54.炎上、ゲッコー商会
「グハッ!」
唐突に頭の中に何かが流れ込んで来て、その場で俺はひっくり返った。
しばらく何が起こったのか理解できない。
俺はひたすら混乱していたのだ。
いや、分かっていたのに認めたくなかったのかも知れない。
俺の頭に流れ込んで来たそれは、ミントからの情報だった。
おそらく使役リンクを介して飛んで来たのだろうが、あまりに異常な事態に頭が付いて行かない。
いくら使役リンクで念話が使えるとは言え、それはせいぜい1kmくらいまでの距離だ。
今はカガチに居るはずのミントと交信できるはずが無い。
「ご主人様! 大丈夫ですか? 一体何が?」
「グウッ……だ、大丈夫だ」
俺は椅子に座り直して心を落ち着けてみた。
そしてさっき流れ込んできた情報に意識を集中してみる。
それはミントの記憶の一部だった。
最初は彼女がトンガの町で買い物をしている所から始まっている。
たぶん行きつけの雑貨屋だろう。
ふいに店の前でケンカ騒ぎが始まった。
ミントと一緒に居たシュウ達の注意がそちらに逸れた隙に、店員の1人がミントに話し掛ける。
店の裏に特別な品があるから見て行けと言われ、ミントは後に付いて行った。
そうして着いた先には見知らぬ男が2人居て、いきなりミントに襲い掛かり、そこで彼女の意識が途絶える。
次に彼女が目覚めると、知らない部屋の中だった。
しかも両手両足を縛られている。
ミントはパニックになりつつも、なんとかこらえて状況を整理した。
どうやら彼女は攫われたようだ。
それだったらなんとか抜け出す努力をするしかない。
それから彼女は長い時間を掛けて縄を外した。
彼女の柔らかい体と、いざと言う時に伸ばせる爪を駆使して、見事に縄抜けしてみせたのだ。
その後、ミントはじっと待って機会を窺っていた。
やがて朝になり、誰かがその部屋まで歩いてくる気配がした。
扉の横に隠れて様子を窺っていると扉が開き、彼女が居ないことに気付いて慌てる気配。
すかさず扉の陰から飛び出して、そこに居た男の股間に蹴りを入れるミント。
変な声を上げて崩折れる男を残して彼女は逃げ出した。
自分がどこに居るか分からないが、適当に当たりを付けて走りだす。
幾つかの扉を抜け、外の明かりが漏れる扉に駆け寄ろうとしたその時、背中に何かが突き刺さった。
耐え切れずにミントはそのまま倒れ伏してしまう。
懸命に振り返ると、自分を攫った男の1人が近付いて来る。
そしてその手に握られたナイフが最期に振り下ろされた。
「グウッ、グオオオオゥ!」
「どうしたのじゃ、我が君?」
「……ミ、ミントが殺された」
「何を言っておるのじゃ、そんな事が分かるはず無かろう」
「いや、俺の使役リンクを通じて彼女の記憶が流れ込んで来た。ミントはゲッコー商会のバダムに……奴に殺された」
そう、彼女を攫い、止めを刺したのはバダムだ。
どう言う経緯かは分からないが、奴はミントを狙っていたらしい。
ひょっとしたら俺達がジャミルを殺った報復なのかも知れない。
いずれにしてもやる事はひとつだ。
「レミリア、サンドラ、すぐに拠点に戻るぞ。カインとケレスを叩き起こせ」
その後、カインに水をぶっ掛けて叩き起こし、村長に最低限のあいさつだけ残して村を発った。
メンバー全員でバルカンに乗り込み、全速力で狼人族の村へ飛んで飛行箱を回収してカガチに向かう。
バルカンには悪いが、最高速度で飛び続けてもらった。
そして1刻ちょっとでカガチに到着し、拠点に駆け込んだ。
「シュウ、ミントは居るか?」
「っ! デイルさん、なんでその事を知ってるんだ? ミントは昨日から行方不明なんだ。買い物の途中で居なくなっちまって。済まねえ、俺が付いていながら」
そう言うシュウの顔はひどいものだ。
おそらく昨夜は寝ていないのだろう。
「ちっ、やっぱりそうか……さっき、使役リンクを通じてミントの記憶が俺に流れ込んで来た」
「そうか、それじゃあミントの居場所が分かるんだね……良かったぁ」
「良くねえっ! ミントは殺された。ゲッコー商会のバダムにな!」
すぐには俺の言葉が理解できず、しばし言葉を失うシュウ。
そして今にも泣き出しそうな顔をしながら、俺に近寄って来た。
「う、嘘だろ、デイルさん。そんな訳ねえよ。ミントは昨日まであんなに元気だったんだ」
「嘘じゃねえ。ミントは今朝、逃げ出そうとしてバダムに殺されたんだ」
「……う、わあああ、俺のせいだ。俺が油断してたから、ミントから目を離したから。俺のせいだ、俺の……」
シュウがその場に泣き崩れた。
誰も何も言えず、しばしシュウの慟哭が鳴り響く。
俺も泣きたいのをこらえ、彼の肩に手を掛けた。
「お前だけじゃない、俺も油断していた。でも今はそんな事を言っている場合じゃ無い。すぐにでもゲッコー商会からミントの亡骸を取り戻して弔ってやるんだ。同時にゲッコー商会のクソ野郎共には思い知らせてやる」
ようやく落ち着いて来たシュウが顔を上げる。
「そうだね、デイルさん。まずやるべき事をやろう。どうしたらいい?」
「確実を期すには夜まで待つべきだろうが、とても待ってられない。チャッピー、以前ゲッコー商会を偵察してもらったけど、昼間でも忍び込めないかな?」
「ふうむ……あまり勧められんが、言っても聞かんか。あそこは海沿いの倉庫とつながっておるから、船で近付けば忍び込めるじゃろう」
「流石だな、チャッピー。それじゃあトンガの港で小舟を買って、海から近寄ろう。それとチャッピーの幻惑魔法で舟ごと見えにくく出来ないか?」
「なんとかしよう」
「よし、頼むぞ。みんな馬車に乗れ」
俺はそこに居るメンバー全員を馬車に乗せてトンガへ向かった。
トンガに入って港へ向かい、適当な小舟を買う。
舟に乗るのは俺、レミリア、ケレス、シュウ、ケンツ、キョロ、シルヴァ、バルカン、チャッピーだ。
残りはゲッコー商会の周辺に潜ませ、万一、商会から逃げ出した人間を捕らえる手筈だ。
1人も逃がしはしない。
小舟で少し沖に出てからチャッピーに幻惑魔法で見えにくくしてもらう。
戦闘力に乏しいチャッピーだが、こう言うのはお手の物だ。
そしてレミリアが契約している水精霊に舟を動かしてもらい、ゲッコー商会に向かった。
商会に近付くと、確かに海沿いの倉庫がある。
陸から見えないようにギリギリまで近寄り、倉庫の陰に上陸した。
「レミリア、斬り裂け」
俺の指示で彼女が双剣を振るうと、倉庫の壁が紙のように切り裂かれた。
そのまま倉庫に入り、商会の建物に通じるドアもレミリアが破壊する。
シルヴァに人間の所在を探らせると、1階に10人、2階に5人居るらしい。
そしてある部屋にミントの亡骸がある事も判明した。
念のため確認したが、やはりミントは事切れていた。
改めて復讐を誓い、手近な部屋から掃討に掛かる。
一番近くの人間の居る部屋の扉を開け、キョロを放り込んだ。
部屋の中が一瞬、閃光に満たされた後、中に入ると6人が倒れていた。
キョロの雷撃で麻痺させられているのだ。
今度はケレスの出番だ。
ケレスは精神操作系の魔法が使えるが、これを応用すると人間の記憶がある程度読み取れる。
彼女が一人ずつ頭に手を当てて記憶を読んでいくと、全て奴隷狩りに関与している事が分かった。
どいつもこいつも真っ黒けの悪党ばかりだ。
生かす価値が無いと分かった奴からシュウとケンツが始末して行く。
1階に居た残りの奴らも同様に始末し、2階に移った。
2階ではひとつの部屋に人間が集まっているようだ。
無造作にその部屋のドアを開け、キョロを放り込んだ。
さっき以上の閃光と音が炸裂した後の部屋に入ると、5人の男が倒れていた。
どうやら会議をしていたらしく、皆で机を囲んでいる。
とりあえず全員を椅子に座り直させ、縄で椅子に固定して行く。
猿ぐつわも忘れない。
全員を縛り終えた時点で何人かが気が付いた。
俺はその中でバダムと、一番豪華な服を着た男の猿ぐつわを外してやった。
「貴様! 俺が誰だか分かっているのか? 俺は帝国でも最大級の豪商ゲッコー商会の跡取りだぞ。こんな事をしてただで済むと思うなよ!」
「ほー、そうするとあんたがここの責任者だな。今日は攫われたウチの従業員を取り返しに来たんだが、あんたも関与してるのか?」
「お前の従業員なぞ知らんわ。ん、そうか、ひょっとしてあの小汚い猫人族の事か? 残念ながらあれは死んだぞ。一足遅かったな、ワハハハハハッ」
「そんな事は知ってるよ。それにしてもこの状況で良くそんな態度が取れるもんだ。お前、バカなのか?」
「フンッ、どこから忍び込んだか知らんが、1階には20人以上の猛者が居るのだ。すぐに駆け付けるわ」
「へー、10人しか居なかったけどなあ。おまけに全員、殺してあるし」
「なっ、そんなバカな。野郎ども、こそ泥だ! 俺を助けに来い!」
ひとしきり喚かせてやったが、いい加減うるさいので殴って黙らせた。
それからバダムの首にダガーを突き付けて彼に話し掛ける。
「さて、バダムさんよ。どういう了見でウチのミントを攫ったんだ?」
「フン、お前が先にウチのジャミルを殺ったからお返ししてやっただけだ」
「ジャミル? あー、あの鬼人族の兄ちゃんか。奴がどうかしたのか?」
「ハッ、白々しい。お前らと揉めた翌日に狩りに行って戻らねえんだ。お前らが殺ったに決まってる」
「何か証拠でもあるのか?」
「証拠なんて関係ねえ。どの道、最近は奴隷狩りが低調だったから見せしめにあのガキを攫ってやったのさ。ザマーミロ! グアッ、アバババババッ」
あまりに腹が立ったので奴の肩にダガーを突き立てて抉ってしまった。
いかん、いかん、殺すのは確定だが、簡単には逝かせない。
「ケレス、こいつらから情報を吸い出せ。この大陸での奴隷狩りに関する事と、そっちのボンボンの実家の情報もな」
そこからケレスの拷問タイムが始まった。
ケレスは頭に手を当てるだけで、ある程度の情報を得る事が出来るが、言葉で誘導しながら苦痛を与えてやるとより多くの情報が得られる。
通常、苦痛と言うのは体中の痛覚から頭に伝わるものだが、ケレスは人間の頭にダイレクトに痛みを与えられるらしい。
これは魔法と言うより彼女の特殊能力だが、これによって通常の何十倍もの苦痛を与える事が出来る。
あまり戦闘の役には立たない駄魔族だが、こう言う場面で彼女は最高の拷問官になるのだ。
まずは下っ端から順繰りに拷問を加え、情報を取っていく。
これだけで奴隷狩りの組織やその他の悪事の情報がだいぶ取れた。
終わった奴はそのまま始末する。
ゲッコーの跡取りにもたっぷり苦しんでもらい、実家の情報を取った。
さすが帝国最大級の商会だけあって、国との関係も深いらしい。
いずれ帝国と組んで敵対して来る事も考慮しておくべきだろう。
そしてお待ちかね、バダムの順番だ。
商売の部下だったミントを殺されて怒り狂っているケレスが執拗に拷問を加える。
最後は情報が無くなっても、苦痛を与え続ける。
あまりの苦痛に奴はいろいろと垂れ流し状態で、臭くてしょうがない程だ。
そしてとうとう苦痛に耐え切れず、バダムは死んだ。
全ての始末を終え、俺達はミントの遺体を回収して舟で海へ逃れた。
最後にバルカンの火球を何発かお見舞いしたので、ゲッコー商会の建物は燃えている。
すでに死んだミントにとって何の意味もないだろうが、これが俺達のせめてもの手向けだ。
静かに眠れ、ミント。




