59.妖精女王
ダークエルフの村で交渉をした俺は、後にレーネを残して次の目的地へ向かった。
次はセシルの故郷を訪れるため、まずはカインの村へ寄って案内人を付けてもらう。
エルフの村はここから歩いて1週間ほどの場所だ。
幸い途中に分かりやすい目印があったおかげで旅程は3日に短縮できた。
エルフの森の入り口らしき所に来ると、やはり狼煙を上げて彼らを呼び出す。
出て来たエルフに事情を話し、里長に会わせてもらった。
案の定、エルフの対応はダークエルフと似たり寄ったりだった。
里の規模としてはエルフの方が大きいようだが、人族と争う事を異常に恐れている。
困ったら引き籠もればいいと言う考え方も同じ。
しかしそれでは困るのだ。
「ちなみに長は精霊術をお使いになるのですか?」
「む、いかにも儂は精霊術を使うが?」
「それでは外でこのセシルの術を見てください。ちなみに彼女は既に水精霊と契約済みです」
「なんと、その若さで契約者だと……よかろう、見せてみろ」
俺達は場所を移してセシルの水魔法を披露する。
彼女自身はレベルも低いので大した事は出来ないが、水や氷の塊を撃ち出して見せた。
「なんと、呪文の詠唱も無しにここまでやるとは。セシル、お前はそれを誰に習ったのだ?」
「え、それはここに居るデイル様と妖精のチャッピーです。ウンディーネはリューナちゃんに紹介してもらいました」
「妖精だと? しかも精霊を紹介してもらった? お前は一体何を言っているのだ!」
血相を変えて詰め寄る長にセシルが戸惑っている。
「まあまあ、長。貴方が不審に思うのも仕方ありませんが、セシルは嘘を吐いていませんよ。おかしく見えるのは私が妖精と契約しているからです」
ここでチャッピーに姿を現してもらう。
「なんと、フェアリー種では無いか。人間と契約するなど珍しい……」
「珍しいんですかね。ま、それは置いといて、私やセシルはこの妖精に魔法を習いました。それはささやかなものですが、自然界の理に則っているため呪文が必要ありません」
「呪文が不要な魔法だと? それは太古に失われた知識だ」
「そう、普通の人やエルフには出来ません。しかし妖精には出来るんです」
「ふむ、それがあのセシルのおかしな魔法とどんな関係が?」
「彼女はこの妖精魔法で魔法の基礎を学んだのです。そして私の身内に居る竜神の御子から精霊を紹介してもらい、契約に至った訳です」
「なんと、竜神の御子と言えば竜人族の秘蔵っ子。それを身内に出来るほどの力をおぬしが持っていると?」
「それはご想像にお任せしますが、話はここからです。私はすでにダークエルフの里にも赴き、同じような話をして来ました。その上で私達はお互いに助け合う事が出来ると感じたのです」
その後、俺達には従来の精霊術に出来ない事が出来るが、逆に精霊術にも見習う点は多いと話した。
その上で俺達が才能のあるエルフに精霊を紹介し、新たな精霊術を教えればエルフ族の戦力を嵩上げ出来る可能性を説く。
「ふうむ、我らの戦力が上がれば人族にも対抗できると、そう言いたいんだな。儂個人としては魅力的な提案に思えるが、それでも反対する者は多いだろうな」
「やはりそうですか。それでは仮に私が妖精女王の協力を取り付けて来たらどうでしょう?」
「妖精女王だと? もし出来るのなら村人も反対はせんだろう。しかし本当に出来ると思っておるのか?」
「今はまだ何とも。いずれにしろセシルを置いていきますので、新たな精霊術について研究させてもらえませんか? そちらにも損では無いでしょう」
「良かろう、儂も興味があるから協力する」
こうしてエルフ族の里でも、ある程度の協力を得られる事になった。
後は妖精女王の協力を取り付けさえすれば全てうまく行くはずだ。
その後はセシルの実家に挨拶に行ったり、夜は里長に歓待してもらったりした。
翌日、セシルを置いて拠点へ戻り、妖精女王訪問の準備を整える。
そして次の日、俺達はバルカンの飛行箱に乗って旅立った。
メンバーはガルド迷宮を攻略した最強の布陣だ。
チャッピーの案内でバルカンには大陸中央部に向けて飛んでもらう。
実はチャッピーも女王を訪問した事は無いのだが、なんとなく居る場所が分かるんだそうだ。
しかしそこは思った以上に遠かった。
バルカンの最高巡航速度でもほぼ1日の旅程だ。
そろそろ日が暮れようかと言う頃、ようやく目的の地に降り立った。
そこは森の中の泉で、なんとなく神聖な雰囲気が漂っている。
その泉の中にある岩にチャッピーが近寄り、コンコンと叩いてしばらく待つと、やがて岩の上に1人の男が現れた。
俺より少し小柄で全身黒ずくめの革鎧をまとっており、黒髪碧眼で耳が尖っている。
何かの妖精なんだろうな。
しばらくチャッピーと話していたと思ったら俺の方に向かって来た。
「お前がこのフェアリーの契約者か。何故に女王との面会を望む?」
「人族の奴隷狩りを止めさせるためにお力添えを頂きたく、お願いに参りました」
俺がそう言うと、彼が目を閉じて誰かに報告しているような気配。
「女王がお会いになるそうだ。付いて来い」
次の瞬間、目の前に人が通れるくらいの黒い穴が出現し、彼がその中に消えて行く。
俺も仲間を促して彼に続いた。
薄暗い道を10歩ほど歩くと、急に明るい部屋に出た。
そこは落ち着いたリビングと言った感じの部屋で、実際に目の前のソファーに1人の女性が座っている。
その女性は緑色のドレスをまとった金髪碧眼のとても美しい人だった。
「ようこそ皆さん、私がティターニアです」
「初めまして、私は冒険者のデイルと申します。妖精女王自らのお出迎え恐縮です」
「あら、貴方が噂のデイルさん? まずはお掛けになって」
何故か俺の事知ってるみたいだけど、とりあえず女王の目の前に着席する。
「ありがとうございます。ところで私の噂はどなたから?」
「ミレーニアさんよ」
ケレスの母ちゃんだった。
「ああ、サキュバスクイーンからお聞きになられたのですね」
「ええ、たまにお喋りをする仲なの。この間はいろいろと自慢話を聞かされて参ったわ」
「ハハハ、つなぎ石をもらうために歓待させてもらったので、その件ですね」
「ええ、いろいろと新鮮だったと言っていたわ」
「それは何より。もしご興味があれば妖精女王も我が家へお越しください。精一杯おもてなしをさせて頂きますよ」
「そうね、貴方のお願いとやらを聞いた上で、場合によってはお願いするかもしれないわ」
「なるほど、それでは私のお願いについてお話させて頂きます」
俺は人族による奴隷狩りの現状を話し、それを止めさせたいと強く願っている事を伝えた。
そして魔大陸の各種族に協力をお願いして回っているが、幾つかの種族が判断を保留している事。
その種族を同意させるには妖精女王の後ろ盾が有効であり、実際に奴隷狩りの監視網構築についても協力をお願いしたい事を話した。
「そう、人族はそこまでひどい事をしているのね」
「はい、今日ここに連れて来ている中の4人も奴隷狩りに遭い、魔素の薄い地で死に掛けていました。他にも何人か救い出しましたが、今この時も海の向こうで死に掛けている子供達が居るかも知れません」
女王は特に子供達が攫われ、海の向こうで死に掛けている話に興味を示し、憂いの表情で聞いていた。
「この大陸の各種族は元々、妖精と古代人族から分かれた人達だから、ある意味、私とも無関係では無いわ。力を貸したいのはやまやまだけど……」
「何か問題でも?」
「基本的に妖精や精霊は自由な存在なので、ただ私が命じるだけでは従わない者が多いの。だから何か分かりやすい成果なり代償を支払ってもらう必要があるわね」
「成果や代償と言うと具体的には何が?」
「貴方達が命を捧げるのでは意味が無いから、迷宮攻略がもっとも適当でしょうね」
「噂には聞いていましたが、やはりそうなりますか?」
「ええ、迷宮の攻略は強者の証だし、妖精達の娯楽としても大人気だから」
やはりこうなったか。
女王自身は協力的だが、やはりタダでって訳には行かないようだ。
「なるほど、しかし迷宮と言ってもいろいろです。あまりに人間離れした迷宮を攻略しろと言われても困るのですが」
「それは大丈夫。主に人族向けの迷宮があって、適当に中身は調整されているわ」
「人族向けがあるって事は他のもあるんですか?」
「ええ、魔族向けとか、ドラゴン向けとかいろいろあるわよ」
「なんでそんな物がここに? そもそも迷宮って何なんですかね?」
「私も聞いた話なんだけど、迷宮とは太古の神々が作った訓練場兼娯楽らしいの。だから中の魔物は何回も再生するし、獲物を引き寄せる宝物なんかも用意されてるのね。そしてこの場所は多くの神々が憩う土地だったらしいわ」
「なるほど、迷宮を攻略した経験からしても頷ける話ですね。そしてここは神々の娯楽場だったと……分かりました。いずれにしろ迷宮に挑戦させてもらいますが、メンバーは何人まで許されるんですか?」
「一応、10人までは入れるのだけど、そちらの上位精霊クラスは遠慮してね。彼らは規格外過ぎて試練にならないわ」
「分かりました。チャッピーはいいんですよね」
「その子なら問題無いわ」
キョロ、シルヴァ、バルカンを外されると大きな戦力ダウンなのだが仕方ない。
まあ、俺達だって強くなってるからなんとかなるだろう。




