73.和睦の可能性
帝国から捕虜と馬車を取り返した俺達は今、襲撃された村の再建に取り組んでいる。
トンガの総督は意外と話せる奴だったので、西部同盟の首長達との会議も設定予定だ。
それから魔族の方だが、トンガに潜り込んでいたスパイを摘発してから進展が無い。
一応、スパイから聞き出したやつらの拠点を急襲してみたんだが、すでにもぬけの殻だった。
今はまたサキュバスに拠点を探ってもらっている所だ。
また搾り取られる事を考えると恐ろしいのだが、必要な事なのだから仕方ない。
これらと並行して魔法戦力の整備も進んでいる。
エルフとダークエルフから才能のありそうな人材を選び出し、妖精魔法の基礎を教えてからリューナが精霊を紹介する。
これは従来もやっていた事だが、もう少し考えを進めてみた。
帝国や魔族との集団戦を想定して、術師を組織化したのだ。
つまり新たな精霊術師を集めて部隊を編制し、集団で魔法を行使する訓練を始めている。
具体的に言うと、両種族共に風、水、土の部隊を10人ずつ配置できている。
つまり60人の術師を新たに得た事になる。
ちなみに現状約500人のエルフ族、約400人のダークエルフの中で従来の精霊術師はそれぞれに10人程しか居なかった。
昔はもっと居たらしいがここまで減ったのは時代の流れだ。
いずれにしろ新世代の術師が増えたため、魔法の研究も急ピッチで進んでいる。
素早く精霊に同調するコツ、精霊に伝わりやすい呪文、自然の摂理に則った術の行使手順などが解明されつつあるのだ。
これらのノウハウに妖精魔法を組み合わせた”新精霊術”とでも言うべき魔法は強力だった。
これは人にも寄るが、大体1.5倍くらい強力になっている。
従来の精霊術でせいぜいダークウルフを倒せるぐらいだったのが、シャドーウルフを倒せるぐらいに強くなった感じかな。
もちろん、新精霊術を最も使いこなしているのはレーネであり、セシルだ。
ちなみにレーネは土妖精だけで無く、とうとう水妖精とも契約できるようになった。
術者が未熟だと元の精霊が嫉妬して複数の契約は成立しないのだが、それを認めさせるくらいに彼女が強くなった訳だな。
そして、リューナも新精霊術のノウハウを活かして進化している。
ただでさえ妖精女王からもらった魔法の杖でコントロール性が向上しているのに、さらに威力とスピードが増した。
今のリューナは間違いなく歴代最高の竜人魔法の使い手だろう。
今なら迷宮の中でも安心して彼女に風魔法を使わせられる……たぶん。
そうこうしている内にガサルで同盟の会議が開かれた。
「それでは西部異種族同盟の会議を開催する。なお、今回はトンガの総督グスタフ・ローラン殿もゲストとして参加されている」
「グスタフだ。先にデイル殿から誘いを受けており、出来れば今後の交易について有意義な話が聞ければと思っている」
意外な事に、トンガの総督は早々と同盟の会議に参加して来た。
これは早期に帝国との関係を改善する契機になるかもしれない。
「まず同盟内の連絡網の整備状況だが、猫人族の村と狐人族の村までは完了した。これで両村までは馬車の往来が可能となっている。狼人、虎人、獅子人の村への道も整備中ではあるが、完了まではもう2、3ヶ月掛かるだろう」
「なんだと、もうそこまで進んでおるのか?」
「ええ、その通りですよ、総督。それ以外の集落についても徒歩用の道を整備しています。もっとも、街道の整備に金を出していない人族には通行料を払ってもらいますが」
「ちなみに交易をするなら私に話を通してもらう必要があります。最大の出資者なので」
「むう、それは取り扱うに足る商品があればの話だ。どんな商品があるのだ?」
「それでは各集落で検討している特産品について報告してくれ。まずは狐人族から頼む」
各集落の特産品は狐人、猫人は薬品や農産物、狼人、虎人、獅子人は中型以上の魔物素材、鬼人は大型魔物や薬草、エルフは薬品と魔道具、そして竜人は奥地でしか採れない特殊な薬草や鉱石と言った所だ。
やはり集落の立地条件や種族特性で差が出てくる。
なるべく無駄が出ないよう、同盟会議で調整して行けばいいだろう。
「ふむ、それぞれだいぶ検討が進んだな。実際に商品が出回れば、同盟内の商業が活気づくだろう」
「そうですね、同盟内ならこれで問題無いでしょう。ところで総督、帝国としては如何ですか? 奴隷の替わりに交易するに足る商品はあるでしょうか?」
「うーむ、正直言って予想以上に多彩な商品が出回りそうで驚いている。しかし奴隷貿易に替わる物となると難しいな」
「まあ、そうかも知れませんね。それなりに価値のある魔物素材や魔道具であっても、わざわざ船で1ヶ月以上も掛けて運ぶ価値があるかは微妙です」
「その通り。植民地経営には金が掛かる。かと言って今までみたいな奴隷貿易も難しくなって来た」
予想以上に総督が真剣に奴隷貿易の替わりを探そうとしているのは嬉しい誤算だ。
何か手は無いものだろうか?
「それならば精霊術で鮮度を保った食料はどうでしょうか?」
そう提案したのはエルフ族の長 ラナウスさんだった。
「精霊術で鮮度を保つだと? そんな事が出来るのか?」
「ええ、術自体はそれほど珍しいものではありませんよ。密閉された容器内であればひと月やそこらは鮮度を保てます」
「それが本当ならこの大陸の肉類や果物などを輸出できるから、なんとか本国を説得できるかも知れん。ぜひ前向きに検討したい」
「ええ、本来なら秘匿するべき技術なのですが、奴隷狩りが無くせるのなら喜んで協力しましょう。幸い、デイル殿のおかげで順調に術者も増えていますからね」
「またもデイル殿のおかげか。おぬし、一体どこまでこの大陸を変えるつもりだ?」
なんか総督がぼやいてるが、良い提案だ。
鮮度維持が出来れば同盟内の食料流通も活発化するだろう。
その後、鮮度維持した食料のサンプルを準備し、帝国に送って反応を見る手筈を整えて会議は終わった。
会議の翌日、俺達は久しぶりにカガチに来ていた。
帝国とは休戦が成立しているので、カガリに会うのも兼ねて様子を見に来たのだ。
久しぶりに会ったカガリはまた大きく成長していた。
拾った時は1mだった彼女も、あれから2ヶ月近くで全長20m近い大物になっている。
普通はこんなに早く成長しないんだが、俺と契約してたまに魔力を分けてやっていたらこうなってしまった。
今では近隣のボス的存在になっており、多くの手下を従えているんだとか。
そんなカガチで今、俺は少し迷っていた。
ここの建物は廃墟になっているし、同盟を運営するには狼人族の村ジムカに拠点を置いた方がいい。
しかしジムカで借りてる家は手狭だし、大きなお風呂が無いなど不便な点も多い。
何よりカガチは4ヶ月以上住んでたから愛着があるのだ。
そんな話を周りのメンバーにしたら、やはり皆もここに戻りたいと言っている。
結局、少しずつでも設備を整えて行こうと言う話になった。
まずはお風呂を再建して、簡単な宿泊設備を整え、別荘的な施設にするつもりだ。
方針が決まり、廃墟の後片付けをしている内に、俺はガルを連れてトンガへ向かった。
再建用の道具や資材を買い付けるためだ。
ちなみに俺達のトンガへの入場禁止は総督の命令で既に解除されている。
今回は馬車が無いので適当な小舟を買い、資材を満載してカガチに戻った。
さすがに1日では終わらなかったのでその晩は野営をし、また翌日も再建作業を進めた。
そして昼休みになって食事を取っていた時にそいつらは現れた。
「お、居る居る。情報通りじゃん」
それは20人もの冒険者達だった。
先頭に居るのが金髪碧眼のイケメンで、後ろに4人の女と5人の男達を従えている。
女性の内訳は2人が魔術師で、残りは僧侶と斥候が1人ずつ、そして男性は全て剣士だ。
こいつらはどいつも相当強そうだ。
さらにパーティが異なると思われる普通っぽい冒険者が10人控えている。
「あんたが西部同盟のデイルさんだよね」
「いかにも私がデイルですが、貴方は?」
「これは失礼。俺は”流星団”のアスベルってんだ」
「”流星団”? 確か帝国で有名な冒険者パーティでしたっけ」
「お、良く知ってるね。まあ、これでも迷宮攻略者だからね」
俺が”流星団”を知っていたのは、彼らも迷宮攻略者だからだ。
俺達がガルド迷宮を攻略した後に、比較対象として良く聞かされた。
数年前に迷宮を完全攻略した若手のパーティとして、帝国では有名だって話だ。
「ええ、私も冒険者の端くれですから、噂ぐらいは聞いた事がありますよ」
「冒険者の端くれって言うわりにはいい鎧着てるじゃん。それって竜素材だよね?」
「いえいえ、それっぽい素材を使った安物ですよ」
「そんな隠さなくたっていいじゃん。確かリーランド王国のガルド迷宮が攻略されて、竜の素材が出回ったって聞いてる。”妖精の盾”とか言うパーティじゃ無かったかな?」
うわ、鋭いこの人。
ゴトリーの親父さんに頼んで、なるべく目立たないデザインにしてもらったんだけど、詳しい人が見ればどうしてもバレるよね。
なんか嫌な予感がする。
「へーっ、そんな冒険者が居るんですか。ところで皆さんはなぜここに?」
「ああ、ちょっと聞きたい事があったんだけど、もういいよ。大体分かったから」
「分かったって、何がですか?」
「ゲッコー商会のトンガ支店を潰したの、あんたらでしょ?」
あちゃー、やっぱ鋭いわ、この人。




