5話:気高き心、その源流
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「アンジュよ。今や其方は、我ら風の民にとって、なくてはならない大戦士へと成長した。先の戦いで半壊したグリムガル族に代わり、新たな部族連合首座グ・ヒュー族の筆頭戦士となり、稲妻の予言の示す通り、邪悪なる月の帝国を討ち滅ぼすのだ」
「はい、承知しました、ダンファラス司教座下」
「宜しい!それでは、我らが大神エイラーンの祝福されし神槍を受け取るがよい」
「こ、これは!?」
「大神エイラーンが天宮ズ・フェンティアーより奪いし、稲妻の英霊デアベララを封じたベラ・ズ・フェンティル。今や嵐の眷属として我らの精霊たる電童子を宿す神槍なり」
「有り難き幸せ!」
―――――
“黒の華墨”が届いた――
英傑探求業は、またも潰えた。
三度、『嵐を呼ぶ者たちの探索行』の再現に挑み、失敗した。
有史以来、“嵐を呼ぶ者たちの探索行”の再現を成功した例は数少なく、断片的な成功を収めただけで大英傑と賞賛される程の偉業。
私は未だ、部分的な成功どころか、その目途さえも立っていない。
探索行についての数々の伝承や散逸した書物を調べ尽くし、数多の精霊達に尋ね、幾度となく神託を賜り、入念な準備を整え、精神も肉体も魔力も鍛えた。
併し、届かず、及ばない。
隠世の英傑世は未だ常闇、曠空き黒暗淵。
果てしない久遠の業、英傑とは斯くも厳しく遙かなる道程なのか。
「――母さん…」
―――――
母さんは、本当に強い女だった。
グ・ヒュー族の中にあって五大氏族の一つ、ヴァン・ヒュー氏族の族長ゲランドムスの娘としてジョシュカは生まれ、氏族の一番槍として育てられた。
月の友カナーシュに援軍を送った遊牧民を指揮していた将、“極星の”オルガ・ベキとの戦いは、ザンジムの丘で繰り広げられた。
遠大な遠征をしてきた極星率いる遊牧民の戦士達は、見知らぬ土地での戦いに苦戦を強いられ、カナーシュ本隊から切り離され孤軍奮闘、吹き荒ぶ風の祝福に満たされたザンジムで孤独な野営にあった。
いよいよ決戦が近いと悟ったヴァン・ヒューの族長代にあったジョシュカは、ガドン・ヒュー、バラム・ヒュー、エイドン、アルルバラカの四氏族の戦士長や司祭達を集め、ザンジムに立て籠もる遊牧民を蹴散らす為の会議を取り仕切った。
集まった各氏族の猛者や長老達は、口々に数で勝る我々からの突撃で敵を根絶やしにする強行案を述べた。
ディヘリッサ族の賢者ティコワントは、熱い猛攻が語られる中、冷静な兵糧攻めを提案。
輜重が断たれ、飢餓に苦しむ遊牧民共を相手に、風の戦士達を無闇に負傷させる訳にはいかない、そう彼は主張した。
兵糧攻めに長老や司祭達は賛同したが、猛者達はそんな“卑怯”な遣り方では六徳の一つ“名誉”を失うと反対した。
六徳とは、エイラーンの尊ぶ徳ある生き方であり、名誉、勇気、寛大、正義、敬虔、知恵の6つを指す。
勝利は敬虔さを示し、その為の手法として、兵糧攻めは、知恵と正義を、正面突破は、勇気と正義、名誉をそれぞれ示し、前者は名誉を失い、2つの徳を得、後者は3つの徳を得て失わない、それが敬虔なるエイラーン信徒のあるべき姿、それが大勢を占めた。
併し、カナーシュ本隊との戦いを考慮した場合、戦傷者を増やすのは愚策である事も皆知っている。
勝利そのものの在り方が名誉であれば、勝利に至る迄の遣り方は不名誉ならざる術、そう考える者達がいても何ら不思議ではなかった。
まとまりを欠く会議にあり、ジョシュカは大胆な意見を唱える。
――それは…
ザンジムにある遊牧民に食糧を届け扶ける、というもの。
会議に居並ぶ風の代表者達は驚愕し、間もなくジョシュカを罵り、その後、理由を問うた。
ジョシュカ、曰く――
故郷を離れ遠く異郷に迄やってきた遊牧民は、たとえ敵とは云え、勇気ある者達である、と。
その勇気ある者達が見知らぬ土地で孤立し、飢餓に喘いでいる。
たとえ敵であろうと六徳を示した者は尊ぶ、それがエイラーン神の在り方、為さり様。
我々は、そんな勇気ある敵達に寛大さを以て接する可き、それが敬虔なるエイラーン信徒の理想の姿である、と。
寛大さを示し、名誉ある正義の行動を取り、勇気と知恵を絞り、信心を誇る、それが我々の真の姿である、と。
居並ぶ風の民達は、ジョシュカの言に再び驚嘆。
確かに、追い詰められた者達の抵抗は想像を超えて頑強。
下手に追い詰め刺激をすれば、我らの戦死者も増える可能性が高い。
ジョシュカの提言に賞賛、そして、誇らしく彼女を称えた。
「なんたる女傑!まさにエイラーンの言動にしてお考え。ジョシュカよ、正に神の子也。我らの長に相応しき者也」
斯くして、ジョシュカは只一人でザンジムの丘に出向いた。
魔力を込めた口笛に率いられ、輜重の牛馬、羊に山羊、鶏らが彼女を追った。
彼女は出立前、風の戦士達に語った。
「七度太陽が昇って私が戻らなかったら、丘にある敵を攻めよ。私が戻り、七度太陽が昇って尚、丘から敵が退去しなければ、敵を攻める」
―――空白の時
ジョシュカが丘から戻ったのは、7度目の朝を迎える直前の事だった。
間近に日の出を迎える黎明、まるで太陽を背負うかのようにして彼女は帰還した。
彼女の笑顔は雄々しく雄大にして優しく、それでいて艶っぽく、尚、美しかった。
彼女は戻って一言、呟く。
「――徳は示された」
やがて、遊牧民は丘を下り、北方へと立ち去った。
その様は、敵ながら雄壮であった。
我々を背にし、振り返る素振りも見せず、悠々と立ち去る。
背後を衝かれる恐れ、それを微塵さえ感じさせぬ様。
敵は我々の言を信じたのだ。
我らも彼らを信じ、見送るのだ。
再び相見えるその日迄、暫し我らと彼ら、互いの栄誉を称えよ。
そして、ジョシュカよ――
――我らの英雄に幸あれ!