16話:向日葵のように、まぶしく
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塞ぎ込んでいたメイサがごく自然に笑顔を見せてくれるようになる迄、多少、時間が必要だった。
奴ら――罪咎教団の連中を、俺は少し甘く見ていたのかも知れない。
教団の平信者からなる下部組織は、そのまま非合法組織の体を成しており、町はおろか、小さな村落にさえ、追っ手を送り込んできた。
まさか、物乞いをさせている少女一人に、これ程の追っ手を差し向けるとは。
冷静に考えてみれば当然、か。
一度、見逃せば、ナメられる。
大凡、破落戸の類であれば、そう考えるだろう。
面子――
心底、下らない。
だが、奴らを突き動かすには十分、という訳だ。
故郷に戻る事も考えはしたが、七聖典神の一柱に列せられた崇拝から追われる身にある俺が帰れば、氏族に面倒が降りかかる恐れがある。
村々を渡り歩き、やがて俺達は人里離れた森の中で暮らす羽目になっていた。
運良く窟を見付け、そこで雨風を凌げてはいた。
俺の出身部族、闇の民は、まぁ、変わっている。
天宮信者の連中は、俺達、闇の民を“逃げ惑う者共”と呼び、蔑む。
長老達の口伝や伝承に、天宮信者の言を認めるものは一切ないが、恐らくそれは正しい、のだと思う。
多分、落ち延びた部族の末裔、それが闇の民の起源なんだろう。
そうでもなきゃ、闇の神々を信仰する、ってのが説明つかん。
元来、闇の神々は、黒暗淵種の信仰だ。
人間が闇の神々を信仰するってのは、どう考えても“訳あり”、だ。
そうだろう?
抑々、人間っつう種族は、お天道様の下で暮らす生き物だ。
朝起き、働き、夜寝る。これが一番、生理的に合っている。合理的、じゃあない、生物学的に。
だが、俺達、闇の民は違う。
昼はひっそりと休み、夜、男達は森に狩りに出掛け、女達は山菜を採りに出掛ける。
多分、元々狩猟民族だったんだろう。つまり、天宮信者と同じ。
併し、低地の定住の民の文化に触れ、土地に留まる事を知り、渡り歩く事をしなくなったんだと思う。
土地に留まり続ける生活上の知恵からなのか、狩猟での獲物の数は限りなく少数に抑え、獲り過ぎないって方針を誰もが自然に身に着けている。
部族に伝わる生存術は、明らかに過酷な条件下での生活に密着しており、集落に定住する者達と初めて出会した時、軽いカルチャーショックを覚えた記憶がある。
と、まぁ、こんな感じなもんで、罪咎教団に追われ、山野に逃れたと云っても、別に俺は全く困っていない。
メイサにとっても、こっちの生活の方が良かったらしい。
彼女は、集落を転々とする度、働こうとした。
その働きとは、物乞い。
無論、止めた。
彼女は、自分の食い扶持は自分で稼ごうとしていた。
俺が用意した食事にはいつも遠慮がちで、俺の目を盗んでは物乞いをし、手に入れた小銭で貧相な食糧を手に入れ、貪っていた。
始め、俺はその在り方を叱ったが、幼い彼女の自立心の強さを知り、一つ提案をした。
「メイサ。俺からの施しではなく、自分の力で稼ごうとする、その意識の高さは賞賛に値する。だが、その“遣り方”が良くない」
「――…うん」
「物乞いも、確かに一つの職だ。それは事実だし、否定しようがない。
だが、俺の部族は勿論、恐らく、君の親御さん達の部族においても、褒められた職とは云えないだろう。
それにその職は、いざという時、役に立たない。
出来れば、人様に役立つ職に就いた方がいい。
可哀想、と思われるより、有難う、と思われた方が、君だって多分、嬉しい筈だ」
「――……うん」
「だったら、こうしよう。
俺が君に“仕事”を与えよう。その仕事をしてくれたら、俺は君に正当な“報酬”を差し出そう。それは時に貨幣かも知れないし、時に食糧や衣類かも知れないし、寝床かも知れない。
併し、その全ては君への正当な報酬だ。君が手にした報酬は、君が自由にしていい。分かるかい?」
「……うん」
納得した様子はなかった。
俺が与えた仕事を、それなりにこなし、併し、やはり俺の目を盗んでは物乞いをしていた。
俺も、それ以上、注意する事はなかった。
凡そ、始めのうち、彼女はそれを理解してはいなかった。
理解できよう筈もなかった。
それは彼女が幼いからではなく、知らないから。
そして間もなく、彼女は、知った。
集落を離れ、山野に入る事で、第三者が、他人が辺りに皆無となる事で、必然的に物乞いが出来ない状況を、彼女は目の当たりにしたからだ。
同様に、小銭が、貨幣が、どれ程役に立たないか、を知った。
天然の窟を見付け、そこで過ごし始めると、彼女は俺の与えた仕事を精力的にこなすようになっていった。
獲ってきた獲物の肉や皮を乾燥させ、藁や蔦を編み、水を汲み、火を起こし、掃除をし、食事をし、話して、寝た。
そんな何気ない生活を、ただ繰り返し、過ごした。
本来、無口だった俺が、彼女に対して一方的に話すだけの毎日から、彼女から俺に喋りかけてくるようになり、やがて彼女はごく自然に笑うようになっていた。
そう、彼女は、本当は、よく笑う娘だったんだ。
その黄玉のように燦めく向日葵色の瞳を丸くし、彼女は笑った。
彼女の笑顔を――
向日葵のような眩しい笑顔を、
――俺は決して忘れない。




