47.ガルド迷宮の完全攻略
いよいよ7層の守護者に挑む時が来た。
俺がこの迷宮都市に来て1年と10ヶ月にしてようやくの挑戦になる。
攻略メンバーは俺、レミリア、カイン、サンドラ、リュート、リューナ、ジード、シルヴァ、キョロ、バルカンだ。
アレスとアイラも参加したがっていたが、現時点で最強の布陣を取った。
守護者部屋の前で準備を整え静かに侵入すると、そこはかつてないほど巨大な守護者部屋だった。
そしてその中央に何かが丸まっている。
俺達の侵入に気が付いたそれが頭をもたげた。
赤銅色のウロコに包まれたそれは、巨大なドラゴンだった。
次の瞬間、奴から放たれた地響きがするほどの咆哮に、俺達の精神が恐慌を来たす。
真っ先に心がくじけたジードが逃げ出した。
「あ、あれ、入り口の水晶が無い! なんでだよ、これじゃ逃げられないじゃないか!」
後を振り返ると、確かに今までの階層では入り口の横に見られた水晶が見当たらない。
なるほど、とうとう来たか。
「落ち着け、ジード。こうなるかもしれないって事はさんざん話し合ったはずだ。逃げられないなら、全力で戦って倒すんだよ」
「そうだ、ジード。うろたえてないで覚悟を固めろ」
そう言って部下を叱咤しているのはカインだ。
次席リーダーが落ち着いてるってのは、頼もしい。
しかしいくら想定していたとは言え、状況は最悪だ。
守護者はなんと言ってもこの世界で最強と噂される存在、ドラゴンなのだ。
奴が巨体を立ち上がらせると、それがどれだけ大きいか分かる。
立ち上がった時の頭の高さは12m、肩の高さが7mくらいか?
直径3mを超える胴体が強靭な4本の足で支えられ、その後ろに10m近い尻尾がついている。
尻尾を含めた全長は25mを超えてるな、ありゃ。
そのトカゲのような口元にはズラリと牙が並び、目の後ろにゴツい角が2本。
背中には体に比べて小さめの翼が付いているが、あれで飛べるのかね?
て言うか、たぶん飛ぶんだろうな、魔法の力かなんかで。
その4本の足にはこれまた鋭い爪が生えていて、あれがかすっただけで死ねそうだ。
そんな風にドラゴンを観察していたら、奴が頭を引いて何かの動作に入った。
俺の頭に警報が鳴り響く。
「みんな、俺の周りに固まれ!」
メンバーが集まったかどうかの確認もせず、全力で魔盾の障壁を展開した。
ゴバーッ
次の瞬間、視界が真っ赤に染まる。
ドラゴンの火炎攻撃だ。
もの凄い高熱と威力に対抗するため、俺の魔力がガリガリ削られていくのが感じられる。
障壁越しに伝わる熱気で倒れそうになった頃、ようやく火炎が収まった。
俺達が生き残った事を確認したドラゴンが、ニヤリと笑ったように見える。
どうやらあちらさんのお眼鏡には適ったようだ。
「おい、お前ら、ドラゴン様がお相手してくれるらしいぞ。巨大魔物向けの陣形を取れ」
事前の打ち合わせで、巨大な魔物が1匹で出てきた場合の陣形を指示する。
カインとサンドラが前に出て、その周りをレミリア、ジード、リュート、シルヴァが固める。
さらにその後ろに俺、リューナ、キョロ、バルカンが付く。
ドラゴンがこちらに飛びかかって来た。
それを見たカインが盾を地面に突き刺し、サンドラと俺が防御壁を重ね掛けする。
バガンッ!!
かろうじてドラゴンの爪を受けきった俺達が、すぐに反撃に移る。
後衛から魔法を撃つと同時に、中衛が奴に斬りかかった。
俺も魔法弾を胸に向けて撃ち込んだが、全く歯が立たない。
前衛、中衛も足を攻撃しているものの、こちらもさっぱりだ。
それでも多少は鬱陶しかったのか、ドラゴンが距離を取る。
「キョロ、シルヴァ、全力で轟雷だ」
指示に従ってシルヴァが作り出した雷雲にエネルギーが蓄積されていく。
幸か不幸かドラゴンはそれを余裕で見守ったままだ。
絶対に舐めてるな、あれ。
そしてキョロの雷撃をきっかけに、部屋中に雷の嵐が吹き荒れた。
俺の魔法障壁でメンバーを守っているが、すさまじい轟音と土埃で何も見えず、何も聞こえない。
やがて風と土埃が収まって来ると、蹲った状態のドラゴンが見えて来た。
そしてひょっとして倒せたのではないかと言う俺達の期待は、あっさりと裏切られる。
あちこちから煙が上がっていて多少はダメージを与えたと見えるものの、奴は力強く立ち上がった。
その目に怒りの炎を浮かべながら。
次の瞬間、またもや身震いがするような咆哮を上げ、こちらに飛びかかって来た。
さすがにこの突進は受け止められないと判断し、メンバーが散開する。
バラバラになった俺達を、ドラゴンがメチャメチャに暴れ、追い回す。
比較的硬いカインやサンドラが気を惹こうと攻撃しているが、そんなモノは歯牙にもかけていない。
俺達後衛も逃げながら魔法で奴を牽制する。
さらに身軽なレミリアやリュートは一撃離脱を繰り返している。
しかしそんな俺達の必死の抵抗も虚しく、徐々に追い込まれ始めた。
こちらがほとんどダメージを与えられていない一方で、メンバーがどんどん傷付いて行く。
そんな苦しい攻防を四半刻ほども続けたかと思う頃、とうとうジードが奴に捕まった。
ドラゴンの右足で押さえつけられてしまい、身動きが取れないでいる。
俺達が彼を助けようと必死で攻撃すると、ドラゴンがフワリと浮き上がって距離を取った。
その表情はひどく冷静、と言うより冷酷なもので、俺達をいたぶろうとする悪意が感じられる。
あまりの力の差を見せつけられ、絶望感に包まれ掛けたその時、バルカンが俺の前に進み出た。
「主よ、今こそ我が力を解き放つ時。何も言わず、主の短剣を我に預けてくれ」
「お前の力を解き放つって?……よし分かった、頼む」
聞きたい事はいくらでもあったが、今はそんな時では無い。
俺が炎の短剣を差し出すとバルカンはそれを飲み込んだ。
そして次の瞬間、彼の体から発生した熱風で俺は吹き飛ばされる。
さらにバルカンの体は炎に包まれ、そのまま巨大な火柱となって立ち昇った。
突然の異変にドラゴンも含めた全員が動きを止めて見守る。
やがて火柱が収まると、そこには新たなドラゴンが立っていた。
いや、前脚が翼になっているので、あれは飛竜と言うべきか。
その体格はここのドラゴンには劣るものの、その3分の2くらいはありそうな巨獣だ。
そして、あれがバルカンの新たな姿である事は間違いない。
グルルルル
低い唸り声を立てながら、バルカンがドラゴンに向き直る。
そして次の瞬間、彼はドラゴンに跳びかかった。
もの凄い速さでドラゴンに体当たりをして、そのままもみ合いになる。
互いに爪と牙を突き立て、敵を引き裂こうと、攻撃を繰り出し始めた。
俺達はその間に解放されたジードを助け出して治療した。
ジードの状態はメチャクチャだ。
全身ボロボロで、左腕が折れており、まだ息があるのが不思議なくらいだ。
チャッピーの治癒魔法で少し楽になったのか、ジードはそのまま気を失った。
一方、少し離れた所でバルカンとドラゴンの戦いが続いている。
バルカンはその体格差からは信じられないほど健闘していた。
むしろ、その素早さを活かしてドラゴンを翻弄してさえいる。
しかしそれでも致命傷を与えるには程遠く、そのまま勝てるようには見えない。
しばらくバルカンの戦いを見ながら、今後の戦い方を考える。
俺達に出来る事が無いかと思って見回すと、レミリアの双剣が目に付いた。
6層で手に入れた水の魔剣だ。
それをしばらく眺めている内に、俺の頭の中で作戦が組み上がった。
「レミリア、カイン、サンドラ、俺に付いて来い。他のメンバーはジードを守ってくれ」
そう言い残して俺はドラゴンに近寄り始める。
同時にバルカンに念話で指示を送ると、了解の意思が返って来た。
かなり無茶な要求だったのでいかにも仕方なく、と言った感じだが。
俺達は戦いに巻き込まれない程度に近寄り、チャンスを待っていた。
やがて戦いの均衡が崩れる。
バルカンが渾身の力を振り絞ってドラゴンの首に食いつき、地面に押し倒した。
地響きを立てて俺達の前にドラゴンの頭が差し出される。
「今だ、カイン、サンドラ、奴の目を潰せ。レミリア、奴が口を開けたら氷の刃をぶち込むんだ」
カインが槍を、サンドラが土の魔剣を、それぞれドラゴンの目に突き込んだ。
さすがのドラゴンもこれには堪らず、咆哮を上げる。
その大きく開いたドラゴンの口にレミリアが水の魔剣を差し向けると、氷の槍が剣の先からドラゴンへと伸び始めた。
しかしあまりにも勢いが弱い。
俺はとっさにレミリアを後ろから抱き寄せるような形で双剣に手を添え、全力で魔力を叩き込んだ。
次の瞬間、細い氷の槍が人間の胴ほどの柱に変わり、ドラゴンの口に突き刺さった。
ドラゴンが頭を振ってもがこうとするが、俺達が全力で押さえ込む。
さらに魔力を送り込むと、ドラゴンの頭の中で何かがブチブチと切れるような感触がした。
そうしてしばらく耐えていると、何度かの痙攣の後、とうとう奴の動きが止まった。
「ハア、ハア……レミリア、これ死んだかな?」
「はい、ご主人様、すでに心臓の鼓動は止まっています」
それを聞いた俺は、彼女を抱き締めながらその場にへたり込んだ。
後を追うようにカインとサンドラも崩折れる。
そしてドラゴンの首を押さえ込んでいたバルカンも体を起こした。
(これで主は竜殺しになったな)
頭の中にバルカンの声が響く。
どうやら他のメンバーにも届いているようだ。
その瞬間、遠巻きに俺達を見守っていた残りのメンバーが歓声を上げて近寄って来た。
「やったのです、兄様。ドラゴンを倒したのです」
そう言って泣きながらリューナが俺に抱きついた。
「さすがです、デイル様。俺は役に立てなかったけど、誇らしいです」
「そんな事は無い、リュート。みんなが力を合わせた結果だ」
(素晴らしい戦いだった、主。このシルヴァ、主の配下である事を真に誇りに思う)
(凄いよ、ご主人。これからもずっと付いて行くね)
「ああ、シルヴァ、キョロ、ありがとう」
「ご主人様、一時は死を覚悟しましたが、私達やり遂げたのですね」
「ああ、苦労掛けたな」
俺の腕の中で涙ぐむレミリアの頭を撫でてやる。
「デイル様、絶体絶命の状況を見事にひっくり返しましたね」
「全くじゃ、それでこそ最愛の我が君よ」
「カインもサンドラもありがとう。でも最大の功労者はバルカンだ。あの絶体絶命のタイミングで進化してのけたんだから。なあバルカン?」
(なんの、我の進化も主のおかげよ。主を助けたいと強く願ったからこそ進化の道筋が開けたのだ。我の方こそ礼を言おう)
思った通り、バルカンはとうとう進化したんだな。
進化先がドラゴンをも組み伏せるワイバーンだなんて、凄い話だ。
「そう言えば、炎の短剣はどうなった? お前の体に取り込まれたのかな」
(いや、短剣はあくまで進化の触媒に過ぎなかった。今はここにある)
そう言ってバルカンが胸元のウロコを一枚剥がして差し出す。
そのウロコには、確かに炎の短剣が載っていた。
「そうか、バルカンの進化に使われたのなら無くなっても惜しくはないけど、やっぱり短剣は俺最大の武器だから戻ってきて嬉しいよ。でも、これちょっと見た目変わってないか?」
(炎の短剣を体に取り込んだ時、我と短剣の間に魔力経路がつながれたのでその影響だろう。今までよりも強い魔法が使えるはずだ)
「それは凄いな、後で試してみよう。それはそうと、何か忘れているような……」
「おぬしら、ジードを忘れておるぞ」
「やべっ、ジード。 生きてるか?」
チャッピーはずっとジードの治療を続けてくれていたらしい。
急いでジードの所に駆け付けると、彼はまだ気を失ったままだった。
「とりあえず骨折と大きな傷は治してある。ちと魔力が足りんので分けてくれ」
「ああ、ありがとうな、チャッピー。命に別状は無いんだな?」
俺はそう聞きながらチャッピーに魔力を譲渡する。
「うむ、生きとるのが不思議な程の有様じゃったが、持ち直したわい。それにしても、ドラゴンが守護者とはとんでもない迷宮じゃ」
「ああ、全くだ。でも今までの守護者部屋とは全然違うから、ひょっとしてここが迷宮の終わりかも知れない」
「その可能性は高いのう」
その後、丸1日掛けてドラゴンの素材を回収した。
ドラゴンの牙、爪、そして取れるだけのウロコだ。
ウロコは何百枚もあったが、引っぺがすだけでけっこう時間が掛かる。
おかげで全部剥がす前にドラゴンの遺体が迷宮に吸収されてしまった。
ある瞬間、急に遺体がボロボロと崩れ始め、そのまま地面に消えてしまったのだ。
今まで確認した事が無かったけど、守護者はこうやって吸収されるんだな。
ちなみにジードは半日ほどで目を覚ました。
チャッピーの治療を受けてもなおボロボロだったが、獅子人族の驚異的な生命力ですでに動けるようになっている。
ドラゴンの消失で素材回収も終わったので、いよいよ部屋奥の水晶前に全員が集まる。
今までの階層と違って下へ続く階段が無いので、やはりここが最終階層になるような気がする。
それなら魔法の武器は何があるのだろうか?
俺が水晶に触れると、今まで通り奥の壁が開いた。
そしてその中にあったのは短槍だ。
それを取り出してリューナに何の属性か調べてもらう。
「兄様、これは風の属性を持っているのです」
「やっぱりな、火、土、水と来たら風だよな。ま、いずれにしろカイン、お前が使え」
「は、デイル様のご期待に添えるよう努力致します」
「さて、水晶に触って分かった事だが、やはりここが最終階層だ。この水晶に触れて念じれば1層へ戻れるらしい。よって、これでガルド迷宮の探索は完了だ」
俺がそう言うと、歓声が爆発した。
そう、俺達はこの迷宮を踏破したんだ。
しかもドラゴンまで倒して。
地上に戻ったら、また忙しくなりそうだ。