9.新たな拠点
レミリアを買った日の翌朝、ふと気配を感じて目を覚ました。
「ん? 誰?」
ぼんやりとした意識と視界が次第にはっきりしてくる。
ふと横を見ると、ベッド脇のイスに誰かが座って俺を見つめていた。
銀色の髪が朝日を浴びて美しく輝き、俺に向かって微笑むその姿はまるで天使のようだ。
「おはようございます、ご主人様」
「え? 君は誰?」
「レミリアです。貴方の奴隷のレミリアです」
「は?」
確かに俺は昨日、レミリアを買った。
買ったけど、こんな美少女では無かったはずだ。
昨日のあの娘はもっとガリガリでカサカサだった。
「え? レミリア? なんか見た目が変わってるんだけど」
「あ、変わったように見えますか? 実は私もさっき目が覚めてから、もの凄く体調が良くて。まるで生まれ変わったみたいです」
「なんじゃ、朝っぱらから騒々しいのう」
2人で騒いでいたらチャッピーも起きてきた。
「チャッピー、なんかレミリアの見た目が変わってるんだけど。これってどういう事?」
「むう? そう言えば昨夜よりもふっくら、ツヤツヤしておるの。体が一回り大きくなったようにすら見える。これはおそらく、おぬしの魔力供給を受けて、本来の美しさを取り戻したんじゃ」
「美しいだなんて、そんな」
レミリアが頬に手を当てて恥じらう。
あー、そんな仕草もかわいい。
「いや、確かに昨日とは見違えるくらい綺麗になっているよ」
「ご主人様。私、そんな事言われたの初めてで……」
あ、また泣き出した。
俺は彼女を抱き寄せて、頭を撫でてやる。
いろいろ辛かったんだろうなあ。
「それにしても獣人だからって、こんなに変わるものかな?」
「う~む、よほど栄養と魔力が不足していたんじゃろう。昨日、一挙に食事と魔力を与えられて肉体が適応したとしか思えん」
「じゃあ、充分な食事と魔力を与え続けたら、歳相応の身体になるかもしれないね。それだったら、しばらく人目にさらすのは避けた方が良さそうだな」
「うむ、その方が良さそうじゃの」
ちょうどいいから、前から考えていた事を実行しよう。
「それじゃあさ、仲間が増えて手狭になったのもあるから、家を借りよう。それとレミリアにはローブを着せて顔を隠してもらう」
「家か。確かにちょうどいい機会じゃな」
「よし、じゃあ飯を食ったら、ギルドで貸家を扱ってる所を教えてもらおう。あ、まずはレミリアのローブ買わなきゃね」
俺達はその後、朝飯を手早く済ませてから古着屋に行く。
大きめのフード付きローブを買って、その場でレミリアに羽織らせた。
次はギルドだ。
いつも親切にしてくれるアリスさんに家の事を聞いてみた。
「おはようございます、アリスさん。実は家を借りようと思ってるんですが、貸家を扱っている所を教えてもらえませんか?」
「あら、おはよう、デイル君。貸家だったら、いくつかの商会で扱ってるけど、実はこのギルドでもやってるわよ」
「あっ、そうなんですか。それじゃあ、何かいい物件て、あったりします?」
「それはデイル君の条件しだいね」
そう言ってアリスさんは書類を取ってきて見せてくれた。
「今空いてるのはこの3軒だけど、どんなのがいいの?」
「僕はそんなにメンバーを増やすつもり無いので、小さめのがいいですね」
「小さめの家なら、この物件ね。だけどこれ、ちょっといわく付きなのよねえ」
「いわく付きと言うと?」
「うーん、大したことじゃ無いんだけど、家の中の小物が無くなったり、モノの位置が変わってたりするんだって。前の住人が気味悪がって引っ越してから、そのままなのよ。おかげでその分、格安なんだけど」
俺はその話を聞いて、なんとなく理由が思い当たった。
隠れて話を聞いているチャッピーからも、似たような反応が返って来る。
ちなみになぜチャッピーが隠れているかと言うと、妖精の存在を公にすると、いろいろと面倒だからだ。
「格安と言うと、どれくらいですか?」
「ギルドから約500mの好立地だから、普通は月に1万5千ゴルの所を1万ゴルポッキリよ」
その条件で月に金貨1枚は確かに安い。
「確かに安いですね。一度、下見させてもらっていいですか?」
「え、本当にいいの? 最低でも半年は契約してもらうけど」
「もちろん、本当に借りるかどうかは家を見て判断しますよ」
「分かったわ。ちょっと準備してくるから待ってて」
その後、アリスさんの案内で貸家を見に行く。
その家は2階建てで、1階には広いリビングとトイレ、シャワールーム、そして2階にはベッド付きの部屋が2つあった。
さらに地下倉庫まである。
これで金貨1枚は破格の安さだ。
後は怪現象の原因だが……
(チャッピー、何か感じる?)
(うむ、ご同輩の気配をビンビン感じるぞ。悪さを止めさせるぐらい簡単じゃろう)
やっぱりそうか。
妖精、たぶんブラウニーか何かが悪さをしていたんだろう。
それはチャッピーに任せておけばいいから、この家は買いだな。
「アリスさん、案内ありがとうございました。ぜひこの家を契約したいと思います」
「あらあら、大胆ね~。ま、長期空き物件に借り手がつくなら私は大助かりだけど。もし何かあったら相談してね」
「はい、その時はよろしくお願いします」
それからすぐにギルドに戻って契約を済ませた。
保証金も含めて金貨2枚をその場で払い、俺達は貸家の鍵を受け取る。
ついでにギルドで荷物運び用に荷車を借り、宿へ戻った。
宿の主人には、家を借りると言って部屋を引き払う。
そして当面生活に必要そうな雑貨や料理道具、寝具などを買い込んだ。
昼過ぎには新居に荷物を運び込めたので、とりあえずリビングでお茶にする。
しばらく話をしていると、ふいにチャッピーがリビングの隅へ飛んでいった。
そしておもむろに右手を振り上げ、何かを殴る。
ポカッ
そんな音と共に茶色い何かがチャッピーの前に現れる。
身長が120cmくらいで、茶色の服と帽子を身に着けた髭面の小人だ。
キーキー騒ぐそいつの耳をチャッピーが掴み、俺の前まで引っ張って来た。
「ねえ、君。君はブラウニーだろ?」
俺が優しく話しかけると、そいつは驚いて喋り始めた。
「なんや、人間。お前はワイが見えるんか? そうか、このフェアリーのせいやな。せやからて、ワイは人間の言いなりにはならへんぞ」
「イヤイヤ、君を言いなりにしようなんて思ってないよ。ただ僕はこの家の住人同志、仲良くしたいだけなんだ」
「な、何の事や?」
「フフフ。前の住人に悪さをして追い出したのは君なんだろう?」
さも分かっているという風に問いかける。
「ぐうう。ああ、そうや。前の住人はワイが世話をしても何の感謝もせんかったからな。ちいと意地悪してやったら、すぐに出て行ったわい」
「なるほど、なるほど。ブラウニーにはそっとお供え物をするのが礼儀だからね」
「そうや、それを前の住人と来たら」
「ふむふむ。よし、それじゃあこうしよう。君がこの家の家事を手伝ったり、留守中に家を守ってくれるなら、僕は君に食事を提供しよう」
「なんやと?」
ブラウニーはあまりに予想外だったのか、目をひんむいて驚いている。
「そんなに意外かい? せっかく同じ家に住むのなら、一緒にご飯を食べたっていいだろう」
「うーん、なんちゅう非常識な人間や。けど、こうやって正体が知られとるんなら、それもアリか?」
「よし、商談成立だ。俺の名はデイル。こっちの娘はレミリア。その妖精がチャッピーで、狼がシルヴァ、そしてこれがキョロだ」
「ワイの名はボビンや。とりあえず手伝ったるけど、あまり馴れ馴れしうしたらあかんで」
引っ越し早々、仲間が増えた。
ま、せいぜい家事手伝い兼ガードマンって所だが、イタズラが無くなるだけでも充分だろう。
その後はボビンの助けを借りて掃除や荷物の整理をする。
さすがブラウニー、掃除はお手のものだ。
おかげで夕食までにおおまかな片付けを終わらせる事ができた。
夕食は俺とレミリアで準備する。
俺も孤児院で簡単な料理はしていたからね。
今日はあまり時間も無いので、肉入りシチューとパンにした。
ちなみにレミリアに量が必要かと聞いたら、魔力供給があるならそれほど要らないという話だった。
約束通り、ボビンも交えて夕食にする。
チャッピーとボビンは俺と同じ物を食べ、キョロは木の実、そしてシルヴァは肉を食べている。
凄く変わったメンバーだけど、なんか家族らしくていい。
それからしばらくの間は迷宮に潜らず、レミリアの育成と俺達の訓練に明け暮れた。
毎晩の魔力供給でレミリアは日に日に成長を続け、2週間で15歳らしい美しい娘に変身している。
その輝くような銀髪に、スッキリとした美貌。
ちょっとタレ気味の目がまたかわいらしい。
体の方もしっかりメリハリがついて来て、なかなか色っぽい。
ついこの間までぺったんこだった胸が、立派な双丘に成長したので、少し目のやり場に困るくらいだ。
レミリアには一応、迷宮探索への参加意思と、その場合の戦闘スタイルについて確認した。
返事はもちろんOKであり、戦闘スタイルは双剣。
なんでも彼女のお母さんが双剣使いで、その姿を見て育ったらしい。
とりあえず2本のダガーを持たせて、自由に振らせていたが、そろそろギルドの訓練も受けさせてやるつもりだ。
レミリアよりも先に俺の魔力供給を受けていたキョロとシルヴァもようやく成長が止まった。
キョロは普通の猫と同じぐらいの大きさになり、電撃の威力も倍増。
ゴブリンくらいなら単独で殺れるかもしれない。
シルヴァは通常のダークウルフよりふたまわりほど大きな体格になり、牙と爪に魔力を纏えるようになっている。
たぶん、以前は手こずっていたシャドーウルフも瞬殺できるだろう。
これでレミリアさえモノになれば、1層の守護者も攻略できるのでは無いだろうか。