68.海賊襲来
おそらく帝国に唆されたであろうリーランド王国の役人の言い掛かりと、その後の襲撃者は退けた。
しかしこのままでは済まないだろうと警戒を続けていたある日、カガリから不審な船が接近中との連絡が入る。
海蛇竜のカガリは現在、体長が10m以上にも成長し、周辺の海を警戒してくれているのだ。
不審船発見の報に急いで狩りに出ている仲間を呼び戻しつつ、俺達も迎撃態勢を整えた。
やがて中型の船がカガチの港に近付き、そのまま入港して来た。
船が埠頭に乗り付けるや否や、わらわらと小汚い男達が降りてきて、俺達を威嚇する。
やがて総勢50人程と見える集団から、一際体格のいい男が進み出て、ベラベラと喋り出した。
「ガッハッハ、なかなかいい港じゃねえかよ。ここは俺達の拠点にするから、おとなしく投降しな。そうすりゃ命だけは助けてやるぜ。女の方はたっぷり可愛がってやるぜ、グヒヒヒヒ」
「そう言う貴方はどちらさんですか?」
「俺の名か? 俺は大海賊 赤ひげのドライフ様だ。余計な抵抗はしない方が身のためだぞ、お前ら」
「これはこれは、やはり海賊さんでしたか。私は冒険者のデイルと申します。いろいろと面倒臭いんで、これを見て帰ってくれませんかねえ」
次の瞬間、キョロ、シルヴァ、バルカンが本来の姿を現し、それぞれ魔法のデモンストレーションをして見せた。
キョロの雷撃が、シルヴァのつむじ風が、そしてバルカンの火炎が海賊共の度肝を抜く。
「バ、バカな、こんな所に飛竜が居るはずない。これは幻だ。野郎共、構わねえからやっちまえ」
このまま引き下がってくれればいいものを、バカが逆ギレして向かって来やがった。
仕方ないので仲間に戦闘を命じる。
「殺すと面倒臭いので、なるべく峰打ちでな」
俺の指示で前衛職が海賊に斬り掛かり、俺とその他の後衛職は弓や魔法でそれを援護する。
キョロとシルヴァはそれぞれ雷と風の魔法を海賊に放ち、さらに海から現れたカガリも口から海水を噴いて薙ぎ払っている。
あっと言う間に半数近くが戦闘不能になり、最後にバルカンが一声吠えたら、残ってた奴らもあっさりと降参してしまった。
おいおい、大海賊だったんじゃ無いのかよ?
降伏したドライフ達を武装解除させてから、地面に正座させて尋問を始める。
奴らの話によると、こいつらは最近まで帝国の周辺で海賊業をしていたそうだ。
しかしちょっとやり過ぎて、帝国の海軍に狙われ始めたので、魔大陸まで逃げてきたらしい。
とりあえず物資補給と情報収集を兼ねてトンガに入港したのだが、そこにある男が接触して来た。
そいつはトンガ総督府の使いだと名乗り、カガチに籠る盗賊の討伐を持ち掛けたんだそうだ。
この場合の盗賊ってのは俺達の事だな。
その使いから、俺達は20人くらいしか居らず、海側は無防備なので簡単に討伐できると吹きこまれたらしい。
盗賊を討伐したら、拠点はそのまま使っていいし、報酬も出すと言われ、ホイホイ出かけて来たのが今回の顛末だ。
「そう言う訳で、実は旦那が亜人を束ねて帝国と戦っているなんて知らなかったんですよ。全く帝国の奴ら、旦那の事を盗賊だなんて嘘を吐きやがって。今度会ったらとっちめてやりまさあ」
簡単に俺達の状況を教えてやったら、こんな風に下手に出て来た。
まあ、どうせ表面的に取り繕ってるだけなので、全く信用はしてないけどな。
「さて、こいつらの始末はどう付けようかな?」
「やはり全員殺すしか無いのでは?」
「とりあえずあたいの尋問で引っ掛かった悪党だけでも殺しちゃえば?」
(私のエサにするのがいいよ、ご主人様)
カインとケレス、そしてカガリまでが当然のようにこの場での処分を提案して来る。
「まま、待ってくだせえ、旦那。俺達はこれでも腕利きの船乗りですから役に立ちますぜ。同数なら海軍とも渡り合えやす」
「別に軍艦の1隻ぐらい、お前達に頼る必要なんか無いからなあ。見ての通り、シーサーペントだって居るし」
俺の脅しに合わせてカガリが首を伸ばして海賊達を威嚇する。
「ヒィッ! そ、それなら交易はどうですかい? 帝国はヤバイけどリーランド王国ならあっしらも入れますぜ」
「ふむ、それはちょっと魅力的かも知れんな」
実を言うと俺達は最近、帝国に楯突いた関係でトンガに入れてもらえず、物資調達が不便になっている。
もちろんこれを予想してそれなりに蓄えはしてあるし、ある程度はガサルで買い物も出来るのだが、不便なのは間違いない。
「確かに人族の物資が補給できると便利ですが、海賊を野放しにする代償にはなりません。やはり殺してしまいましょう、デイル様」
カインの言う事はもっともなのだが、全て殺すのはもったいないような気がする。
俺が迷っていたら、ケレスが意外な提案をして来た。
「ご主人、ちょっとこいつらの記憶を探ったけど、意外にこいつら悪くないよ。そりゃあ、戦闘で殺しはやってるけど、必要以上には殺してないんだ。おかげで足が付いてこっちまで逃げて来たみたい」
「そうなのか? そうは言っても先の事は分からんぞ。やはりどうにかしてコントロールしたいけど、さすがに俺の使役スキルをこんなのに使いたくないしなぁ」
「それならあたいに任せてよ。サキュバスの力を見せたげる」
珍しくケレスがやる気になっているので任せる事にした。
まず赤ひげのドライフを連れて、彼女が拠点の中の一室に消えた。
ちょっと時間が掛かりそうなので、他の海賊共には傷の手当と食事を施してやる。
やがて半刻ほどで出て来たドライフはすっかり毒気が抜けてケレスの虜になっていた。
おそらくケレスが魅了を掛け、ついでに精を絞り取って性的にも虜にしたのだろう。
その後も彼女は海賊の幹部を何人か部屋に連れ込み、同様に魅了状態にしてしまった。
それ以下の下っ端もすでに傷の手当や食事で気持ちが絆れているので、これでほぼ完全に奴らを掌握できたと思う。
「なかなかやるな、ケレス。しかし本当に大丈夫なのか? どっかで魅了が解けたりしないか?」
「そりゃあ、何年も会わなければ解ける可能性はあるけど、1回の航海ぐらいだったら全然平気だよ。むしろ私に会いたくて急いで帰ってくると思うよ」
「なるほど。それなら交易ぐらい任せてもいいか……よし、せっかくだからここの港湾機能を整えよう」
「港湾機能を整えると言うと、桟橋を修理するのですか?」
「そう、それと荷物の積み下ろし設備とか、船員用の宿舎も要るな」
その後、ドライフや船大工と相談してどんな物が必要かを検討した。
翌日、ドライフ達を船ごとトンガへ送り出す。
彼らが無事にカガチを攻略したので、拠点整備のために資材を買い付けに戻ったと言う設定だ。
ケレスにはボロを着せて捕虜のフリをさせ、監視として同行させてある。
そして夕刻、ドライフ達が資材を満載して帰って来た。
報告によると今朝、彼らがトンガに入港した途端に例の使いが接触して来たので、カガチを占領して俺達は捕虜にしてあると伝えたそうだ。
当然、俺達の引き渡しを要求されたので、翌日に引き渡す事を約束して資材を積んで帰って来た。
ついでに報酬の一部として金をふんだくって来たらしい。
なかなかやるな、ケレス、ドライフ。
そして次の日、約束通りにトンガの役人が現れた。
一応、20人程の兵士らしき連中を連れて来ている。
「総督府のゲール・フラーケだ。捕らえた盗賊を引き取りに来たので開門を願う」
「盗賊なんてここには居ないっすよ~。お引取りくださ~い」
門に隣接した見張り台からケンツが対応をする。
「何? 話が違うではないか、赤ひげのドライフを出せ」
「ドライフなんて知らないっすね。何かの間違いじゃないすか?」
「うぬ、ドライフめ、私を騙したな。構わん、攻め落とせ」
役人がそう言うと、兵士が攻めてきたが20人くらいでどうにかなるはずが無い。
弓矢と魔法で散々に追い散らしてやったら、泣きながら帰って行った。
海賊の言う事を鵜呑みにしてのこのこやって来るなんて、バカな役人だ。
その後、ドレイク達と一緒にカガチの港湾機能を整えた。
数年間放置されていたとは言え、元々あった設備を補修すれば良かったので5日ほどでそれらしい港になる。
桟橋の修理もカガリが手伝ってくれたので、わりと早く済んだ。
また船乗り用の宿舎も建てたので、カガチの中が少し賑やかになっている。
港湾機能が整うと早速、ドライフ達は交易に出掛けた。
俺達がこの周辺で狩った魔物の素材を彼らに預け、リーランド王国の港湾都市セイスまで行ってもらう。
そこで素材を売って、俺達が必要な穀物とか衣服などの身の回り品を買い付けてもらう予定だ。
ちなみに奴らの船は外観をいじって、商船らしく見えるようにした。
船の名前も”ケレス号”に変わり、船首にケレスを象った像まで飾ってある。
奴らにとってケレスは女神みたいなもんだから、これでいいのだろう。
さて、海賊をけしかける事にも失敗した帝国は、次はどんな手に出て来るのかな?




