15.妖精の盾
カインとサンドラがパーティに加わった後、俺達はまたピクニックに来ていた。
行き先はチャッピーと合成魔法を編み出した例の原っぱだ。
見晴らしがいいし、魔物や冒険者はめったに居ない良い場所である。
思い立ったらいろいろと練習できるのがいい。
いつものようにシートを広げ、ランチを楽しんだ。
カインとサンドラは落ち着かない顔で飯を食っている。
魔大陸では野外で食事を楽しむなんて習慣は無かったんだろう。
食事後、お茶を飲みながら、気になっていた事をカインに聞いた。
「そう言えば、カイン達の得意な武器は何だっけ?」
「私は剣がメインですが、メイスのような打撃武器も使います。サンドラは剣が得意で、魔力の使い方も上手です」
「うん? 魔力の使い方って魔法の事?」
「いえ、剣に魔力を乗せて斬る魔法剣の事です。私は魔力を外に出すのが苦手で身体強化にしか使えませんが、サンドラは武器に魔力を通して威力を高める事ができます」
「ああ、それって、オークを倒した時に使ってたやつかな?」
「その通りです。あの時はサンドラが不調で、首の半ばまでしか斬れませんでしたが、それでもだいぶ強化されています」
「そうか。サンドラは良くやってくれたな」
俺がサンドラを褒めてみると、彼女はオドオドと頷くだけで喋らない。
なんか悪い事したかな?
「魔法剣か。俺やレミリアも使いたいから後で教えてもらおう。それからカインは盾が使えるか?」
「はあ、多少は心得がありますが、あまり使った事は……」
「そうか。できれば今後、カインには大盾とメイスを装備して、パーティの盾役を務めて欲しいんだ」
「なるほど、私が最も頑丈で力も強いので適任でしょう。できれば盾を使いこなす技術を学びたいと思いますが」
「ああ、それはギルドに教官が居るから、多少は習えると思うよ」
カインが盾役をこなしてくれれば、パーティの安定度が大きく増すだろう。
「カインがメインの盾役だけど、サンドラも盾を持って前衛をやってもらいたい。武器は今持ってるバスタードソードだな」
バスタードソードは片手半剣とも呼ばれ、片手でも両手でも扱える剣だ。
この間のように、強力な斬撃を打ち込むのにピッタリだろう。
「それでレミリアは双剣で遊撃役な」
「はい、ご主人様」
「シルヴァも遊撃だ」
「ウォン」
「キョロは電撃でみんなの援護ね」
「キュー」
「それで俺は全体の指揮と、弓や魔法による援護をする。そしてチャッピーは俺と一緒に魔法を使ったり、ケガ人が出た時の回復役な」
これで皆の役割がはっきりした。
「今後の訓練方針だけど、カインはギルドで盾の扱いを学んで、習熟してもらう。サンドラも盾を習ってもらうけど、こっちは攻撃に重点を置く」
2人が頷いている。
「レミリアはサンドラと一緒に攻撃力を高める。できれば魔法剣を習得して欲しい」
「はい」
「シルヴァとキョロも、それぞれの攻撃手段を磨いてね」
「ウォン」
「キュー」
「うん、そして俺とチャッピーは魔法攻撃力のアップだ。連発できる回数も増やさないとな」
「そうじゃな。しかしこの間のオーク戦で儂のレベルも上がっておる。おそらくこの間より連発できる数は増えておるぞ」
「へー、合成魔法の攻撃でチャッピーのレベルも上がってるんだ。それならジャンジャン魔法を使って魔物を倒せば、自然と攻撃力も高まるな」
当面の方針はこんなもんだろうか。
ああ、そうだカインとサンドラにも使役リンクをつながないと。
「カイン、サンドラ。実はこのパーティは俺の使役スキルを介して意思疎通を強化している。君たちにも加わって欲しいんだけど、いいかな?」
「それはデイル様の使役スキルを受け入れる、という事なのですか?」
「そう、俺のスキルで契約してもらうんだけど、行動を強制したりはしない。でもこれをうまく使えば、念話や空間情報の共有ができるようになるんだ」
そう言ったらサンドラが食いついてきた。
「今すぐ契約を! 妾に使役スキルを!」
サンドラ、顔が近い、近いよ。
「よ、よし、今から契約の念を送るから、受け入れてくれ」
そう言って念を送ると、速攻で契約が成立した。
サンドラの顔が恍惚としているのは何故なんだろう?
その後、カインとも契約を結び、全員がスキルでつながった。
キョロやシルヴァとも意思疎通できる事に驚いているが、すぐに慣れるだろう。
こうして新たなパーティ編成が固まった所で、レミリアの提案があった。
「ご主人様、そろそろパーティ名を決めてはいかがでしょうか?」
「ああ、そう言えばまだパーティ名付けてなかったっけ。何がいいかな……」
今まではメンバーが俺とレミリアと使役獣だけだったので、デイル様ご一行みたいな扱いになっていて、パーティ名をギルドに登録していない。
カイン達も俺の奴隷なので、変わらないと言えば変わらないが、人数が増えたのでパーティ名を付けてもいいだろう。
「俺がパーティを組むきっかけになったのはチャッピーとの出会いだ。チャッピーにはいろいろと世話になってるし、困った人を助けて行きたいと思うから”妖精の盾”なんてどうだろう」
「とても良いパーティ名だと思います」
「デイル様の仰せのままに」
「うむうむ、儂がパーティの主役じゃな」
勝手に主役を気取ってる奴がいるが、まあいい。
これからは”妖精の盾”を名乗っていこう。
その後は昼寝をしたり、軽く剣を振ったりしてから町に帰った。
家に帰る前にカイン用の大盾を探しに武具屋へ寄る。
あまり大きな盾は冒険者に需要が無いらしく、品数が少なかった。
それでも騎士団払い下げという頑丈そうな盾があったので、それを買い求める。
高さが100cm,幅が50cmほどの大きさで、銀貨60枚だった。
俺の考える盾役にはまだ小さいが、初心者にはこんなものだろう。
合わせて長さ40cmほどのメイスも銀貨40枚で買った。
握りの反対側が少し太くなっていて、ゴツい突起がついている。
使い方が単純なわりに破壊力があるので、カインに向いてるだろう。
ちなみにサンドラには、今は亡き貴族様に与えられた盾と剣をそのまま使ってもらう。
それからギルドに寄ってカイン達のパーティ参加とパーティ名を登録した。
ついでに盾術を教えてくれる教官が居ないか聞いてみると、元騎士団員だったトッドさんを紹介される。
翌日から訓練をつけてもらうようお願いして、ギルドを後にした。
帰宅して夕食を済ませた後、サンドラに魔法剣の事を教えてもらう。
「魔法剣には、魔力を剣に乗せて切れ味を鋭くする場合と、属性魔法を纏わせて属性攻撃をする場合がある、いや、あります」
「サンドラ、無理に敬語を使わなくていいから、普通に喋ってくれ」
サンドラが無理に敬語を使おうとしているのが丸わかりなので、気楽にしゃべるよう促した。
「そ、そうか、さすがは我が君。妾は敬語に慣れておらんからの。それで話の続きじゃが、妾も属性攻撃はできぬ」
「属性攻撃ってのは火とか風を剣に纏わせる感じか?」
「そうじゃ。と言っても、よほど魔力の扱いに長けていて、魔力伝達に優れた剣を使わねば実現できぬので、ほぼ幻の技になっておるがの」
とりあえずサンドラが使えるのは剣に魔力を纏わせ、切れ味を高める方法のみ。
これだと普通の剣でも使えて、昨日のオークみたいな硬い敵に有効だ。
なぜ魔力で切れ味が増すのかを聞いたが、サンドラは知らなかった。
チャッピーの推測では、オークなどは魔力で皮膚を硬化させているので、それを剣の魔力で打ち消すからではないか、と言っていた。
もしそうなら、ただの岩とか金属には効果が無さそうだ。
それでも、ほとんどの魔物は魔力で体を強化しているから、迷宮探索には有用だと思う。
そして属性を持つ魔法剣だが、こっちは普通の剣では無理っぽい。
魔力伝達に優れた剣と言うと、たぶん魔鉄とかアダマンタイト製になるだろう。
そんな貴重な武器を使う上に、精密な魔力操作が必要とか、めちゃくちゃハードル高そうなので、これは除外する。
そうなると普通の魔法剣一択だが、とりあえず見本を見せてもらおう。
「サンドラ、その剣に魔力を纏わせてみてくれないか」
「了解じゃ。ほれ、このように……ヌォッ、なんじゃこれは?」
「なんかあった?」
「軽く魔力を込めただけなのに、かつて無いほど魔力が剣に通るのじゃ」
サンドラがバスタードソードを掲げながら、信じられないモノを見るように呟く。
「確かに大きな魔力が剣に纏わりついておるな」
「チャッピー見えるのか?」
「もちろんじゃ。皆にも見せてやろう」
チャッピーがそう言うと、視界が少し変化して、サンドラの剣に青っぽいモヤが重なる。
たぶんあのモヤが魔力なんだろう。
その視覚情報をチャッピーが使役リンクで共有してくれている。
チャッピーやボビンも似たようなモヤを放っていて、彼らが魔力から成る存在であると、改めて感じさせる。
「この青いモヤが魔力なんだよね? 確かにサンドラの剣から盛大に吹き出してるみたいだ」
「そうなのじゃ。以前はうっすらと剣を覆う程度だったのに、何故であろうか?」
「おそらく昨日の治療でデイルの魔力を流しこんだのと、儂が魔力を誘導したのが原因ではないかの。体内の魔力経路が拡がったんじゃろう」
「おお、命を救ってもらったばかりか、魔力制御まで上げて頂いたとは……我が君に百万の感謝を」
「そ、そうか。狙った訳じゃないけど、良かったな。でもそうするとカインも同じことが出来るのかな?」
「いえ、私には今まで出来ませんでしたから……おお、出来る、私にも出来るぞ!」
カインがメイスで試してみたら、出来ちゃったようだ。
これは昨日の治療が原因と見て間違い無いな。
そんなやり取りを見守っていたレミリアが、思いついたように言う。
「ご主人様とチャッピーの治療で、お二人の魔力制御が向上したのであれば、私にも同じ事をお願い出来ないでしょうか?」
「うーん、でもレミリアは魔力を使った事無いんだよね? カイン達と同じ事しても大丈夫かな?」
「いや、デイル。レミリアは無意識に魔力を肉体強化に使っておる。だから魔力経路を拡げてやる意味はあると思うぞ」
そうだったんだ?
確かにレミリアは体の割に力持ちだからな。
「そっか。それならレミリアにもやってやろう。チャッピー頼む」
俺はレミリアの背後から魔力を注ぎ、チャッピーがそれを誘導する。
今まで散々、魔力注入はやってきたけど、誘導してやると違うのかな?
しばらく施術を続け、適当な所で様子を聞いてみる。
「とりあえずこれぐらいでどうだろう。武器に魔力を通せるようになった?」
レミリアが剣を握って魔力を流そうとするが、どうもうまく行かないようだ。
「以前より魔力を感じられるようにはなっていますが、剣に流す感覚が分かりません。サンドラ、どうやっているのですか?」
「むう、口で伝えるのは難しいのじゃ。ほれ、こんな感じじゃ」
「それでは分かりません」
サンドラはいわゆる天才肌だな。
説明が下手だ。
「サンドラ。自分がやっている事を頭に描いてみんなと共有してみな」
「何? 我が君は無茶を言うのう……ほれ、こんな感じでどうじゃ?」
サンドラの考えている事がぼんやりと浮かんでくる。
なるほど、そう言う感覚か。
俺も自分のダガーを握って魔力を流してみる。
すると意外に簡単に魔力を刃に纏わせる事ができた。
「出来ました。これで私もオークにダメージを与えられそうです」
「俺も出来たよ。やっぱりイメージって大切だな。サンドラ、ありがとう」
「我が君も出来たのか? やはり教え方がいいと違うのう」
なんかサンドラが勘違いしてドヤ顔してる。
違うから、使役リンクのおかげだから。
「よし、これでみんな武器に魔力を通せるようになったから、後は使い方の練習だな。いきなりオークはキツイから、比較的硬いシャドーウルフで試してみよう」
「そうじゃな、まずは1層深部で練習してみるがよかろう」
そうやって明日からの方針を話し合っていたら、キョロとシルヴァが俺の横に来て催促をする。
え、何? 自分たちも魔力経路を拡げてくれって?
「チャッピー、キョロ達が魔力経路を拡げろってせがむんだけど、できるのかな?」
「それは分からんな。まあ、魔力を誘導してやると多少は流れが良くなって、魔法の威力が上がったりするかもしれん」
「なるほど。それじゃダメ元でやってみるか」
結局、キョロとシルヴァにも治療させられた。
シルヴァの方はまだしも、キョロに効果あるのかな?
ま、いいや。強くなったら儲けものだ。
カインとサンドラにも治療を施して、その日はお開きになった。