77.アスモガインの最期
大陸征服を目指す魔族のアスモガインが引き起こした魔物の大暴走だったが、俺達は力を合わせてそれを撃退した。
そして撃退時に捕獲した飛竜のジュピターから、魔族の状況を聞く。
「それじゃあ、敵の拠点はここから東に1日ほど飛んだ場所にあるんだな?」
(そうだ、一昨日までは我々もその周辺で待機していた)
「今すぐ追えば捕まえられるかもしれないけど、ジュピターがこの状態では無理か」
(面目無い)
バルカンとの戦いで彼は傷付いており、回復にはまだ2、3日は掛かりそうだ。
あれだけ激しい戦いをしておいて、また飛べるようになると言うのも驚きの頑丈さだが。
「構わない。いずれ奴らとは決着を付けるからしっかり体を休めておけ」
それから俺は遅まきながら同盟軍の状況を確認した。
300人の戦士は奮闘したが、さすがに犠牲はゼロでは無い。
死者19人、負傷者100人弱と、少なくない損害を受けたが、あの大暴走を退けた代償と考えれば悪くないだろう。
その身を以て同盟を守った犠牲者はそれぞれの故郷で英雄として祀ってやるつもりだ。
避難した鬼人族も無事だった。
性懲りも無く奴隷狩りが出て来たが、事前に予想していれば捕まえるのはそう難しくない。
2つの集団を捕らえ、鉱山送りにしてやった。
その内5人は再犯だったから、後で処刑されたけどね。
それから2日後、ようやくジュピターが飛べるようになったので、俺の仲間を総動員してアスモガインの拠点を強襲した。
しかし予想通り、拠点はすでに引き払われていた。
「ちっ、やっぱり逃げられてたな」
(我のケガが治らず申し訳無かった、主)
「それは仕方ない。それよりも奴の行き先の見当は付かないか?」
(あいにくと我はここしか知らぬ。しかし奴らもそう遠くまでは逃げていないはずだ。なので周囲の魔物に協力を願ってはどうか?)
ジュピターの提案はこうだ。
この周辺にもダークウルフや火喰い鳥など探索向きで群れを成している魔物が居る。
その群れのリーダーを何匹かデイルの支配下に置き、周辺を捜索させればいいと言うのだ。
「確かにそれはいい手だけど、いきなり無関係の魔物を隷属させろって、お前も大概だよな」
(アスモガイン共は魔物を隷属させて使い捨てるのだから、周辺の魔物にとっても決して無関係では無い。それに主の使役スキルは我らの尊厳を奪わないからこその提案だ)
「なるほど、そう言う見方もあるか」
結局、俺は周囲の魔物を使わせてもらう事にした。
まずシルヴァが群れを見付け、それを一気に4匹のワイバーンで囲んでしまう。
これで大概の魔物は動けなくなるので、リーダーを見つけ出して俺が契約を結ぶ、と言う手順だ。
これで10個ほどの群れを掌握して直ちに捜索を開始した。
その日は適当な所で野営をし、翌日も捜索を続けていると、昼頃になって怪しい拠点発見の報告が入った。
全員でそこに向かうと、それらしい岩山が聳えている。
「チャッピー、あれが魔族の拠点かどうか分かるか?」
「ふーむ、確かに岩山のあちこちに隠蔽魔法が掛かっているようじゃ。おそらく出入口や窓を隠しているんじゃろう」
「なるほど、それじゃあ、いぶり出してやりますか。キョロ、シルヴァ、”轟雷”を頼む。ただし、ジュピターの娘が居るから弱めでな」
「キュー」
「ウォン」
俺の指示でシルヴァが岩山の上に雷雲を呼び出した。
そして十分にエネルギーが蓄積された雷雲に向かってキョロが雷撃を放つと、無数の雷が岩山に降り注いだ。
覆い尽くす程の雷撃がやっと治まり、岩山が再び現れると、さっきまで見えなかった穴が幾つか露わになっている。
しばらく様子を見ていると、その穴から魔族がわらわらと出て来た。
おっ、けっこう居るな。
50人くらいか?
そしてとうとうアスモガインが姿を現した。
予想通り、ジュピターの娘らしきワイバーンを連れている。
「フハハハハハッ! 卑怯な騙し討ちで全滅を狙ったのだろうが、残念だったな。ほとんど生き残っておるぞ!」
「何、一発で潰したんじゃ面白く無いからな。今日は今までの借りをまとめて返しに来た。逃げずに勝負しろ!」
「ウヌッ、小癪な。よかろう、皆殺しにしてやる!」
こうしてアスモガイン達との決戦が始まった。
奴の部下と俺の仲間があちこちで激突し始める。
人数的には奴らの方が倍以上は居る。
しかしこちらは3匹のワイバーンとキョロ、シルヴァを擁しているのだ。
さらに俺、リューナ、レーネ、セシルが魔法で後方から援護する。
その他メンバーも少なくとも1軍は魔族にひけを取る事はなく、それなりに戦えているようだ。
しばらく戦っていると思いのほか俺達が粘るので、とうとうアスモガインが痺れを切らした。
隷属させているワイバーンに攻撃の指示を出し、自身も暗黒魔法らしき攻撃で戦闘に参加し始めたのだ。
そして敵のワイバーンがジュピター達に迫り、火球攻撃を加え始める。
愛娘からの攻撃を受け、反撃も出来ないジュピターが悲しい鳴き声を上げた。
奴らの参戦で戦況が一気に魔族側に傾くかと見えたその時、高空から1匹のワイバーンが舞い降りた。
この時のために高空に潜ませ、チャッピーの魔法で隠蔽されていたバルカンだ。
バルカンは最大速度で敵のワイバーンに迫り、後ろ足でそいつを捕らえる。
さらにそのまま方向転換して戦場を縦断し、小柄なワイバーンを俺の目の前に放り出して行った。
地面に叩き付けられ、身動きの取れない小柄なワイバーンに俺は駆け寄り、その角に嵌められた金属環を炎の短剣で切り裂く。
レミリアみたいに綺麗には切れないが、腐っても魔剣。
金属環はあっさりと弾け飛び、隷属魔法から解き放たれたショックでワイバーンはそのまま気を失ってしまった。
「ジュピターの娘は取り戻したぞ。みんな、反撃だ!」
俺の掛けた号令に仲間達が応える。
特に今まで娘を救うために大人しくしていたジュピターが猛攻撃を始める。
さらにそこにバルカンが加わったため、戦局は一気にこちらに傾いた。
所々で魔族が圧倒され始める。
事ここに至り、それまで余裕をかましていたアスモガインが本格的に戦闘に参加して来た。
奴と副官らしき赤毛の女魔族が共に魔剣を振るい、闇魔法を放ち始める。
その攻撃にさすがのカインやサンドラさえも防戦一方だ。
しかしその劣勢も局地的なものだった。
いかに個々の魔族が強くても、奴らの連携は大した事が無い、と言うよりもほとんど連携など出来ていない。
対する俺達には使役リンクによる連携があるのだ。
ワイバーンも含めて使役リンクでつながっている俺達は、空間情報を共有したり、念話で意志を伝える事も出来る。
だから仮に一部が崩れ掛けても、すぐにそこをカバー出来るし、相手が崩れ掛けた所に追い打ちも掛けやすい。
アスモガインと副官をカイン達が押さえている間に、残りのメンバーでその他の魔族を潰して行く。
そして人数が減ると、疲労を蓄積していた魔族の戦線は加速度的に崩れ始めた。
やがてほとんどの魔族が逃げるか倒されるかした戦場には、アスモガインと副官しか残っていなかった。
そして戦い続け疲労した彼らを、とうとうカイン達が取り押さえた。
「クッ、何故だ? 何故私が人間ごときに負けるのだ?」
「まだそんな事を言ってるのか? お前が自分の事しか考えずに魔物を使い捨てたからだよ。だから魔物には歯向かわれるし、仲間とも連携できないんだ」
「仲間だと? 連携だと? フッ、そんなもの最初からありはしない。しかしこうなったからには是非も無い。さあ、殺せ!」
アスモガインがあっさりと負けを認めた。
しかしなんか怪しい。
(チャッピー、なんかあっさりし過ぎてるけど、怪しく無いか?)
(確かに怪しいのう。おそらく人間には滅ぼされない自信があるんじゃろう)
(滅ぼされない自信て、なんだそれ?)
(体を破壊すると同時に魂も壊さないと、魔族は復活する場合があるらしい)
(マジかよ。そんなのどうすりゃいいんだ?)
(魂も一緒に滅すればよい。ほれ、光の中心部を魔剣で貫け)
次の瞬間、チャッピーと感覚が共有されると、奴の肉体に普段は見えない光が重なって見えた。
そして奴の胸部に一際まばゆい光の中心が見て取れる。
「考え直すつもりは無いか? 心を入れ替えて魔大陸の秩序に従うなら生かしてやるぞ」
「ふん、人間の情けなど受けん。ひと思いにやれ」
「そうか、ならば魂ごと逝け」
俺は炎の短剣をアスモガインの右胸にある光の中心部に突き入れた。
「グハッ! バ、バカな、なぜ人間が魂の在り処を知っている? よせ、そんな事をしたら、ガアアアアーッ」
アスモガインは必死に逃れようともがいたが、やがてその光は消え失せる。
そしてその魂の消滅と共に奴の体も塵となって崩れ去った。
「アスモガイン様、アスモガイン様ーーー!」
奴の魂の死を知った副官の叫び声が岩山に響き渡る。
こうして俺は最大の敵アスモガインを滅ぼした。
魂さえ滅ぼす必要が本当にあったのか考えないでもないが、この大陸の秩序を保つために必要であったと信じたい。
次回、最終話になります。




