪を腰まで伸ばし、身長も170cmと僕より高くスラリと細い、それもそのはず彼女は学生にして読者モデルを勤めているのだ。
「姉さんから頼まれたの、優人はボクの名前を聴いたら高確率で断る。だから連れて来てと」
「それでも、行くのを断ったら?」
僕がそれでも依頼を断ると予想していたのか、ため息をつきながら話題を変える。
「優人先生。《GrowWorld》の募集に落ちたそうね」
「......なんで、知ってる?」
「情報元は秘密。それで報酬なんだけど」
あ、コレは逃げられないな。話が勝手に進むことに優人は観念する。
傍若無人な理沙の態度に色々と諦め、今後の予定を再確認しようとすると。
「《GrowWorld》のゲーム機一式なんてどうかしら」
「すぐに行こう。どこに行けばいいんだ?」
「......はぁ。姉さんの所まで案内するわ。着いてきて」
依頼の報酬を聞くと、優人は迅速に出かける準備をする。
理沙はその行動力の速さに呆れたのか、ため息をつきながらも小夜がいる場所にを案内する。
***
理沙の案内で、小夜がいるビルの一室に連れて行かれる。
「姉さん、優人先生を連れて来たよ、それと今週分の着替え」
「ん。ありがとう理沙、私の部屋にようこそ優人」
PC画面から眼を離さずに返事をする、小柄な女性。理沙はその対応に慣れているのか、部屋に入る。
「............」
部屋に招かれると中は色々と凄かった。
脱ぎ散らかした衣服や飲み干した缶コーヒー等が部屋中に散乱している。
「......優人? どうしたの?」
返事がないことに気がついたのか、小夜は作業中の手を止めて振り向く。
眠いのか瞳を半開きの状態で、話し掛けてくる。
「いや、部屋の散らかり様に戸惑ってな......それと寝てないのか?」
「 ......あぁ。部屋の事は気にしないで。それと、仮眠してたから大丈夫」
そう言いながら、近くの冷蔵庫から缶コーヒーを取り出すとそのまま飲む。
そのマイペースな行動に呆れつつ、優人は依頼のことを聞き出す。
「それで、仕事の依頼で聞きたい事が」
「説明する前に、これをつけて」
小夜は腕輪と眼鏡を優人に渡すと先程のPCに座り込む。
僕は、渡された物に戸惑う。それは......
「なんで、最新式のVR機があるんだよ?」
「向こうでしか話せない内容だから」
「......理沙はどうするんだ?」
「私は、姉さんの服を片付けたら帰るわよ」
「優人、そこのベッドを使っていいから。それとログインしたら迎えに行く」
有無を言わせない態度に、小夜が焦っている事を理解すると。優人は指示に従いVR空間にダイブする。
睡眠誘導に従いVRの世界に飛立つ瞬間、VR機から「welcome to GrowWorld」の音声が流れる。
「!?」
僕は、こんな形で《GrowWorld》に関わるとは思いもよらなかった。
***
睡眠誘導から眼を覚ますとそこは、劇場だった。
舞踏会をイメージした豪華な空間に、溢れ返るアバター。
頭に角を生やした人間から、獣の姿で動き回る光景に圧倒される。
「ここが《GrowWorld》の世界か......凄いな」
「そうだよ、気にいってくれたかな? 優人。いやハイルングだったね」
「......誰?」
僕の独り言に返事をする。その声に振り向くと、胸を強調する服を着た青髪の美女が近づいてくる。
「この姿を見せるのは、初めてだね。ボクの名前はパンドラ」
「えっと、小夜か?」
そう問いかけるとパンドラは微笑む。
その顔にドキリとするが、ここに呼び出した理由を聞く。
「それで、僕をここに連れてきた説明を聞いてもいいか? あとこの姿についても」
体の感覚がおかしいこと、視線がいつもより低い事を伝える。
「先に君の体について説明するよ」
そう言いながら指を鳴らすと、僕の目の前に鏡が出現する。
魔法使いが着るローブを羽織った。褐色の少年がそこにいた。
短髪と瞳が銀色に、影のような黒い大きな杖を背負っている姿が特徴的だった。
「これが僕なのか?」
「ボクの自信作さ。名前はハイルングで種族はドッペルゲンガー」
「ん、ドッペルゲンガー? 人間じゃないのか?」
「それには理由があってね......おや?」
その理由を聞こうとしたら、背後から慌ただしい音が。その音に振り向くと。
「キュ『退いて』」
「うわ!? ぐぅ」
小さな塊が飛んできた。それに驚いた僕は避ける事が出来ず、腹部に衝撃を受ける。
その衝撃で前のめりになると、腕の中に小さな塊が。
「......ウサギ?」
「キュ~『ひんやりして気持ちいい......寝ます』」
その塊は大きく垂れ下がった耳。額に鋭い角を持つウサギだった。しかも腕の中でスピスピと寝息をたて始める。
ウサギを抱えて戸惑っているとパンドラがため息をつく。
「はぁ、また逃げ出したのか......」
「パンドラ? それでこのウサギはどうすればいい?」
「少し待ってくれ、担当者を呼び出すから」
こめかみをグリグリしながらも、パンドラは誰かに連絡をする。
直後、パンドラの隣に魔方陣が現れそこから天使が現れた。
「お呼びでしょうか? マスター」
「あぁ、すまないね。この子がまた逃げ出したから、元の場所に運んでくれないか?」
「......チッ、またか。......それでこの少年は?」
ウサギに視線を向けた天使は顔を歪め舌打ちをすると、僕に視線を向ける。
綺麗な女性が顔を歪ませ舌打ちをすることに面食らう。
「彼は、今の状況を変える為に用意したんだ」
「そうでしたか、それは嬉しい情報ですね。それでは駄目ウサギを連れて行きますね」
パンドラの返事が嬉しいのか、天使は笑顔のまま寝ているウサギを片手で鷲掴む。
ウサギはその掴み方に気がついたのか目を覚ましジタバタと暴れ出す。
「キュ!? 『イタイ、イタイ。離せ』」
「仕事場に戻るなら解放してやる駄目ウサギ」
「キュキュ! 『イヤだ、あそこに居たら寝れないじゃないか。断固拒否する』」
「お前が逃げると仕事が遅れる、早く来い!!」
「キュ~~『イヤだ~~寝かせろ~~~~』」
ウサギの悲鳴を聞きながら天使は何処かに連れて行く。
え~と、何だったんだ今の。それにウサギの声が聞こえた?
「邪魔が入ったね、それで君の依頼なんだけど」
「ちょっと待ってくれ。あのウサギ喋ってなかったか?」
パンドラの話しを止め、先程のウサギについて質問する。
「あぁ魔物同士なら会話出来る様にしているんだ」
「そうなのか、魔物側でプレイ出来るなんて珍しい設定なんだな」
「ん? 何言ってるの、ユーザーが操作出来るのは冒険者だけだよ」
「......はぁ? あのウサギ。誰かが操作してるんじゃ?」
「魔物は全て、AIだよ。先程の天使も、もちろんAIだ」
さっきの会話がAIだって............
パンドラの言葉に驚き、立ち尽くしていると。
「そういえば此処の説明がまだだったね。ようこそ優人。《GrowWorld》の魔物AI管理サーバーへ」
そう言って、パンドラは頭をさげる。
***
「呼び出した理由がAIのストレスケアだって?」
「うん。優人の力が必要なんだ」
小夜が僕を呼んだ理由、それはAIが引き起こすトラブル解決に僕を呼んだそうだ。
AIのトラブル。それは、小夜が独自に開発した新型AIに問題があった。
その問題点は、従来型より学習能力が高かったことだ。
その学習能力に注目した《GrowWorld》の開発スタッフは、小夜にデータを提供する代わりに新型AIの使用許可のオファーが来たらしく、小夜は潔く承諾したそうだ。
最初は試験的に導入し観察していたが、問題がなかった事もあり安心して数を増やし続けていたが、先行プレイ初日に問題が起きた。
「キャラ作成チュートリアルAIがストライキを起こした?」
「その内容がこれだよ」
「............」
パンドラから、データを受け取るとそのデータにはこう書いていた。
[一日に1271回も同じ説明をするのはもうイヤです。明日まで働きません]
その行動に驚いた開発スタッフと小夜は急遽、従来型のAIを用意して初日を対処しようとしたが、従来型も同じ行動を起こした為、解決出来ずサーバー問題を理由に二日かけて解決したそうだ。
そして問題を起こしたAIの原因を調べたところ。
「ストレスデータの容量限界?」
「そうなんだ。AI自身にストレスデータを自己処理する機能はあるんだけど......間に合わず、暴走した形でストライキ」
その時を思い出したのか、深くため息をつく。
「なぁ、そのストレスデータだけを削除するのは出来ないのか?」
素朴な疑問を聞いてみたが。「個人の記憶領域にまとめているから、どれがストレスデータなのか、わからない」との答えが。
それに「うかつに触ると何が起こるか、わからないから」と説明する。
「それで、具体的にどうすればいいんだ?」
「AI自身でストレスケア出来る環境を作って欲しい」
「どうして僕なんだ? パンドラや他の人がすれば......」
「ボクは別の仕事があるから出来ないのと、他のスタッフもボクと似た状況でね」
パンドラの仕事。それは自身が開発したAIの管理や運用データの収集等で手が離せないそうだ。
「期間は?」
「正式サービス開始までの二週間」
ハイルングとパンドラは依頼内容を具体的にまとめる。
その内容は、ストレス処理が追い付かず暴走しているAIの鎮静。治療方法は自由。ただしAIの仕事効率を大きく下げる方法は駄目。
「つまりストレスケアしながら、個人でストレス解消出来る方法を教えればいいのか?」
「出来そうかい?」
「......正直に言うとわからない。人とAIのストレスがどう違うのか把握出来ていないからな」
今の心境をパンドラに打ち明ける。
「まさか、AIを治療するとはなぁ......」
「ボクもこうなると思わなかったよ。それにしても、ハイルングが《GrowWorld》の募集に落ちてくれて助かったよ」
《GrowWorld》の募集に落ちて助かった?
応募したこと、落ちたことも誰にも伝えていないはずなのに、どうして知っているんだ?
「何で僕が《GrowWorld》の募集に落ちたの知っているんだよ」
「それは、簡単だよ。ボクも開発スタッフの一人だからね、応募者のデータくらい確認してるよ」
「じゃあ、報酬がゲーム機一式なのは......」
「確実に依頼を受けてもらう為に用意したよ。ハイルング君」
僕の驚いた顔を見るのが、楽しいのかパンドラは笑顔を浮かべる。
***
パンドラの依頼はとにかく大変だった。
闇精霊の悩みを聞けば、セクハラや暴言を吐く相手に耐えられず逃げ出したり。その対策でお茶とお菓子で気をそらしたり、仲良しの精霊と一緒にやらせる事で作業効率を上げたことも。
他には、金属アレルギーを持つオオカミの「口に武器を突っ込むなよ、オエッてなるだろ」悩みを聞いて、戦闘指導をしてみたり。
警備員の狂暴熊が「......巡回飽きた」の愚痴を聞けば。変態を紹介して愚痴を解消したりと、個性的な悩みが多く。気が付けば正式サービス開始も残り二日まで迫っていた。
「まったく、どいつもこいつも情けない」
数日間の出来事を上司に渡す報告書を作成していると、背後からドスッ、ドスッと何かを殴る音が。
「セラフ。サンドバックを殴るのは良いけど、程々にね」
「......わかった。これで最後だ!!」
僕の声に答えると、バゴン! と先程よりも大きな音が響く。
その音に振り向くと、サンドバックに回し蹴りをしたのか、片足立ちをしている天使。
彼女は、僕の補佐役として一緒に行動している。
数百体もいるAIから問題児を探すのを苦労していた所、彼女と再会してから助けてもらっている。
「少しはストレス解消できたかい?」
「あぁ。これでも充分なのだが、またミット打ちがしたいな」
物足りないのか、本音を漏らす。
ミット打ち。僕の仕事を手伝い始めた頃、問題児の起こす行動にセラフはストレスを溜めていた。
それを察した僕はストレス解消に、ボクシングのミット打ちをセラフに試してみたら......病みつきになってしまった。
そういえば......パンドラからの依頼期限も、後二日だっけ。
「パンドラが来るまで、ミット打ちする?」
「良いのか! 今すぐ始めよう」
僕の言葉に、目をキラキラさせるセラフに苦笑してしまう。
「すまないけど、ミット打ちは少しだけ待ってくれないかな」
「......マスター何時から、居たのですか?」
「君が回し蹴りを決めた所だね。それにしてもあの堅物がこうなるなんてね」
「......ッ」
疲れているのか、パンドラは目をこすりながら現れる。セラフは、恥ずかしいのか顔を赤らめる。
「セラフが恥ずかしがっているから、からかうの程々にしてくれ」
「すまない。珍しい反応だったので、からかってしまったよ」
「いえ、油断していた私も悪いのです。それにハイルングに何か用件があるのでは?」
セラフは落ち着いたのか、パンドラの用件を尋ねる。
「ハイルング。君に《GrowWorld》を私物化している疑いが出ている」
「......はい?」
その言葉をきっかけに、和やかな空気が一変する。
「ハイルングが、そんな事するはずない!!」
「それはボクも理解している」
「なら何故、そんなデマが出ているのですか」
セラフは納得出来ないのか、パンドラに詰め寄る。
「それはーー」
「パンドラ君。その説明は私がするよ」
「「!?」」
謎の声に振り向くとそこには、仮面を着けたデッサン人形と修道服を着た少女がいる。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「自己紹介がまだだったね。私はここの責任者、モクレン。そして彼女は私の補佐をするAIシスター」
「......モクレン様の補佐です。ヨロシク」
そう言いながら、お辞儀をするデッサン人形と少女。
「さて、本題の事なのだが、会社内で内部告発があってね」
「告発ですか?」
僕の言葉にモクレンは頷く。
事情を聞くと、開発スタッフの中で僕の行動が私物化に見える者がいる事と「部外者にAIを任せるのは問題」なのでは? との声が大きな理由だそうだ。
「簡潔に言うと、部外者の君にこれ以上動かれると困るんだ。今後は私が指揮するから君は帰ってくれないかな?」
「......ッ」
モクレンの言動には、君は邪魔だから帰れと、仄めかす。
その言葉に少なからずショックを受ける。
「......ふざけるな。そんな理由で追い出すのか」
「AIが邪魔をするのかい? ......おとなしくしてくれないか」
「なっ!」
仮面が光るとセラフの周囲に鎖が現れ、そのままセラフを縛る。
「それで、君の答えを聞かせてくれないかな? 私も暇ではないのでね」
セラフを縛りながら、答えを迫る。
***
あの後《GrowWorld》から追い出された僕は、小夜の謝罪と報酬を受け取り元の生活に戻ったのだが。
「......生。美月先生!!」
「あ、はい。どうしました?」
「最近、書類のミスが多いですけど大丈夫ですか?」
「......すみません」
「今後は気をつけて下さい」
あれから、ミスを多発して受付嬢から注意を受けている。
そういえば今日だっけ? 《GrowWorld》サービス開始日。セラフ達上手くやってると良いけど......もう関われないのに気になるなんて、僕も女々しいな。午後もミスしないように気を付けないと。
気持ちを切り替え、次の患者を待っていると。
「優人。また助けてくれないかな?」
「......は?」
小夜がカウンセリングルーム現れ僕を訪ねてきた。
「何でここに小夜が? 正式サービス開始で忙しいはずじゃ」
「今、緊急メンテナンスでサービス停止しているから気にしないで」
「それなら余計に忙しいだろ?」
「その原因を解決するには優人の力が必要なの。とにかくこれをつけて」
小夜は自身のカバンの中からVR機を取り出すと優人に渡す。
その渡された物に戸惑う。
「僕がまた関わっていいのか? それに仕事中なんだけど」
「これはボクの依頼だから気にしなくていい。それと優人を借りるよ」
「構いませんよ、小夜お嬢様。それに美月先生がいなくても診療所は対応できますので」
「......え? そうなの?」
僕の背後にいたのか、受付嬢は会話に混ざる。
「ここは神崎グループ専用の診療所なので何時でも臨時休業できます。なのでさっさとお嬢様を助けなさい」
「それ初耳!! あとVR機を無理やりつけないで!」
受付嬢から、驚愕の事実を聞かされながら無理やりVR機を付けられる。
「優人。向こう側は今、セラフが暴走しているんだ」
「セラフが暴走? どうして?」
「暴走のきっかけはわからない」
小夜は、現在《GrowWorld》で起きている事を優人に伝える。
セラフのストレスが容量限界を超え、暴走状態になって無差別に暴れていること。その影響は正式サービスにも現れ、サーバーダウンによる緊急メンテナンスで一時的に、誤魔化しているそうだが。
「今はなんとか誤魔化しているけど、セラフの暴走が続くと......あの子を消去することになる」
「......」
消去。セラフを消すという小夜の言葉に動揺する。
「ボクはあの子を消したくない。だから助けてほしい」
「小夜。僕は向こうでどうすればいい?」
そう言って優人はセラフを助ける為にログインする。
***
「......ここに来るの二日ぶりか。それに、これは一体」
意識が浮上して周りを見渡すと劇場は傷つき、地面には壁の残骸で散乱している。
二日前までは、にぎやかな劇場だったはずなのに。そのにぎやかさが消え、寂れた空間に様変わりしている事に戸惑っていると、突如大きな爆発音が響く。
その音に視線を向けると、大きな土煙の中から案内人の闇精霊が現れ、必死の形相で逃げている。
「アンブラ!」
「!?」
僕の声が聞こえたのかアンブラは、進行方向を変えて僕に抱きついてくる。
その勢いを受け止めきれず、倒れてしまう。
「ハイルング助けて!! セ、セラフが」
「アンブラ大丈夫だよ。落ちついて」
「うぅ。怖かったよ」
アンブラは震えながらハイルングに助けを求める。
頭を撫で続けているとアンブラは落ち着いたのか、セラフが暴走した理由を教えてくれる。
それは、AI達を酷使するモクレンにセラフは抗議したが「データにストレスケアは必要ない」と受け入れて貰えず、その影響で水面下に暴走していたAIをセラフは未然に防いでいたのだが、セラフにも限界が出たそうだ。
「それが暴走の理由なんだね」
「うん。自分の事で精一杯だったから、セラフの暴走に気がつけなかった」
「アンブラ。教えてくれてありがとう」
後悔しているのか、俯きながらこれまでの出来事を話す。それを励ますようにハイルングはここに来た理由をアンブラに伝える。
「僕はセラフを助ける為に、ここに来たんだ。それでセラフは何処に」
「......セラフは向こうに」
アンブラの指す土煙を見つめていると、少しずつ煙が晴れていき、そこには虚ろな目をしたセラフが立っていた。
「......」
「セラフ?」
「ああ。やっとアエタ」
「ヒッ!?」
僕と再会するのが嬉しいのか、無表情から笑顔になる。
その笑顔を見たアンブラは小さく悲鳴を上げて僕の背中に隠れる。
「ハイルング頼みがある」
「......何?」
「ワタシと戦ってくれないか。無意味に暴れるだけじゃ暴走が止まらないんだ」
「......場所を変える余裕はある?」
「もう限界だ、イクゾ」
その言葉と共にセラフの暴走を止める戦いが始まる。
「フフ。ああ、楽しいなあ」
「満足したなら、やめて欲しいんだけど?」
「楽しみを奪った罰だ。断る」
あれから数十分。僕とセラフはまだ戦い続けている。
背中に隠れていたアンブラは、戦いが始まるとすぐに逃げ出した。
僕の種族、ドッペルゲンガーには相手の姿・能力をコピーする変身同調のスキルがある。
それを使用する事と、防御優先の戦い方で互角に戦うことが出来ている。
「楽しみだって? くっ」
「忘れたとは言わせないぞ」
「まさか、ミット打ちのこと?」
「そうだ。ワタシがどれだけ楽しみにしていたか、お前にわかるか!」
僕の言葉に過剰に反応するセラフは、拳に苛烈さを増す。
速度重視の攻撃から一撃が重い攻撃に切り替わり、今までのストレスを吐き出すかの様に不満を口にする。
「ハイルングが追放された後、ワタシがどれだけ苦労したか」
「......ッ!」
「仕事の内容はワタシ達の事を一切考えない仕事量に変わり。その事をモクレンに抗議したが無視され、挙げ句のはてには他の者が暴走する始末」
「怒りを我慢して、暴走した者をケアし続けていた時、ふと思ったんだ。ハイルングに会いたいと」
その言葉を最後に、攻撃を止め独白するセラフ。
「ハイルングなら、ワタシ達のことを真剣にみてくれるはずだと。そう思った瞬間もうダメだった」
我慢していたストレスが限界を超えて暴走状態になり、ハイルングと再会するまで無差別に暴れ続けたそうだ。
「............」
「情けない理由で幻滅したか?」
「違う。むしろーー」
「ええ、そんな下らない理由だったとは」
僕の言葉に割り込む不機嫌な声が、そこにはモクレンとシスターがいた。
***
「まさか部外者の君と会いたいが為に暴れるとは」
「......」
僕に視線を向けるとモクレンは、ため息をつく。
「まあいい、セラフ。君に命令です。緊急メンテナンス終了後、残り一万人の新規ユーザーのナビゲーションを君だけで今日中に終わらせなさい。それが私に迷惑をかけた君への罰だ」
「断る」
「............は?」
モクレンの指示をセラフは瞬時に拒否する。その行動にモクレンは呆然とする。
「何故です。理由は」
「ワタシを道具の様に扱う貴様が嫌いだ。従いたくない」
「嫌い。ただそれだけの理由だと......ふざけるな!!」
「なっ!?」
「セラフ!!」
セラフの対応にモクレンはついに激怒する。
その怒りと同時にセラフの周囲に鎖が現れ、セラフを鎖で動きを封じる。
「もう一度命令するセラフ。俺の指示に従え、従わないならお前を削除する」
その言葉にモクレンの周囲にディスプレイが浮かび上がる。
「何度も言わせるな。ワタシは貴様の指示に従わない」
「......欠陥品のようだな。管理者権限にて命じる、セラフを削除する!!」
「AIを削除するアクセス権が貴方にありません」
ディスプレイから無機質な音声が流れる。
その音声に苛ついたモクレンは、背後に鎖を生み出し動けないセラフに降り下ろす。
八つ当たりに近い行動に、僕はセラフを守る為に鎖の軌道に割り込む。
「よせ、ハイルング」
「ぐっ」
「邪魔をするな。これは命令違反の罰だ」
何度も降り下ろす鎖を杖で防ぎながら、モクレンに反論する。
「僕には、八つ当たりにしか見えません」
「......黙れ! 部外者が俺に口出しするな」
僕の指摘に図星なのか、鎖による攻撃が苛烈になる。
鎖の威力がさらに上がり、体ごと吹き飛ばされそうになるが、なんとか踏ん張ることで耐えきれている。
その様子にモクレンは舌打ちをすると、遠くで様子を見ていたアンブラに指示を出す。
「......アンブラ!!」
「なに? モクレンさま」
「命令だ。セラフの仕事をお前に任せる」
「......それを片付けたら、ご褒美あります?」
「データに褒美は必要ない、さっさと俺の指示に従え」
「ご褒美が無いならお断りします」
アンブラの質問をモクレンは雑に扱う。
その対応に不機嫌になったアンブラは、命令を拒否する。
「......俺の命令に従えデータ共!! このままだと俺の出世に影響が出るだろうが!!」
「出世の影響だと?」
「ああそうさ。世間が注目している《GrowWorld》を俺だけの指揮で成功すれば、出世のチャンスになると思わないか? それなのにお前達は俺の邪魔する」
モクレンは精神的に余裕がないのか、セラフ達に不満をぶつける。
「まさかハイルングに私物化の疑いで追い出したのは」
「察しがいいなセラフ。もちろん、俺がやったさ。部外者のせいでチャンスを不意にしたくないからな」
「へぇ~。そんな理由でメンテナンスになっているのか」
モクレンとセラフの会話に混じる女の声。
声の方に視線を向けると、修道服を着崩した女性が立っている。
その女性は、強い意思を瞳に宿しているのかギラギラと輝き、周囲を威圧するほどの存在感を放っていた。
「あ、貴方は」
「よぉモクレン。聞きたいことがあるんだがいいか?」
「へ、ヘレンテさん。どうしてここに?」
モクレンは微かに震えながら、修道服の女性ヘレンテに質問する。
「ああ簡単だよ。楽しみにしてた《GrowWorld》が、いつまでたっても遊べないからさ、気になってここに来たんだが」
「そうでしーー」
「出世がどうのって話し声が聞こえるじゃねぇか......どう言うことだ?」
その言葉をきっかけにヘレンテは、モクレンを睨み付ける。
「そ、それは......」
「それは?」
「............」
「はぁ、上司のアタシに答えられないか............シスター。何があった?」
しびれを切らしたのか、ヘレンテはシスターに事情を聞く。
問い掛けられたシスターはこれまでの出来事を淡々と説明する。
「そうか、報告ご苦労」
「ど、どうして? ソイツはサポートAIの筈じゃ」
「否。シスターは、管理者のサポート兼、行動監視AIです」
「追加報告ですが、モクレン様の行動には、AIの暴走誘発・《GrowWorld》の私物化の疑いがあります」
「暴走誘発も私物化も誤解だ!!」
シスターの報告にモクレンは反論するが。
「言い訳なら向こうで聞いてやる」
「待ってください。俺が離れたらここの管理は一体がッ」
ヘレンテはモクレンの顔を殴り会話を強制的に止める。
「なぁモクレン。アタシは今、機嫌が悪いんだよ。自主的に退出するか、強制されるかさっさと選べ」
その言葉に説得は無理と諦めたのか、モクレンは渋々《GrowWorld》から立ち去る。
それを見届けたヘレンテは大きくため息をつき、僕らに振り向くと。
「開発責任者として、謝ります。ごめんなさい」
先程とは打って変わって、僕達に頭を下げる。
***
ヘレンテからの謝罪を受け入れた後、色々あった。
セラフの暴走で、停止していた本サービスの再開。それに伴うトラブルの処理や運営の補助をして欲しいとヘレンテから直々に依頼されたり。
ご褒美をくれないと、働かないと駄々をこねるアンブラ達をお菓子で宥めたり。
モクレンの行動にストレスを抱えていたAIのストレスケアなど、運営が安定するまで大変だった。
それと、問題を起こしたモクレンは謹慎処分を言い渡され、しばらく自宅で反省しているそうだ。
「なぁパンドラさん」
「......何かな」
「サービス開始してから三日経つのだけど、いつまで運営の手伝いをすればいいんだ?」
「その説明は、叔母さんがするからもう少し待って」
そう、あれから三日経つが未だに《GrowWorld》の運営補助をしている。
ちなみに最高責任者のヘレンテは、パンドラの親戚だそうだ。
「......ハイルング。紅茶のお代わりとドーナツの追加を、シスターは要求します」
「あ、はい。どうぞ」
それと、モクレンの補佐をしていたシスターは、運営管理者の監視役として僕とパンドラを見張っている。
「美味しいかい?」
「しっとり、ふわふわ......アンブラが報酬として要求するの共感できる」
現在、僕達が休憩しているテーブルに混じってお菓子を嬉しそうに食べている。その顔を見ながら和んでいると慌てた様子のヘレンテが現れる。
「ごめんなさい。待たせてしまったかな」
「雑談してたから、気にしないで叔母さん。それと紅茶いる?」
「頂こうかしら。それとアタシの事は、ヘレンテと呼びなさい」
「あの、何かあったのですか?」
紅茶を渡しながら、慌てていた理由を尋ねる。
それは、ある手続きに時間が掛かり慌ててこちらに来たそうだ。
「手続きですか?」
「ええ。貴方のスカウトに時間が掛かったのよ」
「......は? スカウトですか?」
その言葉に戸惑ってしまう。
「ええそうよ、ハイルング。いえ、美月優人さん」
「!?」
「貴方の力が今後の運営に必要なの。助けてくれないかしら」
「......どうして僕なのですか?」
「セラフ達が集団抗議したのよ」
ため息をつきながら、スカウトの理由を話す。
「貴方がいないと困るって」
「............」
「それで返事なのだけどーー」
「助けてぇぇハイルングぅぅぅぅ」
「「!?」」
ヘレンテの勧誘に割り込む悲鳴。その声の主は。
「アンブラ? どうしたの悲鳴なんてあげて?」
「ねぇねぇ聞いてよ。本日分の仕事が終わったのに、セラフが新しい仕事を用意するのよ。酷くない?」
そう言ってアンブラは、愚痴をこぼす。
その内容に戸惑っていると、アンブラの背後に。
「ハイルングを困らせるな。次のイベントの準備で、お前の協力が必要なのだからさっさと来い」
「嫌だぁぁ今日は疲れたの! 休みたいぃぃぃ」
「昨日も同じ事を言って、一日を休みにした筈だ! さっさと現場に行け!」
「ひにゃぁぁぁぁ!?」
駄々をこねるアンブラの首元をセラフは背後から掴み、そのまま何処かに送りつける。
「......ハイルング」
「何?」
「独り言なのだが......ワタシもアンブラ達も、お前が居ないといろいろ困る。今後も助けて欲しい」
「......」
「すまない。忘れてくれ」
そう言い残して、セラフは仕事に戻る。
「スカウトの返事を聞いてもいいかしら?」
「......そうですね」
セラフとのやり取りを見ていたヘレンテはニヤニヤしながら返事を待つ。
返答を確信しているのか、僕は苦笑しながら返事をする。
「あそこまで頼られると、断りづらいですね。微力ですが、よろしくお願いします」
「あの子達を人の様に扱った貴方の功績よ、歓迎するわ。ようこそ《GrowWorld》へ」
その後、美月 優人はセラフ達が起こすイベントに巻き込まれながらも《GrowWorld》を多いに盛り上げる運営の一員になる。