76.サジ村の攻防
魔大陸の征服を企む魔族アスモガインが俺達に挑戦状を叩きつけた。
どこかの村を襲うから防いでみろ、との傲慢な物言いだ。
同盟の会議でその情報を共有した後、俺はカインの故郷であるサジ村に飛び、村長に会っていた。
「昨日、念話でお伝えしたように魔族に操られた魔物がどこかの村を襲う見込みです。そして俺はその可能性が高いのはこの村か、東のイバ村だと考えています」
「なぜ鬼人族の村なのですかな?」
「それは、ここがまだ襲われていないからです。すでに襲われた村の周辺では現在、魔物の密度が激減しています。魔族に操られて暴走し、俺達に掃討されましたから」
「なるほど、操る魔物が居なければ暴走も引き起こせないと。ならば警戒を強めるとして、他にはどのように対応すれば良いでしょうか?」
「はい、まずはこの周辺に居ると思われる魔物を教えて下さい。それから――」
俺は村長にいろいろと対策をお願いした。
まずは周辺の魔物の分布を知り、その調査をする事。
そして襲撃前に村人を避難させる場所を確保し、避難準備を整えておく事。
さらに自警団を臨時増員して訓練を始める事などだ。
「私の方でも妖精ネットワークで周辺の魔物を監視しますが、決して油断しないでください。それからおそらく奴隷狩りの集団も出て来ると思いますので、そちらも警戒を」
一通りの準備をお願いした俺は、さらに東方のイバ村と竜人の里にも赴いて同様の注意を伝えた。
しかしこちらはトンガからさらに遠くなるので、奴隷狩り業者が進出しにくい。
またエルフやダークエルフの里は結界で守られていて魔族の侵入が困難だ。
これらの事から俺は今回の襲撃の本命はサジ村だと考えていた。
その他にもいろいろと準備に忙殺されて1週間、とうとうサキュバスから襲撃場所の情報がもたらされる。
通告されたのは予想通りにサジ村だった。
そして通告を受けるまでも無く、サジ村の周辺に異常な魔物の集合が確認されつつあったため、俺達は先行して準備を整えていた。
俺達は予告を受け取ると同時にサジ村住人の避難を開始しつつ、他の集落から魔物撃退のための戦力を移送した。
その戦力は実に300人にもなり、内60人はエルフ系の精霊術師だ。
これに加えて俺の仲間が22人(匹)、さらに妖精、精霊による監視網が西部同盟の主力と言う事になる。
襲撃予告の当日、村の周辺は夜明け前からざわめいていた。
魔族はサジ村の北と南の2地点に魔物を集めたらしく、膨大な数の気配が伝わって来る。
その圧倒的な暴力の気配は、同盟軍の心胆を寒からしめるに十分なものだった。
そして夜明けと同時に、魔物の大暴走が始まった。
南北2方向からそれぞれ千匹近いと思われる魔物が村に押し寄せて来る。
凄まじい地響きを伴うその突進はまさに破壊そのものであり、村は瞬く間に壊滅させられるのではないかと思われた。
しかし魔物が村から200m程に近付いた時、反撃の嵐が吹き荒れる。
北側にはキョロとシルヴァの複合魔法”轟雷”が、そして南側にはリューナの竜人魔法が炸裂したのだ。
「この地に居る全ての風精霊達よ、我に力を貸したまえ、”竜巻の壁”!」
これはリューナがこの日のために開発した大規模魔法だ。
精霊と竜神の加護を最大限活用して風の魔法をリューナに収束し、それを数十の竜巻に変えて一気に放つ技だ。
これにより千匹近い魔物の多くが巻き上げられ、引き裂かれ、動きを止められた。
そして村を挟んだ反対側では”轟雷”が炸裂し、同様の効果を産んでいる。
これにより魔物の大暴走は完全に勢いを挫かれた。
香料で狂わされていた魔物の多くが正気を取り戻し、元居た森の方へ逃げ帰って行く。
これはダークウルフやオークなど群れで行動する魔物がほとんどだ。
逆にフォーハンドベアやサーベルタイガーなど、直接隷属させられている魔物は相変わらずこちらに向かって来る。
さらに隷属させられている群れの個体も同様だ。
しかしその数は南北それぞれで200匹前後に減っており、ついさっきまで程には絶望的でもない。
そして俺達の大魔法に勇気付けられた同盟軍がこれを迎え撃った。
もちろん俺の仲間もこれに加わり、主に大物を引き受けている。
しばし同盟軍と魔物の揉み合いが続き、俺達が魔物を押し返し始めたと見えたその時、新たな敵が現れた。
キュアー!
「飛竜だあー!」
その数10匹以上のワイバーンが東の空から飛来したのだ。
奴らが口から火の玉を吐いて地上を攻撃したり、後ろ足の爪で同盟の戦士を蹴散らそうとする。
まだ残っていた地上の魔物にも反撃され、同盟側がまた劣勢になる。
しかしそうはさせない。
「あのワイバーンを倒せ、バルカン! アポロとマーズは援護だ」
俺の指示で村の防壁に隠れていたワイバーンが3匹、空に飛び立った。
1匹はもちろんバルカンであり、もう2匹は新たな仲間だ。
アスモガインがワイバーンでガサルに乗り付けた事から、奴らがワイバーンを複数従えている事が察せられた。
そこで無理をして魔大陸中央部の山岳地帯へ出掛け、2匹のワイバーンをバルカンの戦闘力でねじ伏せてから使役契約を結んだのだ。
今回の準備の中で最も苦労した作業だったが、今こうして役に立とうとしている。
俺は敵のワイバーンが襲って来てもしばらくはバルカンに反撃させなかった。
なぜなら敵のリーダーを見極め、そいつを片付ける事で敵の撤退を誘うためだ。
と言うのも、ワイバーンは群居性が高く、リーダーのみが操られている可能性が高いと思ったからだ。
そして俺は敵のワイバーンで一際巨大な個体をリーダーと見定め、バルカンに攻撃を指示した。
巨大と言ってもバルカンとほぼ同じ20m級なので、上位精霊クラスのバルカンなら大した敵では無い。
案の定、しばらくもみ合っている内にそいつはバルカンに上を取られ、地面に叩き落とされた。
リーダーとの勝負に勝ったバルカンが勝利の豪吼を放つと、残りのワイバーンが退散し始める。
制空権を取り返した同盟軍が息を吹き返し、残りの魔物を掃討する。
やがて村の近くから魔物が一掃され、勝利の歓声が森に響き渡った。
それは夜明けからおよそ半刻の後だった。
歓喜に沸き立つ戦場を横切り、俺はケレスを連れてバルカンが押さえているワイバーンの元へ走った。
そのワイバーンは手傷を負ってはいるが、まだ死んではおらず、バルカンの下で足掻いている。
手早くそいつの体を調べると、角の片方に怪しげな金属環が嵌められていた。
「ケレス、この輪っかを調べてくれ」
「これを調べろって? ドヒィ、こっち睨んでる睨んでる」
ワイバーンに睨まれてビビリまくってるケレスのケツを叩いて無理矢理、金属環を調べさせた。
「よく分からないけど、この輪っかが隷属の波動を発しているのは間違いないよ、ウヒィッ」
「このまま壊しても大丈夫か?」
「それは大丈夫だと思う……ウギャー」
「よし、レミリア、こっちに来てくれ」
レミリアを呼んで金属環を切るよう指示すると、彼女はそれをまるで野菜のように簡単に切ってしまった。
怪しげな金属環を断ち切られたワイバーンは一時暴れたが、徐々に興奮が治まっていく。
十分に落ち着いた時点で俺は使役スキルを行使した。
最初は拒否していたが、バルカンに押さえ付けられ、渋々と契約が受け入れられる。
(グルルルルー。魔族の次は人間に隷属させられるとは情けない)
「おっ、さすがにリーダークラスだと知性レベルが高いな。この使役契約は話をするためのものだからあまり気にするな」
魔物もワイバーンクラスになるとそれなりに知性を持つようになる。
しかしそれもピンキリで、アポロとマーズはまだまだ知性が低い。
俺の事を”アニキ、アニキ”と言って慕ってくれるが、その知能は10歳以下の子供レベルだ。
(我と話がしたいだけだと? ならばこの後は解放するとでも言うのか?)
「別に構わないぜ。ただ、この後も俺を手伝ってくれるのなら魔力を分けてやってもいい」
ワイバーンってのは強力な魔物だが、それだけに多くの魔力を必要とする存在だ。
それ故に魔素の濃い魔大陸中央部に定住しており、沿岸方面にはめったに出て来ない。
そんなワイバーンを2匹も手なずける事が出来たのは、俺お得意の魔力供給技術あってのものだ。
最初はバルカンの武威を恐れての使役関係だったが、今では完全に俺の魔力目当てに変わっている。
これは俺に魔力をもらって生き延びた海蛇竜のカガリも一緒だな。
本来、シーサーペントなんか居るはずのない海域で成長したカガリは、あの海域の女王的存在になってしまった。
(人間が魔力を分けるだと? それが本当なら、場合によっては手伝ってやっても良い)
「お前に取っても悪い話じゃ無いはずだ。なぜならお前達を操っていた魔族を滅ぼすんだからな」
(何っ! 奴らに復讐できるなら幾らでも手伝ってやろう。娘を盾に我らを隷属させた奴らを殺せるのなら、この命も惜しくない)
どうやらアスモガインは最初にこのリーダーの娘を捕まえて隷属させたらしい。
そしてその娘を餌にリーダーを誘い出し、彼をも隷属させて配下のワイバーンごと支配下に置いたのだ。
おそらくアスモガインがガサルまで乗ってきた小柄なワイバーンがその娘だろう。
本当に卑劣な手を使う奴らだ。
しかしこれでアスモガインが共通の敵である事がはっきりしたので、俺はリーダーに共闘を申し出た。
彼がそれを受け入れたので、俺は彼に”ジュピター”と言う名を送る。
これはこの世界に伝わる神話から取った名前で、バルカン、アポロ、マーズも同様だ。
ジュピターはその中でも多くの神を束ねる中心的な神の名前だ。
10匹以上の群れを束ねる彼にふさわしいと思う。
ちなみに名前を贈った途端に魔力をごっそり持って行かれたのはお約束。
こうして俺達は魔物の大暴走を退け、さらに強大な飛行戦力も手に入れた。
後はアスモガインと決着を付けるだけだな。
いよいよクライマックスに向かいます。




