64.ドワーフ族の協力
魔大陸西部の主な集落で奴隷狩り阻止への協力を取り付けた俺達の計画は、ようやく次の段階へ移行する。
次は各種族の代表を集め、人族の奴隷狩りに対する抗議文を出すと共に、実力で奴隷狩りを排除する仕組みを作り上げるのだ。
そして抗議文を出す窓口としては唯一、帝国との外交チャンネルを持つドワーフ族が望ましい。
そこで俺はガル、ガムの祖父であるガランさんの紹介で、ドワーフの長に面会させてもらった。
「初めまして、冒険者のデイルです。今日はお時間を取って頂いてありがとうございます」
「フンッ、ガランの紹介だからな。儂がこの町の長、ガサルカだ。忙しいので早くしてもらおう」
「分かりました。それでは手短に――」
俺は町長に人族の奴隷狩りを止めさせたい事、西部の主な集落の協力を取り付けている事、そしてドワーフ族に帝国への仲介をして欲しい事を話した。
しかし町長の反応は想像以上に厳しかった。
「バカか、貴様は! さっきから黙って聞いていれば好きな事をほざきおって。めぼしい種族の協力どころか妖精女王の協力まで得ているだと? たわ言もいい加減にせい」
あれ、おっかしいな、ドワーフの巫女にも女王から神託が下ってるはずなんだが。
「嘘ではありませんよ。ドワーフ族の巫女にも妖精女王から神託が下っているはずなので確認して下さい」
「ああ? そう言えば老いぼれ巫女からそんな連絡が来ておったが、信じられんな。大方、あの耄碌ババアが夢でも見たんだろう」
どうやらドワーフ族においては巫女の権威が低いらしい。
人族の文化に毒されてるのかな?
「巫女の言う事が信じられないと言うなら、何があれば信じるのですか?」
「さあな、妖精女王がここに来て直接話したらどうだ?」
「ガサルカ、神聖なる妖精女王に対して不敬だぞ!」
「やかましいガラン、こんなくだらん話に付き合わせおって。今後、お前の紹介は二度と受け付けんからな!」
そう言ってガサルカは部屋から出て行ってしまった。
なんとも気の短いおっさんだ。
「すみません、ガランさん。せっかく紹介してもらったのに」
「君のせいじゃないよ。ガサルカがおかしいんだ。巫女どころか妖精女王まで蔑ろにするなんて」
「それなんですけど、この町では巫女の権威が低いんですか?」
「うーん、町が豊かになるに従って信仰が衰えているのは事実だが、この町の神殿だってそれなりに影響力を持っている。あんなに頭ごなしに否定されるはずは無いんだが」
「なんか事情がありそうなんで、神殿に連れて行ってもらえませんか?」
その後、ガランさんの案内で神殿に赴き、この町の巫女に会わせてもらった。
そして浮かび上がったのは人族との交流を進める推進派と、ドワーフ本来の生き方を説く保守派の対立構造だった。
さっき会ったガサルカさんは推進派の旗頭であり、人族との融和を積極的に進め、町を豊かにして来た実績がある。
一方で必要以上に自然を破壊し、貧富の格差を産み出す風潮に警鐘を鳴らして来たのが神殿に代表される保守派だ。
特に最近は町の成長に押されて推進派の勢いが増し、神殿の影響力が大きく低下しているのが実状らしい。
しかしその一方で推進派が要職を押さえ、主要産業の利益を独占しているため、反対する人間も多いのだと言う。
「なるほど、人族との交流から大きな利益を得ている町長としては、人族に敵対しようとする俺の提案は論外って事ですか」
「正にその通りです。私の方から神託があった事を何度伝えても彼は握りつぶしてしまうでしょう」
「なら、神託を無視した報いをくれてやればいいと思いますが、どうですか?」
「は? しかし私達にそんな力はありませんよ」
神殿の巫女 カレンさんは俺の提案の意味が理解できないようだ。
「私は現実に妖精女王の後ろ盾を得ているんです。そしてドワーフの社会だって精霊のお世話になっている事はあるでしょう?」
「確かに、鍛冶仕事で火を使ったり、鉱山で鉱石を掘り出したりする際に使う魔道具は精霊の力を借りていると言われますが」
「それですよ。主に推進派が関わっている産業で精霊の動きを止め、神殿関係はそのままにします」
「しかしそんな事をどうやって?」
「だから言ったじゃないですか、私は後ろ盾を得ていると。ナゴ、一部の精霊の動きを止めるのは可能か?」
俺がそう言うと、猫妖精のナゴがその場に姿を現し、カレンさん達を驚かせる。
「もちろん可能なのニャ。我輩はこれでも精霊に指示する指揮権を持っているから、自由に動かせるのニャ」
「と言うことです。町長達に打撃を与える産業を具体的に教えてもらえませんか?」
「それは構わんが、精霊を止めた後はどうするのだ?」
「町長が神託を無視したから罰が下ったと触れ回って、彼を交渉の席に着かせます。あまり抵抗するようなら辞めてもらいましょうか」
「さらっと怖い事を言うな、アンタ。しかしそれくらいはやらんといかんのかも知れん」
その後、ガランさん、カレンさんと一緒に精霊の動きを止める業種や道具の選定に入った。
基本的にこの世界では魔石を燃料とする魔道具が多く使われているが、これは精霊の力を利用している物が多い。
一番身近なのが明かりを灯す照明器具だが、他にも鍛冶師が使う火を強める道具だとか、鉱山の坑道に風を送る道具など様々だ。
多くの仕事は直接火を焚く事などで代替できるのだが、なまじ普段から魔道具に頼り切っているだけに、使えないと被害が大きい。
特にこの町の主要産業である鉱山と鍛冶は、魔道具を大量導入して効率化を図っているからダメージは甚大だ。
ターゲットを決定し、その日の内に精霊に根回しを済ませ、翌日から精霊のボイコットを展開した。
おかげで早朝から機能を停止したドワーフの町に混乱と怒号が飛び交う。
そして神殿関係者に、この騒動は町長が妖精女王の神託を無視した報いだと触れ回ってもらった。
すると昼前にはドワーフの職人や鉱夫達が町役場前に詰めかけ、町長への責任追求が始まる。
結果、のんびりとガランさんの家で待っていた俺を、日暮れ前に憔悴したガサルカが訪問して来た。
「魔道具を使えなくするなんて一体、どうやったんだ?」
「ちょっと精霊達に休んでもらっただけですよ」
「急にそんな事をするなんてひどいじゃないか、せめて事前に話を――」
「妖精女王の神託を無視して、話し合いを一方的に打ち切ったのは貴方ですよ」
「それは……すまん、君達を甘く見ていたようだ」
昨日はあんなに高圧的だったのに、そうとう吊るし上げられて弱っているようだ。
「町を豊かにするのも結構ですが、少し立ち止まって足元を見直すのも大事ですよ。私の提案はいいきっかけになるんじゃないですか?」
「バカを言うな、帝国にケンカを売るなんて、出来る訳が無い」
「違いますよ。私がお願いしているのはあくまで仲介であって敵対じゃないんです。むしろ中立の立場で居てもらわないと困ります」
「いくら自分達が中立のつもりでも帝国はそう見ない。敵対していると見做されれば、交易が減って町が衰える」
「帝国だって貴方達との交易で利益を得ているのですから、完全には無くなりませんよ。もし減ったとしても、それはこの大陸内でカバーできる」
「この大陸で補うとはどう言う事だ?」
「今回の奴隷狩り撲滅運動で私は大陸西部の主要部族と全て話を付けました。有効に奴隷狩りを阻止するためには、お互いの連絡を良くする必要がありますので、各集落をつなぐ道を整備するつもりです。そしてそれは交易にも使えますよね」
俺がそこまで話すと、町長が考える目になった。
ようやく俺の目指す姿に気が付き、そこから金儲けの臭いを嗅ぎつけたのだろう。
「本当にエルフや竜人族まで協力を取り付けたのか?」
「もちろんですよ。早速、エルフとダークエルフの間で交流が始まって、精霊術を強化する研究が始まったと聞いています」
共同研究を主導しているのは俺だけどね。
「なんだと、あの引き籠もり好きなエルフやダークエルフがか? 信じられん」
「ええ、彼らが多種族との交流を増やせば、それだけで交易も盛んになるでしょうね」
なぜ町長がエルフ達に注目しているかと言うと、彼らが魔大陸では最も高度な文化を持っているからだ。
獣人はなまじ肉体が強いだけに文化程度はそれほど高くない。
逆にエルフは体が弱い替わりに学問が盛んで、魔法や魔道具に強い。
今までは交流が少なかったために重要視されていなかったが、今後交流が増えるのであれば、重要な交易相手になり得る。
「仮に仲介を引き受けるとして、どんな流れになる?」
「まず各種族の代表に集まってもらい、この町で会議を開きます。その場で帝国への抗議文を作成し、交流促進や監視網の構築について議論します。後は抗議文をトンガの総督府と奴隷狩りに関わる商会に送り、奴隷狩りの逮捕を実施して行く流れですね」
「ドワーフが中立だってのはどう証明する?」
「抗議文の中でそのように謳いましょう。ドワーフは西部同盟には属さず、帝国との仲介の労を取る、と」
ガサルカはしばらく考えてからようやく納得したようだ。
「よかろう、幹部と話し合う必要があるが、前向きに検討しようじゃないか」
「ありがとうございます。仲介する事が決まったら会議の候補日を教えてもらえますか」
「分かった。また連絡するから、とりあえず精霊の動きを元に戻してくれ。頼む……」
ガサルカのおっさんもだいぶ参ってるみたいだな。
おかげでドワーフ族の方はこれで何とかなりそうだが、まだまだやる事は多い。
さて、次はいよいよ同盟の発足だ。




