74.ゲッコーの刺客
「ゲッコー商会のトンガ支店を潰したの、あんたらでしょ?」
帝国の冒険者アスベルがそう決めつける。
「会ったばかりでいきなりですね。何の証拠があるんですか?」
「いろいろとあるよ。まず俺達の立場を教えておくけど、俺達はゲッコー商会からトンガ支店を壊滅させた奴を見つけ出して殺すよう依頼されてるんだ」
「なるほど、それでわざわざ1流の冒険者がこの大陸まで来たと」
「そう、ゲッコー商会の会長が激怒しててさ、支店長だった息子を殺した奴を見つけ出して来い、って命令されたんだ」
「いくら激怒してるからって、アスベルさん程の冒険者がそれを受けたんですか? ちなみにランクはAでしたっけ?」
「僕がSで他はAだよ。最初は僕も大仰だと思ったんだけど、副支店長をやってたバダムは元Aランクの冒険者だったんだ。そんな彼を建物ごと滅ぼす存在が裏に居るとなれば、海を渡る価値はあると思ってね」
あのバダムは意外に凄い奴だったんだな。
おかげでSランク冒険者が送り込まれるとは、後々まで祟ってくれるぜ。
「こっちに来ていろいろ調べたんだけど、デイル君はそのバダムと揉めてたらしいじゃないか。その後、部下の一人が帰って来なくて君を疑ってたと言う話も聞いた。それからゲッコー商会の支店が潰され、奴隷狩りを阻止する西部同盟が結成された。この状況と同盟の中心人物である君を結び付けない手は無いよ」
「そんなの何の証拠にもならないじゃないですか。どうせ悪どい事をやってたに決まってるから、あちこちで恨みを買ってるでしょ」
「それはそうだけど、バダムを始めとする大勢の猛者を他には知らせずに殲滅できる存在なんてそう居ないよ。噂では君は飛竜さえ使役するらしいじゃないか」
「いやいや、きっとこの魔大陸には凄い存在が潜んでるんですよ。魔族だって居ますしね」
「フフフ、そう簡単に自分がやりましたなんて言わないよね。でもいいんだ、状況証拠は揃ってるから君の首を持ち帰れば仕事は完了さ。何より僕の勘が、君が犯人だと囁くのさ」
うっわ、嫌らしい奴。
もう完全に俺だって決めつけてるよ、実際に俺だけど。
それにしても厄介だな。
勝てないとは思わないが、Sランク相手じゃ被害が出るかも知れない。
ちなみにこっちのメンツは俺、レミリア、サンドラ、リューナ、リュート、ケンツ、ガル、ガム、キョロ、シルヴァ、バルカンだ。
他のメンバーは魔物の襲撃に備えて各村に残してある。
対する”流星団”が10人で、それ以外の冒険者が10人居るから、数的には敵の方がほぼ倍近い。
なんとか戦闘を避ける方法は無いものか?
「勘弁して下さいよ、アスベルさん。こんなガキばっかのパーティを苛めたら、貴方の評判が落ちますよ」
「同じ迷宮攻略者同士で戦って評判に傷が付くはず無いじゃないか、そら!」
カキンッ
アスベルがそう言いながら俺にナイフを放ったので、籠手で叩き落とした。
問答無用かよ、クソッ。
「リュートはアスベルを頼む。他は各個撃破。バルカンは向こうの雑魚を攻撃。ただし火は使うな」
アスベルが馬鹿でかい両手剣を抜いて切り掛かって来た。
スタイル的にリュートが向いてるように見えたので彼に任せる。
バルカンは少し小さめのワイバーンに変化して奴らの後ろに回り、爪と牙で攻撃し始める。
キョロとシルヴァも本来の姿に戻って暴れ出した。
シルヴァの風とキョロの雷が雑魚冒険者を追い散らす。
レミリア、サンドラ、ケンツ、ガル、ガムは手近な冒険者と斬り合っている。
さすがに流星団のメンバーは皆強く、レミリアやサンドラでも圧倒は出来ない。
俺とリューナは一歩下がって魔法で支援する。
まず相手の魔術師が呪文を唱えている間に散弾で攻撃したのだが、僧侶の防御魔法で防がれた。
初めて見たけど、発動時間も短くて厄介だな、これ。
帝国にはこんな奴がゴロゴロ居るんだろうか?
やがて敵の火魔法がこちらに降り掛かったが、リューナの風魔法で吹き飛ばした。
今のリューナは精霊と竜神の加護を使いこなしているので、威力・精度共に申し分の無い魔法が使える。
次の瞬間、敵の女スカウトが俺に矢を放って来たが、鎧に弾かれた。
うわ、当たり所が悪かったらヤバかったかも、今の。
お返しとばかりに俺も風弓射で女スカウトを狙う。
矢は狙い過たずスカウトの右肩に突き刺さり、彼女がもんどり打って倒れた。
同様に魔術師にも矢を放ったのだが、やはり見えない障壁に弾かれる。
「リューナ、あの僧侶の脚に魔法弾をぶち込め」
「ハイです、兄様」
指示通りに放たれた魔法弾があっさりと障壁を貫通し、僧侶の左脚に突き刺さった。
あ、あれちょっとヤバいかも。
ま、死んだら死んだで仕方ない。
僧侶の障壁が無くなったので、2人の魔術師にも風弓射をぶち込んで黙らせた。
これで魔法戦は終了っと。
周りを見ると、雑魚冒険者はすでに倒れるか逃げるかして片付いている。
しかし”流星団”との斬り合いはまだ続いていた。
俺が睨んだ通り、アスベルはパワーとスピードを併せ持つファイターで、同様のスタイルを持つリュートと良く噛み合っていた。
アスベルも魔力で肉体を強化しているらしく、凄いスピードで動き回り、強烈な斬撃を放つ。
2人共、それぞれの身長に迫るような大剣を打ち合わせ、盛大に音と火花を出し続けている。
その技量はほぼ拮抗しており、永遠に勝負が続くように見えたが、思わぬ形で勝負が決まった。
最後に剣をぶつけ合った瞬間にアスベルの剣が半ばからポッキリと折れたのだ。
2人の勝負を決めたのはリュートが妖精女王からもらった魔剣だった。
おそらく魔鉄製のアスベルの剣が、アダマンタイト製の魔剣の斬撃に耐えられなかったのだろう。
さすがのアスベルも事ここに至り、観念したようだ。
リュートに剣を突き付けられて、両手を挙げている。
それを見て残りの敵もてんでに武器を手放して降伏し始めた。
レミリアやサンドラが手こずる相手には見えなかったのだが、殺さずに倒すタイミングを見計らっていたのだろう。
相手はガチで殺しに来ていたのに、甘い対応と言わざるを得ない。
俺が最初に女冒険者を殺さずに無力化したから、それを見習ったのかも知れないが。
とりあえず男達を縄で縛り上げてから、女性の手当てをした。
と言っても、矢を抜いて布で縛るだけだ。
わざわざチャッピーの正体を晒して治療してやるほどの仲じゃないからな。
僧侶が気が付いたら、自分で治すだろう。
「さてアスベル、俺達の完勝なんだが、これからどうする?」
「どうするって、ひょっとして命を助けてくれるのかい?」
「それはそっちの出方次第だな。本当は殺して埋めるのが一番楽なんだろうけど、なんとなくそれはしたくない」
「とんでもないお人好しだね、君は。ひょっとして無償で同盟に協力しているって噂は本当なのかな?」
「なんだ、そう言う噂になってるのか。まあ、傍目にはバカみたいな条件で協力してるから、そう言われてもしょうがないな」
そう言う俺の顔を見つめていたアスベルが急に笑い出した。
「ククククッ、フハハハハハッ、負けた、負けたよ君には」
「なんだ、負けたショックでおかしくなったか?」
「そうじゃない。君の器の大きさに気が付いて、馬鹿馬鹿しくなったって所かな」
「馬鹿馬鹿しくなったか?」
「ああ、これでもSランク冒険者としてかなりの自信を持っていたのに、完全に叩きのめされた」
横にいた冒険者がここで割り込んで来た。
確かサンドラと斬り合ってた奴だ。
「その通りだ。俺だってAランクになって久しいのに、そっちの鬼人に手も足も出なかった。たぶん、アスベルが負けるまで手加減してくれてたんだろ?」
「我が君が殺しておらんかったからな。それ程、危険も感じなかったので様子を見ていた」
「マジかよ、同じ迷宮攻略者のはずなのに、そんなに差があるのか?」
ここでアスベルが思い出したように聞いて来た。
「そう言えば、ガルド迷宮の最終守護者はドラゴンだったって噂は本当なのか?」
「うん? 確かにブロンズドラゴンだったが、そっちは違ったのか?」
俺がそう言うと”流星団”のメンバーが固まってしまった。
そしてヒソヒソと彼らが囁き合う。
「ブロンズドラゴンって中位の竜種じゃん。そんなの倒すなんてあり得るの?」
「いや、彼らは倒したって言うし、実際みんな強いからアリじゃね?」
「実際、ワイバーンを使役してるし、他の使役獣も凄く強そうだぞ」
「あっちの女の子なんか私達の魔法を吹き飛ばしたのよ。アシュリーの障壁も簡単に破ったし」
いろいろと彼らの常識をぶち壊してしまったらしい。
「やっぱり迷宮と言ってもいろいろだね。僕らが攻略したメリム迷宮の最終守護者はサイクロプスだったよ」
「確かに違うな。ガルド迷宮でサイクロプスは7層をうろついている魔物だった」
「なるほど、道理で簡単にやられる訳だ」
「いや、あんたらも相当強いと思うけどな」
「一人も殺さずに降伏させておいてそれは嫌味にしか聞こえないよ」
確かにこの状況ではそう取られても仕方ないな。
それよりもこいつらをどうするかだ。
「それで、俺は出来ればあんたらを殺したくない。Sランク冒険者なんて国の宝みたいなもんだからな。帝国とは交易の道を探ってるから敵対したくないんだ」
「それは本当かい? 同盟と帝国が交易を結ぶ可能性があると?」
「ああ、詳しい事はトンガの総督に聞いて欲しいが、同盟には食料品を輸出する用意がある。奴隷貿易の替わりに交易の柱に出来ないかと総督が本国に掛け合う予定だ」
「なるほど、それは好都合だ。ご存知のようにBランク以上の冒険者は貴族に準ずる面がある。同盟が帝国に利益をもたらす可能性を持つと分かれば、その重要人物の暗殺依頼は破棄できる可能性が高い」
「ああ、それもそうだな。いかに帝国有数のゲッコー商会でも、国益を損なう訳には行かないよな。でも息子を殺されたって考えてるなら、諦めないんじゃないか?」
「それは僕が直接会って事実を伝えるさ。相手はSランクを軽々とあしらう化け物だって」
「それじゃあ、あんたの経歴に傷が付くけど、本当にやってくれるのか?」
「多少は舐められるだろうけど、こうして命を救ってもらった礼ぐらいはさせてもらうよ」
「そうか、それじゃあ頼む。それでも諦めないようだったら、俺のワイバーンが本店を焼き尽くすって言っといてくれ」
「フフフッ、支店だけじゃ無く、本店も容赦しないぞって?」
「ハハハッ、だから支店は俺じゃないって」
ひとしきり笑い合った後、彼らの拘束を解いて、バルカン便で総督府まで送ってやった。
総督にも事情を話して協力をお願いしておいた。
アスベルの襲撃は非常にヤバかったが、一人も殺さずに済んで良かった。
たぶんゲッコー商会の方はこれで片付くだろう。
残る最大の問題は魔族だよなあ。




