56.サキュバスクイーン
「あー、オカン! 何がお姉様や。大陸最古のサキュバスのくせに」
「あら、ケレスちゃん。乙女の秘密をペラペラ喋っちゃ駄目よぅ。これはちょっとお仕置きが必要ねぇ」
「ひぃっ、ごめんなさい。そ、そんな事より今日はオカンに会いたいって人を連れて来たんだけど」
そう言いながらケレスが俺の後ろに隠れる。
お仕置きと言われて過去の折檻でも思い出したのだろうか?
「まあ、けっこういい男じゃない。あなた、私と子作りなさらない?」
そう言いながら彼女が俺に抱き付いて来た。
ほとんどむき出しのスイカップが俺の胸に押し付けられ、理性がぶっ飛びそうになる。
今すぐむしゃぶりつきたくなる衝動を必死に押さえ、なんとか彼女に挨拶をした。
「初めまして、デイルと申します。一応、私がケレスさんを雇っている形になります。今日は折り入ってお願いがあって来たのですが」
「まあ、妹の雇い主様ですか? いつもこの子がお世話になってます」
ああ、姉設定は変えないんだ。
「いえ、こちらこそ彼女にはよく働いてもらってます。それでお願いなんですが――」
「あらん、立ち話も何ですから、我が家へお越しになって下さい。お茶でもお出ししますわ」
そう言って彼女は俺達を住居に導く。
普段はただの岩山に偽装されている玄関から入り、なかなか豪華なリビングに通された。
そして椅子に座らされて待っていると、別のサキュバスがお茶を持って来てくれる。
ケレスのお母さん程ではないが、やはり妖艶な美女だ。
お茶を出す時にウィンクしてたので、基本的に気が多い種族なんだと思う。
「さあ、お茶でも飲みながら貴方のお話を聞かせてくださらない?」
「あ、頂きます……美味しいです。ところで、いいかげん手を放してもらえませんかね?」
そう、俺はさっきから彼女に手を握られっぱなしなのだ。
しかも顔の位置が凄く近い。
おかげでさっきからレミリアの殺気がダダ漏れだ。
後でまたいろいろと言われるだろうな。
「あら、ごめんなさい。久しぶりのお客様だから私、興奮しちゃって」
「いえ、それで貴方へのお願いなのですが――」
「嫌ですわ、私の事はミレーニアとお呼びになって、デイル様」
「はあ、それではミレーニアさん。私は最近、この大陸にやって来たのですが、ある目的のために遠距離での通信手段が欲しいんです。それでもし良ければつなぎ石を少々譲って頂けないかと」
「まあ、そう言う事でしたか。ちなみにある目的とは何ですの?」
「人族による奴隷狩りを止めさせる事です」
「それは貴方にとって何の利益があるんですの?」
「別に利益を求めている訳ではありません。ただ許せないから、私の仲間の家族を不幸にしたくないからやっています」
そう言うと、彼女が正面から俺を見つめてきた。
何となく魔力の干渉を感じるから、俺の考えを読んでいるのかも知れない。
「驚いた。貴方本気で言ってるのね。ただの大馬鹿か、余程の大物のどちらかしら?」
「別に大物ぶるつもりはありませんよ。むしろいろんな人に助けてもらわないと実現できないと思ってます」
「ふうん、身の程は弁えているって事? それで、つなぎ石を譲る代償には何が頂けるのかしら?」
「一応、金貨や宝石の原石を持って来てるので、これでいかがでしょうか?」
「そんな物を私が欲しがるとでも?」
「やはり難しいですか。それでは、我が家へお招きして食事をしながらお話をさせて頂くと言うのは?」
俺がそう言うと、ミレーニアはしばしあっけに取られていた。
そして急に笑い始める。
「アハハハハハハッ、可笑しい。この私に物を要求する見返りがただのお食事だなんて。私をバカにしてらっしゃるの?」
「とんでもない。私は真剣に貴方の望むものを考えたのですよ。もちろん、私達の粗末な食事だけで貴方を満足させられるは思っていません。しかし人間界のお話は、多少なりと貴方の退屈を紛らわせられるのでは無いかと愚考した次第です」
そう言うと、キツイ目で睨んでいた彼女の表情が和らぐ。
そしていかにも珍しい物を見たと言う様な表情に変わった。
「なぜそのようにお考えになって?」
「偉大なるサキュバスクイーンにとって生半可な財宝や強さなど意味は無いでしょう。それならば全く縁のない我ら庶民の生活の方がむしろ新鮮ではないかと考えたのです」
そう、この目の前の妖艶な女性は千年以上を生きた魔族であり、その強大な魔力からサキュバスクイーンと呼ばれているらしい。
実際に全サキュバスを束ねている訳では無いので、厳密にはクイーンでも何でも無いのだが、それに近い存在として認められているようだ。
そんな彼女に下手な条件を提示しても足元を見られるだけだと俺は考えている。
彼女の意表を突きつつ、多少なりと喜ばせる可能性のある条件。
それが普通のおもてなしだ。
おそらく彼女も長い人生で人間の世界を覗いて来てはいるだろう。
人間に成りすまして生活すらしていたかも知れない。
しかし彼女をサキュバスクイーンと知りながら、庶民のもてなしをした者は居ないはずだ。
彼女をケレスの母親(姉?)としてもてなし、俺達の冒険譚を聞かせる。
そんな事の方が、彼女にとって新鮮なのではないかと俺は考えたのだ。
ミレーニアはしばらく考えてから口を開いた。
「分かったわ、一度試してみましょう。それで私が満足できたらつなぎ石をあげるわ」
「ありがとうございます。それでは何時がよろしいですか?」
「明日の晩にでもいかが?」
「問題ありません。こちらへは夕刻にお迎えに上がればいいですか?」
「いいえ、ケレスちゃんだけ残して行って頂ければ勝手に伺いますわ」
「そうですか。ところで出来ればなのですが、お越しの際はもっと肌を隠したお召し物を着て頂けますか?」
「あらん、これではお気に召さなくて?」
「ウチには10歳少々の子供も居ますので、彼らには刺激が強過ぎると思いまして」
「それもそうね。なら適当なドレスを着て行きますわ」
「よろしくお願いします」
無事、晩餐の約束を取り付けたのでお暇させてもらう。
バルカンに乗って飛び去る時に、ケレスが連れて行けと騒いでいた。
すまんケレス、観念して折檻でも何でも受けてくれ。
その後、半刻足らずで拠点に戻り、翌日にケレスの母親を接待する事を皆に伝えた。
「そんな、サキュバスクイーンの接待なんてどうするんですか? 私達は高級な料理なんて作れませんよ」
「安心しろ、セシル。向こうには庶民的なもてなしをすると言ってある。だから普段の食事より少し豪華ぐらいでいいんだ」
「ふむ、さすが我が君じゃ。背伸びをしてもいい事は無いからのう。しかしこの辺で採れる美味い物と言うと……」
「それだったら針猪が美味いだ」
「よし、それじゃあそのボアをメインにして他に幾つかサイドディッシュを作るか。ガルはシルヴァと一緒に狩りをお願いできるか?」
「分かっただ」
「何人かはガルと行ってもらうとして、残りは会場作りに酒や食品の買い出しだ。明日は忙しくなるぞ」
翌日は狩りやら買い物やらであっという間に過ぎた。
夕暮れまでに準備を終えて待っていると、拠点の扉がノックされる。
出迎えるとそこには予想通り、ミレーニアとケレスが居た。
お願いした通り、2人ともドレスを着ている。
ミレーニアは例えドレスを着ていても目に毒なのは変わらないが、昨日よりは千倍もマシだ。
ちなみにケレスも着飾っていて、かなりの美女に変身している。
「お待ちしていました、ミレーニアさん、ケレス。ようこそ我が家へ」
「お邪魔しますわ」
俺は彼女の手を取ってテーブルまでエスコートする。
初めて彼女を見る男性陣が皆、あっけに取られている。
彼女のあまりの美貌と色気に圧倒されているのだろう。
「さあ、みんな席について飲み物を準備しろ。ミレーニアさんをお待たせするな」
号令を掛けると、皆我に返って動き始める。
すぐに乾杯の準備が整った。
「それではケレスのお姉さん、ミレーニアさんに乾杯だ」
「「かんぱーい!」」
それからささやかな宴が始まる。
俺はミレーニアに酒と食事を勧めながら、俺達の冒険譚を話して聞かせた。
しがない魔物使いがチャッピーと出会い、迷宮を攻略する話だ。
もちろん俺だけが喋るのでは無く、所々でメンバーに話を振っていく。
そんな俺達の話を彼女は面白そうに聞いてくれた。
本当に楽しんでくれたかどうかは分からないが、満更でも無かっただろうと思っている。
その話の中で、数人のメンバーが奴隷としてミッドランド大陸に送られ、衰弱したり死に掛けていた話もする。
俺が買い取って魔力を注ぐ事でこうして生きているが、おそらく多くの魔大陸人が命を落としているだろう事も語った。
「なかなかに興味深いお話ね。強い魔物ほど魔素の濃い所にしか住めないのは知ってたけど、獣人やエルフにも当てはまるのね。確かにここに居る人達は強い子が多いわ」
「やっぱり、分かりますか?」
「ええ、種族的に強い虎人や獅子人は当然だけど、そっちの孤人やエルフだって捨てたものじゃ無いわ。おまけに上位精霊クラスの魔物が3匹も居るなんて冗談みたい」
「ああ、彼らは迷宮の中でそれぞれ進化したんですよ。昔は普通の魔物でした」
「ウフフッ、ますます興味深いわぁ。魔物の進化なんてこの大陸でもめったに起きないのよ。参考までに、どうやったか教えてもらえます?」
「別に狙ってやった訳じゃないんです。彼らの場合はたっぷりの戦闘経験に加え、仲間を守ろうとする強い使命感が進化を促したらしいですよ」
「そんな大事な事をさも何でも無いように仰るのね」
「大切なゲストに隠す程の事でもありませんよ」
俺がそう言ってのけると、ミレーニアが嬉しそうに微笑んで抱き付いて来た。
「もう、本当に可愛い子。合格よ、つなぎ石は貴方にあげるわ。それでは皆さん、デイル様をお借りしますね。明日の朝には送り返すから安心して」
彼女がそう言いつつ指を鳴らすと、次の瞬間には俺は違う場所に居た。
見覚えの無いその部屋の真ん中には豪勢なベッドが置いてある。
「ミレーニアさん、ここって、貴方の家ですか? ひょっとして転移魔法?」
「そうよ、ここは私の寝室。もう少し私に付き合ってね」
「あの、俺一応、嫁が3人居るんでこのまま返してもらえると嬉しいんですけど」
「あら、邪悪で淫乱なサキュバスがそんな事許すはず無いでしょ?」
願いも虚しく、存分に蹂躙される俺。
もちろんたっぷりと搾り取られた。
しかし意外なほど愛の感じられるその行為は、俺に極楽を見せてもくれた。
帰ってからどうやって嫁達をなだめるかが問題だが、今は楽しむか。




