4.遭難事故を追え(後編)
(ようこそ、人族の勇者。私が人魚女王です)
乱闘の最中、責任者とおぼしき人魚の前に辿り着くと、相手が念話を使って来た。
しかも女王と来たもんだ。
(こんな形で押し掛けてしまって申し訳ありません。私は冒険者のデイルと申します)
(ウフフ、乱暴な人間にしては礼儀正しいですね。それで今日は何用ですか?)
彼女が俺のすぐ近くまで来たので改めて良く見ると、凄く美しい女性だ。
真っ白な肌にまとわりつく長い金髪が、ひどく艶めかしい。
その顔立ちは優れて美しいのだが、白目の無い青い瞳が魔物って感じだな。
頭にはシンプルな冠を付け、胸には貝殻を加工した胸当てを身に着けている。
そして腰から下は足では無く、青銀色の鱗に覆われた尾びれだ。
しばらく彼女に見とれていたら、訝しむような顔をされた。
(これは失礼。つい女王の美しさに見惚れてしまいました。それでこちらの要件なのですが、最近頻発している船の座礁事件についてです)
俺がそう言うと、やはり、と言う表情で女王がため息を吐く。
(やはりそうでしたか。むやみに船を沈めないよう注意はしているのですが、人間の食料に味を占めてしまい、私の制止も行き届かないのです)
(はあ、それでは船を沈めている事はお認めになるのですね)
(ええ、それは認めますが、その責任はそちらにもあるのですよ)
(我々の責任と言うと?)
(そもそもそちらの海獣達が我らの漁場を荒らしたために、我らは遠くまで食料を探しに行かなければなりませんでした。そして好奇心旺盛な子供が船の航路に近付き、人間に襲われたのが事の発端だったのです)
(えー、ちょっと待ってください。今、こちらの海獣が漁場を荒らしたと言いましたか?)
(ええ、まさにそこに居る海蛇竜の一味がこの周辺を荒らしています)
俺はまさかと思ってカガリを睨み付けると、奴がサッと目を逸らした。
お前かっ! お前が原因なのか?
(カガリ、ちょっとこっちに来い)
俺が指示すると奴が渋々と近付いて来た。
(女王の言う事は本当か?)
(え~、たまにこっちへは来るけど、食べ尽してなんかいないよ~)
(残念ながら、この子がちょくちょく来るために、この辺りには大きな魚が居なくなりました。おかげで私達は遠くまで狩りに行かなければならなくなったのです。そして半年程前に人間の航路に近付き過ぎた子供が襲われ、一族の者が激怒したのです)
(それで人魚の歌で船をおびき寄せて座礁させたのですね?)
(そうです。普通ならそれだけで終わる所だったのですが、その時に手に入れた食料に味を占めてしまい……)
(その後も船の襲撃が止まないと……)
なんとまあ、それが本当なら彼女達だけを責めるのも酷と言うものだ。
おまけにうちの食いしん坊が絡んでいるとなれば、他人事では済まない。
(なるほど、いくつかの不幸が積み重なったようですね。しかしこのまま襲撃を続けていれば、いずれ人間も軍隊を差し向けて来るかもしれません。そうなると貴方達にも犠牲が出る可能性があります)
(はい、貴方のように話し合いを優先する人ばかりではないでしょうね)
(ご理解に感謝します。それで、この大食らいに近辺での食事を控えさせれば解決しますか?)
(それはとてもありがたいのですが、難しいかもしれません。船を沈めれば美味しい物を食べられるとしか考えない者も居りますから)
やっぱりか。
人の味を覚えた魔物は厄介だって聞くからなあ。
(しかし人間が食われてると知ったら、我らも黙っては居られませんよ。人食いの魔物を根絶やしにしようと、意地になって攻撃して来るでしょう)
(ええっ、私達は人間を食べてなどいませんよ。船に積まれている食料を奪って食べるだけです。最近は新鮮なお肉や果物が多く、あの味を覚えるとまた食べたくなるのです)
(えっ、座礁した船の乗員はどうしてるんですか?)
(何もしません。彼らが溺れるか逃げるかした後に、船の中から食料や武器などを奪うだけです)
アチャー、勘違いしてた。
俺はてっきり人魚や半魚人が人間の肉を食らっているのかと思ったら、積荷の食料だったとは。
これって、エルフの鮮度維持魔法を掛けた食料の輸出が増えてるから、それに味を占めたんだろうな。
(それは失礼しました。なるほど、陸上の肉や果物が食べたい訳ですね。それなら私の方で準備できます。もちろん、対価は頂きますが)
(対価には何を望まれるのでしょうか?)
(そうですねえ、具体的な事は詳しい者と相談しなければいけませんが、人間が好きな海鮮物や宝飾品が考えられますね。例えば貴方が身に着けている真珠などは価値が高いですよ)
おれはそう言いながら女王のブラジャーに付いている真珠を指差した。
(これですか? このような物はあまり珍しくもないのですが)
(人間にとってはそれなりに貴重なんですよ。その様子なら他にも良い物がありそうですね)
その後、人間が喜びそうな物を一通り女王に説明してから、カガチに戻った。
そしてまたケンツとケレスを呼び、今後の進め方を相談する。
「と言う訳で、今回の騒動の原因はカガリ達の漁場荒らしに始まって、人間から人魚への攻撃、そして鮮度維持食料に人魚やサハギンが味を占めた事が原因だった」
「……なんとまあ、俺達も無関係じゃ無かったっすね」
「そうだ。だから今後、カガリには無計画な狩りを禁じる」
(ごめんなさ~い。でもお魚食べちゃダメなの?)
「もちろん何も食べるなとは言わない。だけどお前達が何も考えずに食べまくると、それで迷惑する者が居る事をしっかり理解しろ。食べる所をこまめに変えればいいだろう」
(分かった~)
「それで、人魚達への攻撃は総督に言って止めさせるが、彼女達は今後も新鮮な食品が食いたいそうだ。これを無理に押さえつけると、勝手に船を襲う奴らが出て来るから、俺達から供給してやる事にした。もちろん対価はもらうから、その辺の条件はケレスが決めてくれ」
「まあ、商売になるならやるけど、具体的にはどうなりそうなの?」
「こんなレベルの真珠なら簡単に持って来れるらしいから、それらとの物々交換だな。他にもサンゴとか価値のありそうな物を探して持って来るよう言ってある。それからこの町やトンガで需要のありそうな海鮮物を調べて、それを取って来てもらうのもアリだな」
「ヒュー、それは今までに無い商売が出来そうだね。ところで向こうは女王が交渉に出て来るの?」
「いや、さすがに毎回女王が来る訳には行かないから、それなりに知性を持った古参の人魚が交渉担当になる。ただし念話能力が無いから、俺の使役スキルを受け入れてもらう事にした」
その後、細部を詰めてから俺はトンガの総督に会いに行った。
さすがにバルカンで乗り込むのは大げさなので、シルヴァの背中に乗せてもらってひとっ走りだ。
例の船の遭難の事だと告げると、総督はすぐに会ってくれた。
「また1隻、難破したらしいが、調査の方は進んでおるのか?」
「もちろん。すでに原因を突き止めて対策を準備してますよ」
「本当か? さすがデイル殿だ。それで何が原因だった?」
「発端は交易船に乗っていた者が人魚を攻撃した事らしいです。それに怒った人魚とサハギンが例の岩礁に船を誘い込んで座礁させたんですね」
カガリが漁場を荒らしたのも原因のひとつだが、分かるはずが無いので敢えて伏せておく。
損害賠償とか求められたら厄介だからな。
「なんだと? 魔物の分際でけしからん。真剣に人魚の討伐を計画するか……」
「海の中の魔物をどうやって討伐するんですか? 絶対に割に合いませんよ」
「むう、しかしそうでもしないと、また船が沈められるだろうが」
「人魚が何回も船を沈めたのは、彼らが積荷の鮮度維持食品に味を占めたからなんですよ。だから同じような食い物を供給してやれば二度と船は襲いません。これについては我がフェアリー商会が人魚達と取引きをする準備を進めています」
「人魚と取引きだと? そんなもん成り立つのか?」
「真珠とかサンゴみたいな物と交換する予定です」
「さすが商人、ちゃっかり儲けるつもりだな。しかし本当にそれで船の遭難は無くなるのか?」
「今後、悪さをしたら取引きを中止すると言えば、もうやらんでしょう。逆に船乗りにも人魚やサハギンを襲うなって通達を出してください」
「その上でまた再発したら?」
「その時は私達がきっちり調べた上で、人魚側に過失があれば罪を償わせます。ただしそれをやるからには、人間が人魚達に危害を加えた場合の責任も問いますよ」
俺がはっきりそう言うと、総督が考える顔になった。
「魔物相手に罪を問われるのも業腹だが、それで航路の安全が保たれるのなら致し方あるまい。具体的な処罰については後程、案を持ち寄って決めよう」
「さすが総督、話が早くて助かります」
こうして謎の遭難事件は、人間と人魚の間で協定を結ぶと言う形で解決を見る事になった。
この協定に反発する者はかなり居たが、総督府が毅然と対応したため、それなりに効力を発揮する。
人魚やサハギンの方も、しつこく言い聞かせたおかげで、無断で船を襲う者は居なくなった。
ちなみに原因のひとつであるカガリは人魚達と和解し、最近は共生を考えるようになっている。
まだまだ子供なカガリだが、しっかりと考えて真の海の女王になって欲しいものだ。
さすがに海の中までいちいち面倒は見きれないからな。
もっとも、あれからちょくちょくマーメイドクイーンが来るようになったおかげで、海の情勢にもだいぶ詳しくなったのはまた別の話。
昨日から新作の投稿を始めましたので、よろしければこちらも読んでください。
七王召喚!~エルフの尊厳を取り戻せ~
http://ncode.syosetu.com/n4797dj/
しばらくは新作に集中するので、こちらは少し停滞するかも知れません。




