7.迷宮の洗礼
迷宮でスライムを殲滅したら、その犠牲者らしき冒険者の装備を手に入れた。
大した物では無いが、町で売ればいくらかの金になる。
一緒にギルドカードと少々のお金も拾ったので、カードは後で冒険者ギルドに届けておこう。
その部屋はそこで行き止まりだったので引き返す。
まだ下層へ向かうには早すぎるので、枝道をひとつずつ調べて地図を埋めていく。
そうしてたまに遭遇するゴブリンやスライムを狩り続けた。
そのうち腹が減ってきたので昼飯にする。
木製のカップに魔法でお湯を出し、お茶っ葉を入れてお茶を作った。
お湯は水魔法の応用で、あまり量は出せないしそれほど熱くないけどお茶ぐらいには使える。
やっぱり魔法が使えると便利だな。
お茶と一緒に、宿で作ってもらったサンドイッチをほおばった。
キョロとシルヴァにも、お皿に入れた水と木の実や干し肉を与えている。
シルヴァのエサがかさばる事を心配していたが、探索中は大して食わなくていいようだ。
野生の時は数日間の絶食なんて当たり前だから、食いだめができるんだろう。
ちなみにチャッピーもほとんど食わないので、俺の分をちょっと分けるぐらいで済んでいる。
飯を食いながらチャッピーと話す。
「今の所、危なげ無く来れてるけど、こんなもんかなあ?」
「まあ、儂らの実力ならこんなもんじゃろ。もっとも、シルヴァが先に魔物を見つけてくれるから、大分楽をしとるがな」
「ああ、それは確かに。奇襲される心配が無いからそれほど緊張しなくて済むね。ありがとな、シルヴァ」
そう言ってシルヴァの頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾を振っている。
キョロも隣で物欲しそうにするので、そっちも撫でてやる。
その後も探索を続けたが、まだ入り口からさほど離れていない序盤のため、大した事も無く夕暮れ前に地上へ戻った
今日の成果はゴブリン10匹、スライム8匹、それと拾った装備だ。
ゴブリンが銀貨10枚、スライムの魔石は銀貨3枚なので銀貨24枚になったが、拾った装備は安物だったせいか、銀貨20枚にしかならなかった。
まあ、初日に無事戻れた事だけでも良しとしよう。
俺は拾ったカードをギルドに届けてから、宿に戻った。
それからしばらくは1層序盤を探索する日々が続く。
やがて第1層の中盤に差し掛かるってくると、新たにコボルドと遭遇した。
コボルドは150cmくらいの人型の魔物で、頭が犬に似ている。
ゴブリン同様にこん棒を使うが、その動きは少し素早い。
通常より一回り大きなコボルドリーダーに率いられている場合が多く、組織的な攻撃をして来るのでなかなかに厄介だ。
幸いな事に俺はシルヴァの索敵能力で事前に察知できるため、弓矢でリーダーを先制して倒す場合が多かった。
リーダーを失えば大した事ないので、俺たちだけでもなんとかなる。
コボルドの魔石は銀貨3枚、リーダーは5枚だ。
迷宮の奥に進む程、魔物との遭遇頻度が高まるのもあって、最近は一回の探索で銀貨50枚くらい稼げるようになって来た。
問題は中盤を過ぎると1日で入り口に戻るのが難しくなる事で、そうなると迷宮内で野営をする事になる。
一日は12刻に区切られていて、迷宮ではだいたい3刻から9刻まで活動するようにしている。
もっと探索を続けられない訳でも無いが、あまり無理をしても疲れてしまう。
だから1日の半分で探索を打ち切り、残りは休養に当てるのが一般的だ。
もっとも、野営では寝床が硬くて、それ程疲れも取れないのだが。
どこで野営するかも問題だ。
普通の部屋や通路では魔物が湧いたり、通り掛かる頻度が高い。
しかし行き止まりの部屋だけは、冒険者が居る間は魔物が湧かず、他所から入ってくる可能性も低いため、ここに野営するのが安全とされている。
もちろん、無防備で眠るなんてできないので、なんらかの警戒が必要だ。
人数の多いパーティなら交替で見張りを立てる所だが、ウチは俺とチャッピーしか居ない。
毎回、夜の半分しか眠れないのもしんどいので、魔石を使った警戒手段をチャッピーに教えてもらった。
部屋に入ってくる通路の先に魔石を置いて結界を張る方法だ。
これで何かが入って来たら感知できるようになるので、シルヴァの探知能力も合わせれば、不意打ちを食らう事は避けられる。
おかげで迷宮内でも比較的安全に休めるって寸法だ。
やがて第1層の中盤も探索が進み、いよいよ下層に続く階段を含む深部に入る。
ここで現れる魔物がシャドーウルフだ。
名前の通り物陰に潜む狼で、鋭い感覚で獲物を察知し、待ち伏せ攻撃を仕掛けてくるらしい。
しかも3頭前後の群れで行動するため、駆け出し冒険者などいいエサだ。
こいつらを倒せるかどうかが、この深部で行動する冒険者の目安となる。
しかし俺はそれまでの探索が順調過ぎたため、奴らを甘く見ていたようだ。
深部に入ってすぐ、いつも通りシルヴァの合図を受けた俺は、弓を構えながら通路を進む。
通路に魔物は見当たらなかったため、俺はてっきり進行方向の部屋に居るとばかり思い込んでいた。
しかし突然、左手の物陰からシャドーウルフが飛び出し、俺の左腕に噛み付いたのだ。
「グアッ」
革の籠手ごしに狼の牙が俺の腕に突き刺さり、その激痛とショックで弓を取り落としてしまった。
「ギュピー」
バチバチッ!
すぐにキョロが電撃を加えてくれたおかげで、狼が離れる。
そして電撃で怯んだシャドーウルフに、シルヴァが猛然と跳びかかった。
「ガルル、ガウツ」
シルヴァが相手を押さえ込もうと奮戦している。
しかし俺はケガのショックでまだ動けない。
さらに向こうの部屋の入り口から、新たに2匹のシャドーウルフが現れた。
「まずいのう、ちょっと足止めをして来る」
チャッピーがそう言いながら新たな2匹に向かって飛ぶ。
そしてそいつらの眼前で、強烈な閃光を放った。
目眩ましは見事成功し、ギャンギャンと狼達が騒いでいる。
俺はようやくショックから立ち直り、冷静に考えられるようになって来た。
まずは目の前のシャドーウルフに集中する。
俺はシルヴァが押さえ込んでいる奴に近寄り、ダガーを心臓に突き入れた。
奴が息絶えるのを確かめてから弓を拾い、皆に指示を出す。
「一旦、退くぞ」
負傷したままでは危険だと判断した俺は、来た道を走りだす。
チャッピー、キョロ、シルヴァもすぐに続いた。
少し走って適当な枝道に入り、後方を窺うと、追ってくる気配は無い。
たぶんもう大丈夫だろう。
俺は崩れるように座り込んだ。
「イテテテッ。ちくしょう」
籠手を外すと、けっこう血が出ている。
多少は籠手で守られたとは言え、浅くない傷だ。
そんな俺の左手にチャッピーが回復魔法を掛けてくれる。
ポウッ
魔法の淡い光に包まれた左腕から徐々に痛みが引いていく。
「ありがとう、チャッピー」
「うむ、完全には直せんが、とりあえず動かせるぐらいになるじゃろう」
そう言って魔法をかけ続けてもらうと、血が止まって傷も塞がった。
高価なライフポーションでも似たような事ができるが、チャッピーの魔法の方が効果は高い。
「動かすとまだ少し痛いけど、もう大丈夫だ。助かったよ」
「気にするな。それでこれからどうする?」
「まだ動揺してるから、今日はこのまま帰るよ」
「そうじゃな、こんな時は大人しく帰るのが良い」
せっかく拾った命を危険にさらす事は無い。
また準備を整えて出直せばいいのだ。
しばらく休憩した後、まっすぐ地上へ向かう。
シルヴァの索敵能力を頼りに早足で進み続け、2刻ほどで地上へ戻った。
普通のパーティなら3刻は掛かっているはずだ。
そのまま宿に帰って飯を食った後、今日の反省会をする。
「今日は参った。あんな小さな物陰にシャドーウルフが隠れているなんて」
洞窟の床面近くはけっこうデコボコしているから、ちょっとした影もいくらかはある。
しかしあのシャドーウルフは明らかに自分の身体より小さな影から出て来たのだ。
「うむ、高度な隠蔽能力、と言うか幻惑魔法のようなモノを使っているようじゃ」
「幻惑魔法か。シルヴァにも感知できないのかな?」
「クーン……ウォンッ、ウォンッ」
シルヴァに目を向けると、面目無さそうな声の後に勇ましい返事が続いた。
どうやら次は任せておけ、と言っているようだ。
たぶん、相手のやり方が分かれば対処のしようはあるのだろう。
「そうか、奇襲を避けられるんだったら、やりようはあるな。次はこんな風にやろうと思うんだけど」
俺は帰り道に考えていた作戦をチャッピーと相談し、次の日に備えた。
翌日、少し左手が痛んだが、構わずに迷宮に潜った。
シャドーウルフにリベンジするため、真っ直ぐに深部を目指す。
昨日遭遇したポイントに近付き、ペースを落として慎重に進むと、やがてシルヴァが立ち止まって前方を窺い始めた。
スンスン、スンスン
そしてシルヴァの視線が壁際の一点でピタリと止まる。
一見、何も居ないように見えるが、アレが潜んでいるのだろう。
俺がキョロをシルヴァの背中に乗せ、肩を軽く叩いてやると、シルヴァが目標地点の手前に駆け寄り、風魔法を放った。
ウォンッ
するとただの壁に見えていた所から、シャドーウルフが浮かび上がる。
本当に幻惑魔法を使っていたらしい。
奇襲しようと隠れていた狼に向けてキョロが電撃を放った。
キャインと鳴いて硬直した狼の首筋にシルヴァが食い付いて押さえ込む。
ここまでは作戦通り。
そして案の定、向こうの部屋からもう1匹のシャドーウルフが現れた。
これも想定通りなので、俺は落ち着いて弓を構える。
そして走り寄る狼をチャッピーが空中で待ち受け、5m程手前に近づいた時、前方に閃光を放った。
キャイン
目をやられた狼が苦しげに暴れ回っている所を、風弓射で仕留める。
シルヴァに噛まれたヤツがまだもがいていたので、こちらはダガーで止めを刺した。
これでリベンジ終了。
たぶん、もう1、2匹居ても問題無く対処できると思う。
倒したシャドーウルフから魔石と素材を剥ぎ取り、その後も何回か狩りを繰り返す。
その結果、シャドーウルフは少々毛皮が硬いが、待ち伏せさえ潰せばそれ程の強敵では無い事が確認できた。
こうして奴らへの対処法を確立した俺達は、その後しばらくはシャドーウルフ狩りを繰り返す。
深部まで直行して、素材を持てる分だけ奴らを狩り、帰還して1日休養を取る、そんな探索パターンを作り出した。
シャドーウルフの魔石は銀貨5枚に加え、毛皮や牙、爪も高く売れる。
武具などで需要があるので、1匹当たり銀貨10枚の追加収入だ。
1回の探索で10匹くらいは持ち帰れるので、魔石と合わせて銀貨150枚にもなる。
駆け出し冒険者としては破格の稼ぎだ。
懐が暖かくなったので、武器・防具を新調した。
ふんだんにある影狼の毛皮を使い、肩や腰回りまでカバーする胴鎧と籠手、膝丈のブーツと帽子をオーダーする。
ダガーも店売りの高級品を購入した。
これでそろそろ守護者の討伐も視野に入って来ただろうか。