51.ドワーフの町
カイン達の復讐が成就したのと時を同じくして、拠点の整備にも一通り目処が付いた。
門扉はしっかりとした物に造り替えたし、建物の内部もそこそこ快適に暮らせる様になっている。
そのため俺達は次の段階に移行する事にした。
次にやる事は拠点周辺の調査と、各種族の集落訪問と情報収集だ。
当面の俺達の目的はチームメンバー全員に里帰りをさせてやる事にある。
最終的には奴隷狩りを阻止するという大きな目標があるが、そのためにも各種族の集落を回ってネットワークを構築しなければならない。
しかしメンバーの故郷は広範囲に散らばっており、情報収集にも時間が掛かる。
その間、ほとんどのメンバーが手空きな状態になるので、生活を維持するためにも仕事をしたい。
最も手っ取り早いのは魔物を狩って素材を売る事なので、そのために周辺の地図を作り、魔物の分布状況を調べる事にした。
経験を積ませるためにも、周辺の調査は2軍メンバーを中心に進めてもらう。
それと並行して各集落の訪問を、俺が中心になって進める。
まずは手始めにドワーフの集落を訪問だ。
同行メンバーはレミリア、ガル、ガム、ミント、ケレス、シルヴァ、バルカンになる。
ガル、ガムはもちろん親類を通してコネを作るためであり、ケレス、ミントは行商のための調査だ。
そしてレミリアは強引に付いて来た。
彼女にとっては自分の居ない所で俺が危険に晒されるのが耐え難いらしく、常に俺に付き従おうとする。
まあ、彼女は強いし、いろいろと気が利いて助かるのだが、ちょっと過保護に思えなくもない。
お前は俺のオカンかと。
トンガからドワーフ集落までの道はしっかり整備されていたため、馬車の旅は順調だった。
通常3日の行程でも、この馬車なら半分で済む。
予想通り、2日目の昼過ぎにはドワーフの集落に着いていた。
その集落はトンガに近いだけあって、なかなか大きな町だった。
広大な町は頑丈な防壁に囲まれ、中には様々な種族が共存している。
トンガが人族にとって魔大陸の玄関だとすれば、ここは多くの魔大陸人にとって人族との接触点になる。
そのためドワーフだけで無く、エルフや獣人の姿も多く見られる。
ちなみにこの町には”ガサル”と言う名前がある。
なんでも大昔にドワーフを束ねた英雄の名前から来ているそうだ。
「ガル、お前の爺ちゃんの家が何処か分かるか?」
「うーん、やっぱ分かんねえだ。役に立たなくてすんません」
「気にするな。でかい町だから、5歳の時じゃ覚えてなくても仕方ない。とりあえず役場にでも行ってみるか」
俺達はガル、ガムのお爺さんの家の場所を確認するため、役場へ向かった。
役場で彼らの爺さんであるガランさんの住所を尋ねると、同じ名前は結構あるので何処のガランかと聞かれる。
ガル達の頼りない記憶から情報を伝えていくと、ようやくあそこのガランさんか、と言う話になった。
こうしてガランさんの住所を突き止め、家の前まで行ってドアを叩く。
少し待つとドワーフの女性が出て来た。
「あんたら、どちらさんだね?」
「婆ちゃん、おらだ、ガルだ」
「ガルだって? おやまあ、本当にガルじゃねえか。ガムも居るなあ。ひっさしぶりじゃあ」
その女性とガル、ガムが抱き合って喜ぶ。
「2人共大きくなって。だどもガワンはどうしたんじゃ?」
「父ちゃんも母ちゃんも3年前に病気で死んじまった。その後、このデイルさんが俺達の面倒見てくれて、最近こっちに帰ってきたばかりなんだ」
「まあ、それは本当にありがとうございます。こんな所で立ち話もなんなんで、どうぞ中へ」
お言葉に甘えて中へ入れてもらう。
あいにくとガランさんは仕事で居なかったが、昼食を取りに戻るらしいので、それまでいろいろと話をさせてもらう。
ガルのお婆さんであるサリーさんとガランさんには2人の息子が居て、上の息子さんは近くに住んでいるらしい。
ガランさんは大工で、上の息子さんは鍛冶師だそうだ。
そして下の息子さんのガワンさんも鍛冶師だったが、7年前にミッドランド大陸に渡った。
何か新しい物を見たいと勇んで旅立ったはいいが彼らも病気には勝てず、あえなく世を去ってしまう。
そして路頭に迷ったガルとガムの面倒をシュウが見ていたが、それを俺がまとめて雇った形になる。
ガルとガムは今年で12歳。
冒険者として目立った強さは無いが、盾とメイスで粘り強く戦えるようになっている。
何より手先が器用なので、家の改築や馬車の整備などよく役立ってくれている、と言うとサリーさんも喜んでいた。
そんな話をしているとあっという間に昼になり、ガランさんが帰ってきた。
サリーさんが慌てて昼食の準備をしている間、ガランさんにも簡単に経緯を話す。
「そうか、ガワンの奴、子供を残して死ぬなんて情けねえ。そしてガル達をわざわざ連れて来てもらって、本当にありがてえです。この恩を返すためなら何だってさせてもらいますよ」
「いえ、そんなに感謝される程の事はしてませんよ。ガル達を最初に助けたのはシュウって言う奴ですし、魔大陸に来たのも目的があっての事ですから」
「そんな事ねえだ、爺ちゃん。デイルさんは本当に凄え冒険者なんだ。おかげでおらとガムも強くなれただ」
「そうか、良かったなあ。それでデイルさんはこれからどうするんで? 私がガル達を引き取った方がいいんですか?」
「いえ、ガルとガムは立派なウチの従業員なので、これからも働いてもらいます。実は彼ら以外にもいろんな種族の仲間が居まして、その故郷を訪問したいんです。ガランさんは他種族の集落をご存知ありませんか?」
「ふーむ、儂が知っとるのは猫人族と狐人族くらいだな。たまに大工仕事を頼まれるんですよ」
「それはいい。ぜひ場所を教えて下さい」
幸い、猫人族と狐人族の集落までは分かりやすい道が通っているので、簡単に辿り着ける事が分かった。
さすがに馬車で行けるほど良い道では無いので徒歩だが、どちらも4日で着くそうだ。
その晩はガランさんの家にお世話になった。
サリーさんの手料理をごちそうになりながら、魔大陸の話をいろいろと聞かせてもらう。
この魔大陸には多くのエルフや獣人、魔族、そして魔物が住んでいる。
その環境は獣人にとっても過酷なもので、各種族とも人口はそれほど多くない。
しかしドワーフ族は20年前に帝国と友好条約を結び、人口が増えているそうだ。
元々、トンガもドワーフの集落のひとつだったのだが、そこに帝国軍が襲来した。
トンガはそのままあっさりと占領されてしまったが、帝国軍も魔物の対処に手を焼いた。
そんな中、ある帝国の官僚がドワーフに目を付ける。
彼らには魔大陸で拠点を守る秘訣があるのでは無いかと。
さすがに帝国軍にもガサルを占領する余裕が無かったため、帝国が下手に出て話し合いが行われ条約締結に至った。
その結果、帝国からドワーフ族に賠償金が支払われ、トンガへの移住も解放される。
その後、トンガではドワーフも協力して町造りが進められ、魔物に強い町として生まれ変わった。
さらにドワーフと交易をする事でお互いに得意な商品を手に入れる事が出来、ガサルも繁栄を享受しているという事だ。
おかげでガサルだけは人口が増えているが、他の集落はそうでも無いらしい。
むしろ若者がガサルやトンガに出て行ったり、奴隷狩りに捕まったりするので減っているそうだ。
「その奴隷狩りなんですが、けっこう多いんですか?」
「うーん、儂らは人族と条約を結んどるからほとんど無いが、他はけっこうやられとるらしい」
「何かそれを阻止しようとする動きは無いんですかね?」
「何しろ魔大陸は広いし、種族ごとに協力もしとらんから、うまく行っとらんようですわ」
「なるほど」
やはり種族ごとの連携を高めるのが先決のようだ。
そのためにも他の集落を回って情報を集める必要がある。
翌日、俺達はガル、ガムを残して猫人族の集落に旅立った。
戻ってくるまでの間、ガル達は家族との時間を過ごせばいい。
そして今度は自分が家族に会えると、ミントが嬉しそうだ。
8歳で引き取ったミントも今は10歳。
まだまだ子供だが、淡い緑色の髪が可愛らしい女の子になった。
ケレスの下で一生懸命、仕事を覚えようとがんばっている。
気のはやる彼女に引きずられて旅程がはかどり、4日目の昼には目的の集落に着いた。
猫人族の集落はガサルに比べるとやはり小さく、チット村と呼ばれていた。
一応、防壁で囲まれており、門をくぐる時に厳しくチェックされる。
しかし昔ここに住んでいたミントが同行していたので、わりとスムーズに通してもらえた。
そしてミントの祖父母の家に向かっていると、唐突に声を掛けられる。
「ミント、お前ミントじゃないのか?」
「……あっ、叔父さん」
最初、相手の見分けが付かなかったミントもようやく気が付いたらしい。
叔父さんもそれを見て近寄って来た。
「ミント、お前、人族の大陸に居るはずなのにどうしたんだ?」
「実はお父さん、お母さんが病気で死んじゃって、私はこのお兄ちゃんに助けてもらったの。最近、この魔大陸に帰って来たから叔父さん達に会おうと思って」
「なんと、ハンス達が死んだのか。それは大変だったなあ……それで、貴方がミントを連れて来てくれたんですか?」
「はい、私はデイルと申します。ミントとは縁があって、今は私の商会で働いてもらってるんですよ」
「ああ、商人さんでしたか。私はミントの父親の兄でブライと言います。立ち話も何ですから、家へどうぞ」
そう言われてブライさんの家に向かう。
ブライさんは両親と同居しているので、そこが元々俺達が目指していた家になる。
家に着いてしばし、ミントと家族が涙の対面をした。
当然、今夜は泊まって行けと言う話になり、歓迎の準備が始まる。
ちょうど、道中で魔物の一角鹿を捕まえてきたので、まるまる提供したら大喜びされた。
たまたま目の前を通りかかった所を、シルヴァが捕まえただけなんだけどね。
その晩は鹿肉料理を囲んでいろいろ聞かせてもらった。
この村には現在、200人にも満たない猫人族が住んでいる。
しかし猫人族自体はもっとたくさん居て、ここより東の方に幾つかの村が点在するようだ。
この村はなまじガサルに近いため若者がそちらに移ってしまい、過疎化が進んでいるとの事。
そのため奴隷狩りに対しても警戒心が強く、最近はめったに攫われる事は無いようだ。
「あのう、実は私の仲間にも何人か奴隷狩りに遭った者が居まして、私はそんな人間を減らしたいと思って魔大陸に来たのです」
「なんと、別に自分の利益になる訳でも無いのに何故そんな事を?」
「他の種族を亜人と呼んで差別し、奴隷にするなんて間違ってますよ。特に小さい内に攫われた子供ほどミッドランド大陸になじめず、衰弱死してるんです。私はそんな子供達を少しでも減らしたいと考えています」
「人族にもそんな方が居るとは……私にも何かお手伝い出来る事はありますか?」
「それでしたら、この村の責任者に会わせて下さい。奴隷狩りの防止策について話し合いたいんです」
「分かりました。早速明日にでも会えるよう手配しましょう」
翌日、村長に会わせてもらい、状況を説明した。
魔大陸で奴隷狩りが横行し、ミッドランド大陸へその奴隷が多く送られている事。
中には衰弱してそのまま死んでいる者も居る事。
この蛮行を止めさせるには各種族が協力して監視網を築き、対処して行く必要がある事などを説き、協力を仰いだ。
最初、村長は俺の申し出に驚き、疑いすらしていたが、ミントの口添えもあってようやく好意的な態度に変化した。
他の種族の協力が得られるなら、猫人族の他の村を取りまとめてくれるそうだ。
そしてとりあえず付き合いのある獅子人族と虎人族の集落に紹介状を書いてくれる事になった。
そこまでの案内人も付けてくれるそうだ。
まだまだ先は長いが、なるべく多くの種族の協力を取り付けたいものだ。




