第6話 人間はこの先入るべからず。
令和初の投稿。
「.....みき.....神木!!」
「うーん、あと五時間...」
「どんだけ寝るつもりなんだよ、起きろアホが」
「いてっ! 誰だ! 僕の大事な頭を叩くのは!!」
脳細胞が全滅したどうすんだ!!
「もう全滅してるようなもんだろ」
「中村貴様にだけは言われたくな....ってあれ? なんか見覚えのない景色だけどここどこ?」
「そういうとこがアホだって言ってんだよ! ほんのちょっと前の話をどうして忘れてんだ!!」
そんなことを言われるなんて心外だ。 いや、僕だってちゃんと覚えてますよ? 異世界がどうちゃらこうちゃらの話でしょ?
「何も覚えてないようだな...」
「落ちた時のショックで忘れたとか別にないよ? うん、覚えてる覚えてる。 ところで、鷲尾君と名波君、それと先生は?」
僕がそう尋ねると、あちこちから返事が返ってきた。
「いるぞー」
「いるよー」
「いますよ」
「ん、みんな無事のようだね」
中村も首を縦に降る。
「あぁ、一応な。 ...それと、危険かもしれないから動くな、とお前の携帯に葉加瀬から連絡が入っていたが、どうする?」
「どうする、と言われてもねぇ...。 あと僕の携帯を勝手に見るな」
周りを見渡しても、ここが異世界なのかどうかがよくわからない。 そのくらい、今僕の前に広がる景色はよく見慣れているそれだった。
「ここが異世界とは到底思えないね。 ビルが立ち並ぶ異世界なんて聞いたことないよ」
「だとしたら、ここは一体どこだ? そりゃ見た感じよくありそうな都会だが...」
そう、僕らの目の前に広がる風景はまさにそれなのだった。 隣接する高層ビル、行き交う人々。 元の世界と特段の変わりもない。
そんな風に思案していると、辺りを見渡していた鷲尾君が訝しげな表情を浮かべながら呟いた。
「あれは、獣耳...?」
「あ? 鷲尾、何を言ってるん...だ....」
「鷲尾君、いくらなんでもそれはない....で...しょ」
気のせいかもしれない。 気のせいかもしれないんだけど、どうやら気のせいではないみたいだ。
そう、信じがたいことに、鷲尾君の視線の先にはそれがあったのだ。
俗に言う、ケモミミというやつが。
「うわー、モノホンだよあれ...。 じゃあ本当にここは異世界なんだね....」
「待て、落ち着け名波に鷲尾。 あれは猫耳カチューシャだろ。 よく見てみろよ」
「そうだよ、もっとよくみてよ、きっとにせものだよ」
あまりのショックに語彙力が著しく低下している気がするけど、今はそれもどうでもいいことだ。
僕らは、もう一回、人々の流れをよく観察してみた。
そうか...なるほどな...。
「「通行人の2人に1人がケモミミとかおかしいだろ!!!!!!!」
思わず叫んでしまった。 何人かが驚いたようにこちらに顔を向けたが、そんなことを気にしていられる場合でもない。
「僕の常識が破壊されていく....!!!」
「なるほど...。 やはりここが異世界という場所ですか。 私たちが居た世界とは随分違った生命体が見られるようですね」
「先生、なんでアンタはそんな冷静なんだよ...」
異世界...? 本当にここが...?
辺りを見渡して、僕は息を呑む。。 果たしてこんなにも見慣れた異世界があって良いのだろうか?
中村も同じことを考えていたようで、訝しげな表情を浮かべながら口を開いた。
「ここが異世界なのかはわからないが、もし仮に異世界なのだとしたら、迂闊に動くのは危険だな。 しばらく様子を見るか...」
「すいません、この耳本物ですか?」
「「鷲尾!! テメェ何やってんだ!!」」
鷲尾君はうさ耳の女の人に話しかけていた。
「いや、我慢できなくてつい...」
ホント何やってんの!? 名波君も先生もまだ行動してないのに...っていない!!! ついさっきまであそこにいたのに影も形も見当たらない!!
「どいつもこいつも....」
中村が首を手に当てながら言った。
「人間がこの世界でどういう存在なのかも分からんってのに...」
その言葉に、鷲尾君と話していたうさ耳の女の人が反応する。 文字通り聞き耳を立てていたのかもしれない。
「あなたたち、もしかして人間なの?」
...おかしなことを言う人だ...いや、人ではないのか。だけど、僕たちが人間だってことぐらい見た目で分かると思うなぁ。
「人間も人間、なんの変哲も無いただの人間だよ」
「待て、まずい神木!!」
「そう、なら今すぐこの街を出て行くことをオススメするわ」
どういうことか、と聞き返そうとした瞬間だった。 辺り一帯に大音量で警告音が鳴り響いた。
「警告、人間がこの街に侵入しているようです! 発見次第、早急に対応してください!! 繰り返します...」
全くもって意味不明だった。 だって、おかしいじゃないか。 今だって見た目通りの普通の人間がそこを歩いて...。
「まさか、あれも人間じゃないと...!?」
「やられた、人間の見た目をしていても中身は化け物か!!」
だからうさ耳の女の人もわざわざ人間かどうか聞いてきたって訳だ...。 この世界では人間と異形の区別が曖昧なのか....。 でも、何でわざわざそんなややこしいことを...?
「やっぱ人間がここでどう扱われているかを先に知るべきだったか...。 だが過ぎたことは仕方ねぇ、神木、鷲尾、逃げるぞ!!」
...そうだ、今は細かいことを考えている場合じゃない。 とにかくこの危険区域から脱出しないと...!!
「でもどうやって...?」
「あっちの方面に出口があるわよ。 出れるかどうかは知らないけど、試す価値はあるんじゃない?」
うさ耳の女の人が口を挟んだ。 信用できないけど、今はこれにすがるしかないか...!?
「行くよ、中村、鷲尾君!!」
「「おう!!」」
「がんばってねー。 あ、言い忘れていたけど私の名前は白玉 因幡よ。 また機会があれば会いましょう」
二度と会うか、というのが正直な感想だったけど、流石にそう言うのも忍ばれたので(僕はレディには優しいのだ)、こう言っておくことにする。
「じゃあな白玉」
「あら、名前で呼んで欲しいものだけど」
それに対しては何も返さず、僕たちは彼女に背を向けて走り始めた。 人の波も気にせずの全力疾走である。
しばらく走り続けた後、中村が口を開いた。
「何というか、掴み所の無い奴だったな」
「まあまあ可愛かったじゃん、ロリコンには分からないと思うけど。 ね、鷲尾君?」
「ハァ...ハァ...話しかけないでくれ...体力無いんだよ、俺」
鷲尾君はどうやら体力がないらしい。 オタクだったからだろうか? でもコミケとか行ってるんだったら体力は自然につきそうなもんだけどなぁ。
「コミケは気合いだ」
「あっそう。 ...それより、さっきから気になってたんだけど、葉加瀬からもらった発明品の詰め合わせどこ?」
「あ? さっきまでお前が持ってたじゃねえか」
「いや、僕が起きた時には無かったよ。 てっきり中村が持ってるもんだと思ってたけど...」
もしかして、元の世界に置き忘れてきちゃったんだろうか。 中には、この危機的状況を抜け出せる発明品もあったかもしれないのになぁ。
「あ」
「ん、どうしたの鷲尾君?」
「俺さっき名波がでかい袋持ってたの見た」
「・・・」
「・・・」
「「あの野郎!!!!!!!!!」」
受験終わったら忙しくなくなるって思ってたけどそんなことはなかったぜ。