8.レミリアとの出会い
1層深部で活動し始めて2週間ほど経ったある日、俺は宿でくつろいでいた。
ちょうどキョロとシルヴァにブラシを掛け終わったとこだ。
魔力を与え始めてけっこう経つので、2匹共に成長が見える。
シルヴァは普通のダークウルフ並みの体格になり、銀色の毛並みも見事だ。
キョロは小ぶりな猫サイズに育ち、フワフワな耳と尻尾がとても愛らしい。
それぞれ魔法の威力も上がっている上にまだ成長するようなので、先が楽しみな2匹である。
「ところでチャッピー。相談があるんだけど」
「戦力増強か?」
「やっぱ分かる?」
「昨日、負けて帰って来たばかりじゃからな」
俺達は昨日、初めて1層の守護者に挑んだものの、まったく歯が立たず逃げ帰ってきたばかりなのだ。
守護者部屋に入っても脱出できる事は分かっていたので、様子見のつもりではあった。
そんな軽い気持ちで守護者部屋に入ると、4匹のシャドーウルフと親玉のビッグシャドーに出迎えられる。
最初にチャッピーに目眩ましをやってもらったが、これが全く効かない。
どうやらビッグシャドーの指示で閃光を躱しているらしく、すぐに反撃を食らってしまった。
しばらく耐えていたものの、反撃の糸口が掴めないので、あえなく退散。
部屋の外までは追って来ないので無事に帰れたが、久々の惨敗である。
「やっぱ仲間を増やさなきゃ。盾役でドーンとでかい魔物がいいんだけど、近場でいいの居ないもんだろうか?」
「そんな都合のいい魔物なぞ、魔境の奥にでも行かんと無理じゃぞ。とりあえず魔物屋でも見に行ったらどうじゃ?」
「やっぱそれしか無いかな? はあ……まあ試しに見に行ってみるか」
俺はみんなを連れて魔物屋に向かう。
魔物屋に着いて店の中を見て回るが、小動物系ばかりでいいのが居ない。
一縷の望みを託して卵を確認するも、やはりキョロのような出物は無かった。
どうしたものかと悩んでいると、少し離れた所からシルヴァに呼ばれた。
実際に彼が喋った訳ではないが、なんとなくそんな気がしたのだ。
「なんだ、シルヴァ、何かあるのか?」
シルヴァの方に向かうと、そこは奴隷コーナーだった。
ここの魔物屋は魔物だけで無く、獣人などの奴隷も扱っている店なのだ。
まあ、どちらも隷属魔法で扱えるんだから、居てもおかしくは無い。
しかし人間専門(亜人含む)の奴隷商に比べると、質が悪いと言うのが相場で、俺は最初から考慮していなかった。
そもそも、奴隷を買う覚悟が無いってのもある。
でもシルヴァがわざわざ呼んだからには、何かあるんだろう。
行ってみると、彼の目の前の檻に1人の獣人奴隷が入っていた。
んー、けっこうちっちゃいな。
10歳にもなってない女の子に見える。
肩まである灰色の髪はぼさぼさで、犬っぽい耳と尻尾が目につく。
膝を抱えてぼんやり座ったままの青い瞳には力が無く、顔も薄汚れていた。
たぶん洗えばそれなりに見えるだろうけど、人目を引くほどでも無いかな。
そんな事を考えていたら魔物屋の主人が寄ってきた。
「兄ちゃん、この娘に興味あるのかい?」
「いや、迷宮で闘う使役獣を探しに来てるんだ。いくらなんでもこんな女の子には無理でしょ」
「うーん、それは確かに苦しいな。でもこの娘は獣人だから、ちゃんと成長すれば使えるかもしれないよ」
「俺に育てろって言うの? 冗談じゃない。大体、この娘何歳なの?」
「あー、いや、実は15歳なんだ」
「ウソ!? どう見たって10歳未満だよ」
この娘が俺と同い年だなんて、到底信じられない。
成人年齢でこれじゃあ、使い道なんて無いんじゃないだろうか。
「やっぱ、そう見えるよな。どうも変な呪いが掛かっているらしくて、成長しないし体力も無いんだ。俺も扱いに困ってなあ。この娘に目を留めたのは兄ちゃんが初めてだから、どう? 安くするよ」
「バカ言わないでよ。しがない冒険者に幼女を養う余裕なんて無いね。ほらシルヴァ、帰るぞ」
このままだと押し付けられそうなので、とっとと帰る事にした。
しかしシルヴァは檻の前に居座ったまま、俺の顔を見上げてくる。
何かを訴えるような、そんな目だ。
いつもは素直なシルヴァがどうしたってんだ?
「あー、もう! ちなみにこの娘、幾ら?」
「本当は奴隷契約込みで金貨2枚なんだけど、1枚でいい。ほとんど仕入れ値で大赤字だけど、大サービス!」
よっぽど処分したくてしょうがないんだな。
嫌な予感しかしない。
途方に暮れている俺に、チャッピーが囁いた。
「デイル、買え。この娘は大化けするかも知れん」
正気を疑うアドバイスに、チャッピーの目を覗き込んだが、どうやらマジみたいだ。
俺はそれでもしばらく悩んで、こう切り出した。
「分かった、買うよ。だけどこれじゃあ外を連れ歩けないから、体を洗わせて、もうちょっとマシな服を付けてくれ」
「本当か? 助かるよ。じゃあすぐに手続きしよう」
魔物屋は大喜びで手続きを進めようとしてる。
彼女を処分できるのが、よほど嬉しいに違いない。
手続き自体は簡単なものだった。
檻から出した女の子に隷属の首輪を嵌め、俺の指から取った血をそれに吸わせる。
そして魔物屋がゴニョゴニョ呪文を唱えると、首輪がキュッと締まって終わりだ。
これで俺に危害は加えられないし、合理的な命令には逆らえなくなる。
もしそんな事をしたら、首輪が締まって死にそうな思いをする。
一応、”死ね”とかそういう理不尽なのは拒否できるらしいけどね。
魔物屋に金貨を渡してから彼女を水場に連れて行き、軽く身体を洗わせる。
真っ裸で身体洗ってても、幼女だから色気も何も無い。
それでも洗い終えてから貫頭衣を着せてみると、幾らかマシに見えるようになった。
「俺の名はデイル。君の名前はなんて言うんだ?」
「……レミリアです」
彼女がかろうじて聞き取れるような声で答える。
「レミリアか。この狼はシルヴァ。こいつはキョロ。両方とも俺の使役獣だ。俺は冒険者で、まだお前の使い方はよく考えてないけど、よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
冒険者と言う言葉に少し怯えたせいか、耳がピクピク動いてる。
うん、これはこれででかわいいな。
細かい話は後でする事にして、魔物屋を出る。
これからどうするか考えながら歩いていると、シルヴァに呼び止められた。
振り返るとレミリアが魔物屋の前で倒れている。
明るい所に出て立ちくらみでもしたんだろうか?
ちょっと虚弱体質過ぎて、早くも後悔の念がよぎる。
仕方ないので彼女を背負って、また歩き出した。
「ひょっとして腹が減ってるのか?」
「……はい、奴隷になってから満足に食べてないので」
蚊がなくような声でレミリアが答える。
そんなもんかと思いながら、俺は近くの飯屋に入った。
「まあ、なんだ。奴隷として働くにも体調を整えないといけないからな。好きなもの食っていいぞ」
我ながら彼女に期待はしていないが、とりあえず好きなものを食わせてやる。
彼女は”満腹お肉セット”と言うかなりボリューミーな料理を頼んでいた。
料理が来ると、彼女が凄い勢いで食べ始める。
おいおい、あの骨付き肉、あの娘の頭の倍くらいあるんだけど。
「ご主人様、ありがとうございます。はぐはぐ……ごっくん。うぐ、おいひいです、こんなの食べたの久しぶりで……ウウッ」
「う、うん。良く噛んで食べるようにな」
涙をボロボロ流しながら食うの見てたら、こっちも切なくなって来た。
俺だって孤児出身なので、それなりに辛い思いは経験している。
おかげで不幸な奴隷の面倒くらい見てやろう、という気分になって来る。
チャッピーが思わせぶりな事言ってたし、何とかなるだろう。
飯が終わってから、下着などの身の回り品を買って宿に帰った。
奴隷のために新しい部屋を取る訳にもいかないから相部屋だ。
部屋に入って落ち着くと、レミリアの身の上話を聞いてみた。
元々、レミリアは魔大陸にある獣人の集落に住んでいたそうだ。
しかし成長速度の遅いレミリアに呪い疑惑が浮上し、その集落に居づらくなったらしい。
そこで彼女が9歳の時に両親と共にこの大陸に移住して来た。
幾つか町を渡り歩いた後、元冒険者の両親が稼ぎやすそうな迷宮都市に居を定めたんだそうだ。
最初の内はけっこう順調にやっていたらしい。
しかしそれも半年前まで。
ある日、両親が迷宮で大ケガをして帰って来た。
父親の方はすぐに亡くなり、母親もそのまま寝込んでしまう。
やがて彼女の看病もむなしく母親までが世を去り、残されたのは借金だけ。
その後、レミリアは奴隷として売られたものの、見ての通りの貧弱さで買い手が付かない。
最初に引き取った奴隷商が持て余し、押し付けられたのがあの魔物屋って事だ。
そんな彼女の身の上話を聞き、改めてなんとかしてやりたいと思う。
だけど、俺だってそんなに余裕のある身分じゃ無いから、彼女には働いて欲しい。
探索に連れて行れば一番いいんだけど……
「チャッピー、レミリアが大化けするかもって言ってたけど、あれ本当?」
「うむ、可能性があると思うておる。ところでレミリア、おぬし魔大陸を離れてから具合が悪くなったのでは無いか?」
「え? それは……そうかもしれません。魔大陸では普通に動けていたのに、こっちに来てから体がだるくなる事が多くなりました」
「やはりそうか。おそらく、おぬしは魔力欠乏症じゃろう」
なんかチャッピーさんから仮説が提示されました。
ちなみに宿に着いた時点でチャッピーも紹介してあるので、会話はできる。
「チャッピー。魔力欠乏症って、前のシルヴァみたいな状況?」
「そうじゃ。強い力を持つ獣人ほど成長過程で魔力が必要じゃ。魔大陸はここよりも魔素が濃いから、あちらではなんとか生活できても、この大陸では生存も怪しくなる場合があるんじゃ」
「え、でもこの町にも獣人の子供はいるよね?」
「この大陸に住んでる獣人や、その子供は魔素の薄い環境に適応しておるんじゃ。むろん魔大陸育ちよりも能力は劣るぞ。そしてレミリアは魔大陸育ちの中でも特に強い個体なのかも知れん」
チャッピーの話を、レミリアも呆然と聞いている。
「て言う事は、俺がレミリアに魔力を分け与えればもっと成長して、強力な戦士になれるかもしれないんだね?」
「そうじゃ。どこまで成長するかは、まだ分からんがの」
「そうか、シルヴァはそんなレミリアの才能を感じ取った、と言うか、自分と同じように魔力不足に苦しむ彼女を、救おうとしたのかも知れないね」
「まあ、そんな所じゃろう」
「何にしろ分かった。レミリア、こっちへおいで」
俺はレミリアをベッドに座らせ、後ろを向かせる。
そして心臓の裏辺りに右手を押し当て、魔力を注いでみる。
「アンッ、ハウッ」
最初、なまめかしい声を上げていたが、その後は穏やかな顔で魔力を受け入れ始める。
彼女の尻尾がゆっくりと動き、俺の脚をなでる。
キョロもレミリアの膝の上に居座り、彼女に撫でてもらっている。
なんかホンワカする光景だな。
「ご主人様の魔力が温かくて、気持ちいいです」
「そうか、これで体調が良くなるといいな。これからは毎日、魔力を分けてあげるからね」
「ありがとうございます、何から何まで。グスッ……もしチャッピーの言うように成長できたら、何でもします」
「そうだな。迷宮に潜れるくらい強くなれればいいけど、それは君の適性とか見て考えるよ。まずは元気になって」
「はい」
「キュー」
「ウォン」
これで少し希望が見えて来た。
レミリアも一緒に戦えるようになるといいんだけど。