第8話 鬼
テスト前でございます。
「ほう、貴様らが人間ではないと。 そう言いたい訳だな?」
「あぁ。 そうだよ。 俺たちは人間じゃない」
鷲尾君はキメ顔でそう言った。 これ程までに嘘を堂々とつけるなんて、大したものだ。
それはそうと、鷲尾君が頑張って時間を稼いでくれてるのだから、僕も中村を起こさないと!
「おい起きろ! 逃げるぞ!」
「かわかわいい」
「もういい! 帰ったらお前のパソコンの履歴を晒してやる!!」
「待て、早まるな!!」
あ、起きた。 コイツは一体パソコンで何を調べていたんだろう?
「言えないけどそれだけはやめろ!」
「...やっぱロリコンは社会から抹殺すべきだな」
おっと、中村を起こしたんだからもうここに用は無いな。 鷲尾君にもそれを伝えないと...。
「鷲尾く」
「俺の名は『鷲尾』。 忘れ去られた神々の一角さ」
「何...? 忘れ去られた神々だと...?」
「.........」
どうしよう。 鷲尾君が壮大な物語を語り始めてしまった。
(中村、お前のせいだ)
(なんか何でもかんでも俺のせいだな...。 ま、面白いことになりそうだし、この際もうちょい鷲尾に喋らせてみようぜ)
呑気なやつだなぁ....。 さっきまでこのロリ体型に殺されそうになってたっていうのに。
まぁ、とはいえ、僕もここから鷲尾君がどう話を展開するのかとても気になる。 神とか言ってたけどそれをどうやって信じさせるのだろうか。
「ふ...何を馬鹿げたことを。 貴様からは神に見合った力を全く感じないぞ。 吐くならもう少しマシな嘘を吐くんだな」
童女、もとい鬼ケ原 勇のその正論(?)を受けてもなお、鷲尾君は怯まない。
気持ちいいぐらい、冷静だ。
「はっ....。 何だ? お前は鬼のくせに自分の力も隠せないのか? いつも周りに力を振りまいていて、疲れないのか?」
「何だと?」
「自分の力も押さえ込めないようじゃ、まだまだ二流だな。 あ、それと、相手の力量をきちんと見極めないと早死にするぜ」
「.....」
(な、何というハッタリ...! あんな嘘を顔色一つ変えず連発するなんて...)
(落ち着け神木。 ...だが、鷲尾がいろいろ言ったおかげで勇ちゃん困惑してるぞ。 この辺の判断はやっぱ12歳だな...)
(ちゃん付けで呼ぶなアホが)
(取り敢えず、逃げるなら今のうちだと思うがどうする?)
中村はそう提案してきた。 確かに、逃げるなら勇とかいう童女が困惑しているであろう今だ。
(鷲尾君、鷲尾君、今のうちに逃げるよ)
それとなくアイコンタクトで伝えてみる。 ...出会って初日にアイコンタクトをとれるはずもないのだが。
しかし、鷲尾君にはそれで何とか伝わったらしく、こちらに向かって親指を立てた。
(つまり、もっと煽れ、と)
「?」
イマイチその後のアイコンタクトはよくわからなかったが、多分了解とかそんな感じだろう。
(さて、鷲尾君にも伝えたし、僕たちは逃げる準備をしておこうか)
(待て、今のアイコンタクト絶対伝わってない)
小声で中村が言ってくるが、今は構ってる場合じゃない。 鷲尾君が話にケリをつけると同時に一斉に逃げ出さないといけないのだ。
「はっ! まだ分かんないのか? お前は俺には敵わないってことだよ、鬼ケ原 勇!」
....あれ? おかしいな。 ここで煽ったら話が終わるどころか長引く気がするんだけど...。
(これが鷲尾君なりの話の終わらせ方なのだろうか...)
(んな訳あるか! 明らかに煽ってんじゃねぇかあれ!)
いや、そんな馬鹿な。 あの迫真のアイコンタクトが伝わっていなかったというのか...?
「ん? なに黙ってんだよ? なんか言ったらどうだ?」
全然伝わっていなかった。
(ねぇ、なんであんな煽ってんの!? 話終える気ゼロじゃん! アイコンタクトが伝わってなくても、中村がもう起きてるんだからこれ以上の時間稼ぎは必要ないって分かるはずじゃないの!?)
(だからテメェのアイコンタクトのせいだろうが!!)
早く煽りを止めないと! 最悪の場合死に至るぞ鷲尾君!!
「ふん...。 何も言えないか。 まぁ、たかが普通の鬼が俺に勝てる訳もないがな」
キメ顔、というかドヤ顔でそう言った鷲尾君だったけど、全て嘘なので格好はつかなかった。 あと君ってそんなキャラじゃなかったよね?
いや、今はそんな事を考えてる場合じゃないか。 兎にも角にも、ひとまずは鷲尾君に煽りはもう必要ないと伝えなければ。
もちろん、アイコンタクトではなく、僕自身の声で。
(鷲尾くーん、もういいよー...)
(お、そうか。 ではそろそろ話にケリをつけ)
「ふははははは!!!!!!!」
「「「!?」」」
突如、先程まで鷲尾君にいいように言われていた鬼ケ原 勇が笑い出した。
「ふ、ふ、そうか。 確かに貴様らは人間ではないようだな!!」
「あ?」
「勇ちゃん笑うとこ可愛いな」
「中村テメェ黙ってろ」
彼女は僕らを無視して続ける。
「私がただの鬼か! ふふ、面白い。 どうやら、本当に貴様らは私を知らないようだ」
「?」
...今更、何を言っているのだろうか。 僕たちは、最初から知らないと言っているはずだ。
「だから何も知らずに私に喧嘩を売ってきた訳だな? 最初はとぼけてるのかとも思ったが、はっはっは、なるほどなるほど!」
「なんだ? さっきから何を言っている?」
「ふふ、そう臆するな、貴様は神なのだろう? 人間ではないと証明された今、私と戦う事を恐れる必要はない。 いや、恐れてなどいないか! 貴様は私より強いんだもんなぁ!!」
鬼ケ原 勇は、そう言って、凄惨に笑った。 その笑みは、到底その体型に似合うものではなく。 見る側を震えさせるような、そんなものだった。
しかし、鷲尾君は臆さない。 あの笑みを受けてなお、飄々とした態度で口を開く。
「やっと俺たちが人間ではないと分かったか。 少し遅いが、上出来と言ったところだな。 して、何だ? どうして、今頃俺たちが人間でないと?」
「私を知らない者はいない」
「あ?」
間髪入れず。 僕らのリアクションに興味など無いと言っているかのように、鬼ケ原 勇は淡々と続ける。
「そうだな、そう言えばまだ私が何の仕事に就いているか言っていなかったな。 私は、守護者だ。文字通りこの国を、守って、護る者だよ」
...守護者? 何だその厨二臭のする職業は。
「何って今言ったじゃないか。国を守る仕事だ。 私は強いからな、この国の中でも数人しかいない守護者に選ばれたのだ。 まぁだからこそ、この世界で私のことを知らない者はいないし、私も普通の鬼ではないと言えるのだが」
ここで、初めて鷲尾君の顔に動揺が現れた。 鬼ケ原 勇の怒涛の私強いアピールに押されているらしい。
それを知ってか知らずか、彼女は畳み掛けるように鷲尾君に向かって言った。
「私を知らないってことは人間じゃない、そうだろ、神」
「....」
今思うと、僕らは、ここで何か返事をするべきだったのかもしれない。 だけど、出来なかった。 ここで初めて、人間と異形の差をはっきりと認識させられたような、そんな感覚だった。
ぞくりと、背中に寒気が走る。
「ハッハッハ、しかし奇妙だな! 私のことを知らないとすれば、当然この国の者でもない。 というか、この世界で私のことを知らない者は物心ついていない赤子くらいだ! もし貴様らが、人間でもなく、オカルトでもないとすれば...」
一拍置いて。 彼女は、鬼ケ原 勇は一気に真実へと踏み込んでくる。
「貴様らは、一体どこから来たというのだ?」
さて、神木君たちはこの世界で言うところの絶対強者に出会ってしまった訳ですが、これからどうなることやら。
...名波君と先生と葉加瀬の存在感ありませんね...。