37.草原の巨獣
ギガントバイソンの狩猟を強引に受注した俺達は、依頼元の肉屋に赴いた。
しかし俺達だけで狩ると言ったら、可哀想な人を見る目で見られてしまう。
ガルド迷宮での実績を根拠に説得して、ようやく了承してもらった。
もっともバイソン狩りには解体班が着いてくるので、準備に1日掛かるそうだ。
なのでその日は適当に町をぶらついて過ごす。
翌日、約束の場所に行くと、居るわ居るわ。
10台の荷車と30人の食肉業者が集まっている。
俺達は大勢の懐疑的な業者を引き連れ、狩りに赴く事になった。
バイソンの生息地まで移動するかたわら肉屋と話すと、バイソンは町の特産なので町を挙げての支援体制を取っているとの事。
うまい事狩れれば町は一気にお祭り状態になるが、失敗した場合の損失はでかい。
失敗すれば普通は莫大な違約料を取られるんだが、あまり冒険者を萎縮させないように抑えているそうだ。
確かにこの陣容で違約料が金貨2枚は安い方か?
1刻ほどでバイソンの生息地に着いた。
確かに遠くに10頭ほどの魔物が見える。
解体班を残し、俺達の馬車だけで群れに接近してみると、改めてバイソンのでかさがよく分かった。
小さめの家くらいあるじゃねーか、アレ。
しばし大きさに圧倒されたが、気を取り直して作戦に取り掛かる。
まずシルヴァが適当な1頭を挑発して群れから引き離す。
でかい1頭が引っかかったので、十分に引き離してから攻撃開始だ。
まず前衛陣が適当に挑発して突進を誘発した。
当然、バイソンが怒って突進して来るので、ギリギリまで引き付けてから鼻面に攻撃して離脱を繰り返す。
これにはメンバーを突進に慣れさせる事と、疲れを誘う効果の2つの狙いがある。
少し疲れて来た所で俺も加わり、バイソンの眼を弓で攻撃する。
さすがに両目を潰されると、奴は突進を止めて暴れだした。
巨大な足をメチャクチャに振り回して俺達を寄せ付けまいとするが、そこは黙って傍観する。
やがてバイソンが疲れてきた頃を見計らって、前衛で総攻撃だ。
鼻面と後ろ足を集中攻撃していたら、とうとうバイソンが転倒した。
ここで仕上げとして、俺が炎の短剣をバイソンの目ん玉に突き込んで魔力を通すと、頭蓋の中を炎で焼かれ、とうとう奴も力尽きた。
さすがにタフだったので仕留めるのに1刻ほど掛かったが、半日仕事よりは断然早い。
実際、近寄ってきた肉屋達が驚いていた。
”あんたら、本当に強かったんだな”とか、”絶対に無駄足に終わると思っていた”とか好きな事言われてる。
そんな状態でよく30人も着いてきたものだ。
その後は半日掛けてバイソンが解体され、順次、荷車で町へ送られていく。
小山のようなバイソンを手際よく解体する様は壮観だった。
こうして日暮れ前にナジブに帰り着くと、町は凄い事になっていた。
年に2回狩れるかどうかというギガントバイソンの狩猟が成功し、大量の素材が運び込まれたのだ。
肉だけで無く骨や毛皮も立派な素材になるらしく、前祝いでお祭り騒ぎになっていた。
俺達も肉屋の親父に引っ張っていかれ、大宴会に突入である。
俺もしこたま飲まされた。
翌日、二日酔いをこらえて報酬を受け取りに行くと、金貨11枚が支払われた。
ほとんど毛皮が傷ついていなかったのと、いつもより素早く倒したせいで肉の質が良かったからだそうだ。
俺達は巨大獣の討伐経験が積めたし、万々歳である。
それから2日程ナジブに滞在した後、港湾都市セイスに向かった。
セイスに着いた俺達はいつものようにゴトリー武具店を訪れる。
「いらっしゃいませ~。あ、デイルさん、お久しぶりですぅ」
「リムルさん、久しぶり。親父さんは居る?」
「もちろんですぅ、呼んできますね」
この店には何回も来ているので、常連となりつつある。
やがて親父が現れたが、今日は何やら嬉しそうだ。
「よく来たな坊主。そろそろとは思っていたが、迷宮攻略は順調なようだな」
「ええ、ようやくガルド迷宮の4層を突破しました」
「10年ぶりの階層更新が出たと聞いたが、やはりお前らだったか。それならしこたま儲けてるんだよな?」
「それほどでもありませんが、また新たな武具を買おうと思ってます。まずはこの子たちの防具の調整と、彼女にも適当な鎧をお願いします」
リューナとリュートが共に背が伸びているので、サイズ直しをしてもらう。
それとケレスが普通の革鎧しか付けていないので、もっとマシな鎧にする。
ドワーフ親父はケレス用にオーク革の鎧を出してきて、寸法を取る。
リュート達の防具と一緒に預け、サイズ直しをしてもらう事になった。
サイズ直しと合わせて金貨8枚だ。
「さて、ここからが本題なんだが、いい武器が手に入ってな」
そう言いながら親父が嬉しそうに出したのは長さ1mほどの戦槌だった。
鈍色に輝く総金属製のハンマーで、ちょっと洒落た装飾も施されている。
「とある貴族が金に困って放出した戦槌でな、魔術処理が施されている。威力を増幅する機能が付いてるから強力だぜ。金貨50枚はもらうけどな」
「これはまた見事な物ですね。カイン、ちょっと試してみろ」
裏庭でカインに振らせると、問題無く使えそうだ。
試しに標的の岩を叩いたら、粉々にしてしまった。
俺はもちろんこれを買う事にする。
「さすが店主、いい目利きをしてくれました。ところで、魔鉄製の剣よりも強い武器って、何かあるんでしょうか?」
「魔鉄より上となるとアダマンタイトか、その戦槌みたいに魔術処理を施した武器だな。どっちにしろ、とんでも無いレア品で値段も相当だぞ」
「なるほど。実は迷宮でこんな物を手に入れたんですが」
俺はそう言いながら炎の短剣を見せる。
「これは……魔道具だな。しかも刃はアダマンタイトだ」
「これがアダマンタイトでしたか。道理で斬れ味がいいと思いました。それと、魔力を通すと炎を纏わせられるんですが」
「火魔法が付与されてるのか。伝説級の武器だぞ、これは。さすが迷宮で得られる物だけはあるな」
「なるほど、武器としては最高級の物と考えていいですね。もし、似たような武器の情報があれば集めておいてもらえませんか」
「ああ、心に留めておこう。今日はいいモノが見れた」
「こちらこそありがとうございました」
俺は金貨58枚を払って、店を後にした。
その晩は宿に泊まり、翌日、リュート達の鎧を引き取ってガルドへ帰還する。
今回は山賊も出ず、快適な旅だった。
2日目には無事、我が家に帰宅する。
久しぶりにボビンの料理を食って、ベッドでゆっくり休んだ。
もちろん、レミリアとサンドラのお相手もしましたよ、ムフフ。
翌日から迷宮に潜り、5層序盤の探索を進めた。
ギガントバイソンで練習しただけあって、ケイブボアやダークウルフの相手も気にならなくなっている。
前衛の誰もが華麗に攻撃を避け、切り伏せてしまう。
特にカインの戦槌は反則級だ。
ケイブボアの突進を正面から叩き潰すので、一発で勝負が付いてしまう。
ちなみに俺も炎の短剣で攻撃に参加している。
この短剣は魔鉄を上回る斬れ味を持つ上に、火魔法も使える。
うまく魔物の攻撃を躱し、短剣を突き入れて体内を焼けば終わるので、力の弱い俺向きだ。
こんな感じで序盤は5日程で探索が終わり、いよいよ中盤に入る。
中盤の強敵はサーベルタイガーだった。
こいつは牛並みにでかい褐色の巨体を持つ獣で、異常に発達した犬歯を上顎に生やしている。
20cm近いその牙を突き立てられたら、そのままくたばっちまいそうだ。
俺は初めて見る獣だったが、魔境では良く見られるとチャッピーが言っていた。
そんな猛獣が5匹前後の群れになって襲い掛かってくる。
その攻撃力と連携に合わせて、オーク並みの防御力には苦労させられたが、それもやがて慣れる。
カイン、サンドラ、レミリア、リュート、シルヴァが前衛を受け持ち、俺とチャッピー、リューナ、キョロ、バルカンが魔法で攻撃する。
一応、後衛の守りとしてケレスも控えている。
後衛で変化したのは、バルカンの戦力化だ。
バルカンはレベルアップで肉体が急成長し、全長1mくらいになってる。
尻尾もあるので、体格的には中型犬くらいか。
前脚が大きく伸びたので、体が起きて後ろ足で立つような格好になりつつある。
あいにくと前脚と一体の翼はまだ未発達で空は飛べないようだ。
それでバルカンの攻撃だが、火球を無属性魔法で打ち出せるようになった。
俺の伝授した無属性魔法で火球を包み、それを口から放出した魔法で吹き飛ばす感じだ。
一見、口から火を吐いているように見えなくも無い。
一発の威力は今までとあまり変わらないが、連発できるようになったので魔法防御の高い魔物にも効くようになった。
初撃で魔法防御を壊して、2撃目で焼くイメージだ。
その威力は凄まじく、サーベルタイガーにも大きなダメージを与えられる程だ。
おかげで4人の魔法支援を得て前衛も比較的楽に戦えるため、5層中盤も順調に探索が進む。
ちなみにサーベルタイガーの魔石は銀貨25枚。
その他に毛皮や牙、爪の素材が金貨3枚で売れた。
正味1週間ほどで中盤の探索が終わり、いよいよ深部に入った。
ケイブボアやサーベルタイガーを狩りながら進んだ先に居たのは、でかい猿だ。
立ち上がると2.5mくらいになる巨大猿で、真っ赤な毛皮に包まれている。
まるで炎のようだと思っていたら、それは見かけだけじゃなかった。
俺達が攻撃を仕掛けてある程度ダメージを負わせたと思ったら、急に怒りだしてもの凄い熱を放ち始めたのだ。
しかも長い腕を振り回して暴れ回るから手に負えない。
おまけに近くに居た仲間が合流して暴れ出したので一旦、俺達は撤退する。
幸い、狭い通路までは追って来なかったが、久しぶりの敗北に俺達はへこんだ。
その日は中盤に戻って野営をし、赤熱猿への対策を練る。
この猿はチャッピーも知らなかったので、レッドヒートエイプと名付けた。
「なんと言っても急に怒り出してからだな、厄介なのは。熱いし、暴れ回るしで手が付けられない」
「はい、あれでは私が盾で受け止めても耐えられるかどうか……」
「ご主人様の魔法で水を掛けるとかはどうでしょうか?」
「水か? でも俺の魔法じゃあ、ちょろっとしか出せないぞ」
レミリアが無茶振りをして来るが、俺にはそんなの無理だ。
「それなら私がやるのです。水精霊さんに頼めば、バシャーンと水を出せるのです」
「え、でもリューナ、竜人魔法はまだ細かい制御ができないんだろ? そんなんで大丈夫か?」
「細かい制御なんてこの際、関係無いのです」
「いや、それは確かにそうなんだけど、なんか不安だな。とりあえず、隣の部屋で試してみようか」
俺の脳裏には以前のリューナの風魔法の失敗がこびりついていたので、試さずには居られない。
野営地を水浸しにするのも嫌だったので、近くの部屋に移動する。
「それじゃあ、リューナ、あっち側に向けて水を出してもらえるか?」
「はいです、兄様。……ウンディーネさん、お願い!」
リューナが少し集中して水精霊にお願いすると、数瞬後に巨大な水塊が現れた。
ドッパーン
相変わらずの竜人魔法の豪快さに、みんなの目が点になる。
しかし今回は部屋中が水浸しになっただけで俺達への被害はほとんど無かった。
「……ああ、うん、これなら使えるかも知れないな」
これならヒートエイプの頭を冷やすのにちょうどいいかも知れない。
翌日のリベンジに向けて俺達は作戦の細部を詰めてから、眠りに付いた。
待ってろよ、サル!