55.新たなる決意
ミントの亡骸を取り返し、ゲッコー商会を潰した俺達はそのまま舟で拠点へ戻った。
商会の周囲を囲ませていたメンバーにもすでに撤収を命じてある。
レミリアが契約している水精霊に舟を動かしてもらっているので、拠点まではすぐに着いた。
着いてすぐ、ミントの葬儀の準備をさせる。
そして俺はバルカンに乗って、故郷で同族を説得しているジード達を迎えに行った。
虎人族と獅子人族の村で彼らを回収して戻り、皆でミントの葬儀を始めた。
ここに聖職者は居ないが、皆が思い思いの方法でミントを弔い、拠点の近くに亡骸を埋めた。
みんな泣いていた。
シュウは未だに自分を責め続けているし、一緒に外出していた奴らも同様だ。
一緒に商売をしていたケレスやセシルも泣いているし、レミリアもサンドラも泣いている。
俺も泣いた。
ミントが事切れる瞬間の言葉が何度も何度も俺の胸に甦る。
(お兄ちゃん、ごめんね、役に立てなくて……)
そんな事は無い。
ミントは明るくて、可愛くて、みんなを平和な気分にしてくれた。
あのままガルドで商売を続けていれば、こんな死に方はさせずに済んだだろう。
だけど、ミントは望んで付いて来てくれた。
不幸な人を少しでも減らせるなら、その手伝いをしたいと彼女は言っていた。
だから俺は止まらない。
必ずやり遂げてみせる。
それが俺に出来る最高の弔いだ。
「さあみんな、いつまで泣いていても仕方ない。中に入って弔いの宴をしよう」
俺の号令に促されて皆が拠点の中に入っていく。
そして準備してあった食事をテーブルに並べ、それぞれの席に着いた。
「それじゃあ、ミントの冥福を祈って乾杯」
「「かんぱい」」
それぞれに盃を空けると、また何人かが泣き出した。
「みんな聞いてくれ。ミントの事は本当に悲しいし、悔しい。俺自身、どんなに後悔してもし足りないような気がする。だけど後悔するのはもう止めよう」
「ぞんな事言っだっで、どうずればいいんでずが? 俺のぜいでミントは死んだのに」
「そうじゃ無い、シュウ。ミントを殺したのはゲッコー商会だ。彼女を守れなかった事を反省こそすれ、この先も後悔し続ける必要は無い」
「だげど、だげどっ」
「まあ聞け、シュウ。ミントの最後の言葉は”ごめんね、役に立てなくて”だった。せっかくこれから奴隷狩りを無くそうとしてるのに、それを手伝えない事を彼女は最後まで気にしてたんだ。だから、俺達がする事は後悔じゃない。夢を成し遂げる事だよ」
ミントの最後の言葉について聞かせると、またみんな泣き出した。
でも少し雰囲気が変わったような気がする。
「そうだよ、シュウ。ミントはそう言う子よ。絶対に私達の事恨んだりしない。きっと一緒に仕事出来ない事を悔しがってる。だから、だからもう自分を責めないで」
「そうだ、シュウ兄。ミントの分もおら達が頑張るだ」
「お前ら、ありがとう。ウオオオオッ」
セシルやガル、ガムの孤児組がシュウと抱き合って泣いている。
俺が拾うまではミントと5人で一緒に暮らしていたのだ。
あいつらが一番悲しいだろう。
そしてようやくシュウが自分を責める事を止める気になったようだ。
今は泣けばいい。
そして明日からまた頑張るんだ。
翌日、朝食を済ませてから、今後の事を話し合うために集まった。
「それでは今から現状確認と今後の方策について話し合う。まず各種族の訪問は順調で、残すは竜人族、エルフ族、ダークエルフ族のみだ。ただし虎人族と獅子人族の協力を得るにはこれら全種族の協力を取り付けるのが条件となっている」
「我ら鬼人族は全面的に協力させてもらいますが、やはり全種族が積極的にと言う訳には行きませんね。それで次はどこに行くのですか?」
「次は竜人族を考えている。竜神の御子を攫われた事を強調すれば、それなりに協力は期待出来ると思ってる。問題はエルフ達だ」
「エルフの何が問題なのですか?」
俺の言葉にケンツが問いを返す。
「エルフ達はあまり開放的じゃないと思うんだが、セシルとレーネはどう思う?」
「デイルさんが言うようにエルフは閉鎖的です。私のように一旦外に出た者の言う事もあまり聞いてくれないと思います」
「ダークエルフも同じです。彼らは村を魔法で隠せばいいと考えているでしょう」
「やっぱりそうだよな」
実際に会ってみないと分からないが、エルフ系の種族は閉鎖的だと聞く。
セシルやレーネのように自発的に村を出た形の同族では説得力も薄いだろう。
「そう言えばチャッピー、昔エルフと長い事暮らしてたんだよな。何か彼らを説得できそうな材料って無いかな?」
「ひとつだけ心当たりがある」
「そうだよな、知らないよな……って、心当たりあるのかよ?」
ダメ元で聞いてみたのだが、何かあるらしい。
「エルフと言うのは元々、妖精から分かれた種族なのじゃ。だから妖精女王の力を借りれば説得できるじゃろう」
「妖精女王って、どんな人で何処に居るんだ? なんとなくエルフより説得が難しそうなんだけど」
「妖精女王ティターニアは魔大陸中心部の妖精迷宮の奥深くに住むと言われておる。デイルが想像するように簡単に説得は出来ん。しかし女王は迷宮攻略者の望みを聞いてくれるそうじゃ」
「それって、妖精迷宮を攻略すればお願いを聞いてくれるかも知れないって事?」
「その通りじゃ」
うわー、また迷宮攻略かあ。
魔大陸中心部の迷宮って手強そうだよなー。
しかし何の目算も無く玉砕するよりはマシかも知れない。
「なるほど、ひとつの手段として検討の余地はありそうだ。でも難易度高そうだなあ」
「うむ。難易度は相当な物だと言われておるが、デイルであれば可能性があるじゃろう」
「そっか、ありがとうチャッピー。いずれにしろエルフとダークエルフの集落を訪問してから考えてみよう」
「ご主人、協力者を集めるのはそれでいいとして今後、奴隷狩りをどう阻止するかも考えなきゃ」
「ああ、その通りだ、ケレス。とりあえずお前がゲッコー商会で集めた情報をみんなに話してくれ」
その後、ケレスから奴隷狩りの体制について報告してもらった。
現状、魔大陸で奴隷狩りをしている商会は主に4つある。
俺達が潰したゲッコー商会の他にゴクド商会、ハッサン商会、テバル商会だ。
奴らは複数の奴隷狩りチームを抱えており、そいつらは行商人か冒険者のフリをして内陸部を巡回しているそうだ。
ちなみに俺達が居る大陸西部は人口が減ってしまったため、最近は大陸南部に狩場が移っているらしい。
今は撤退してしまったエメリッヒ王国の植民地跡を中心に奴隷狩りをする業者が増えているそうだ。
もっとも、まだまだこの西部で奴隷狩りをしている者も多く、まずはそいつらを片付けなければならない。
しかし今の所はそいつらの居場所を知る手段さえ無く、奴隷狩り撲滅なんてどうやるの?って状況だ。
「これは仮に魔大陸側の協力が得られたとしても、多かれ少なかれ出て来る問題ですね」
「そうなんだ。各集落を行商して回ったり、素材狩りをしながら監視網を作ろうと考えていたんだが、いかんせん対象地域が広過ぎてとても手が回らない」
「各集落から監視チームを出してもらったとしても、連携が取れなければ意味が無いですしね」
「そう、監視の目と連絡手段。これが絶望的に足りないのが現状だ」
「監視手段については妖精女王に頼んでみるとよかろう」
ここでまたチャッピーがアドバイスをくれた。
「チャッピー、妖精女王は魔大陸全てを監視できるってのか?」
「さすがに全てでは無いが、妖精や精霊はそこら中にいる。その手を借りるだけでずいぶんと楽になると思うぞ」
「なるほど、それは良さそうだな。それも含めて妖精迷宮の攻略を真剣に考えるべきか……」
「ご主人、通信手段については心当たりが無いでもないよ」
今度はケレスが提案をして来た。
「何かいい手を知ってるのか?」
「ああ、この大陸には”つなぎ石”ってのがあって、これを使うと遠距離の念話が可能になるんだよ」
「そんな便利な物があるのか! ぜひ手に入れたいけど、どうすればいい?」
「うーん、あたいの母親に会いに行けばもらえると思うけど、ちょっと面倒臭い事になるかも知れないよ」
「なんだそれ、ちょっと怖いじゃねえかよ。いきなり襲われるとかそんなのか?」
「いや、それは無いと思うけど……うちのオカンは普段、退屈してるから、訪ねて行ったらしばらく放してくないかも」
「う、それは確かに面倒臭そうだけど……それくらいだったら我慢するか」
結局、後でケレスの母親を訪ねる事に決まった。
「それから人族との関係だけど、今後も争い事は覚悟しておいてくれ」
「具体的にはどのようにお考えですか、デイル様」
「目先では今回みたいな奴隷狩り業者との対立だな。今回、ゲッコー商会の支店は潰したけど、どうせまた直ぐに再建されるだろう。他の商会も含めて、そいつらとの小競り合いは絶えないと思う」
「目先と言うと、その先にもっと大きな争いが控えていると?」
「ああ、とりあえず魔大陸の勢力をまとめて奴隷狩りの中止を要求するけど、そんなの聞きやしないだろう。最悪、帝国とは戦争になるかも知れない」
「そこまで行きますかね?」
「ああ、国家の体を成してもいない亜人が生意気に、とか考える人間は多いだろ。もっとも、こんな海の向こうまで大部隊は派遣できないだろうから、1、2回撃退すれば音を上げるはずだ。そのためにも早急に体制を整えよう」
今後も争いは絶えないだろうが、少しでも犠牲を減らすために体制作りが急務だ。
その道のりは険しそうだが、ミントの犠牲を無駄にしないためにも俺はやり遂げるつもりだ。
翌日、ケレスの母親に会いに行った。
彼女の母親は意外に近い所に住んでいるようで、ドワーフの町ガサルから少し東に行った辺りに拠点があるらしい。
まずバルカンに乗って近くまで行き、そこから徒歩で探し歩いた。
しかしケレスも空から見た事は無いので、探し当てるのに1日近く掛かってしまう。
ようやく辿り着いた彼女の実家は、森の中にある岩山のような場所だった。
「たぶん居ると思うんだけどなあ。オカン、オカン、可愛いケレスが帰って来たよー!」
ケレスがそう呼びかけていたら、ふいに後ろから声を掛けられた。
「あらあら、ケレスちゃん。オカンなんて呼んじゃダメよ。お姉さまと呼びなさい」
振り向くと、そこにはいつの間にか妖艶な美女が佇んでいた。
頭には羊のような角、お尻に尻尾、さらに背中にはコウモリのような翼を持っており、彼女が魔族であるのは一目瞭然。
腰まで掛かるピンク色の髪と金色の瞳もまた特徴的だが、何より目を引くのはその豊満な肢体だ。
胸がスイカ程もあるくせにウエストはしっかりくびれていて、お尻のボリュームも凄い。
しかも身に付けているのは胸と腰を覆うわずかな黒い布だけ。
レミリアのビキニアーマーより確実に小さい、って言うかエロい。
どうやらこの実にけしからんボディをお持ちの方がケレスの母親、真性のサキュバスらしい。
こいつはまた、いろいろと手強そうだ。




