1.妖精との出会い
「へくしっ!」
ボロ毛布一枚で牢屋に泊められたせいで風邪をひいたみたいだ。
俺の名はデイル。
駆け出しの冒険者だ。
つい半年前に15歳の成人となり、冒険者ギルドに登録したばかりである。
それまではこのリーランド王国王都の孤児院で暮らしていた。
俺は親の顔さえも知らない孤児で、まだ赤ん坊の時に孤児院の前に捨てられていたらしい。
身に付けていた布にデイルと書かれていたため、それが俺の名前になった。
幸い、孤児院の運営者が立派な人だったおかげで、貧しくともそれなりに幸せな子供時代を過ごす事はできた。
もちろん院を出て行った先輩達の援助に支えられてのもので、今後は俺も援助する側に回るんだけどな。
問題は成人したばかりの孤児がまともな仕事にありつけるかどうかだったんだが、幸い俺はあるスキルを持っている。
魔物や動物と契約を交わして従属させる使役スキルだ。
もっとも、俺の使い方は普通じゃないらしい。
使役スキルには接続、契約、強制の3段階があって、まず意思の疎通をはかるために念話の回路を開くのが接続だ。
そして主従関係を結ぶのが契約で、なんらかの行為をさせるのが強制になる。
しかし俺は接続と契約しか使わない。
魔物や動物に敬意を払っていれば大抵のことはやってくれるし、強制をするとひどく精神が疲れるからだ。
でも世の中では強制で使役するのが当たり前らしく、俺は変わり者扱いだ。
よくあんな疲れる事を続けられると思うんだが。
とにかく俺はこのスキルと、孤児院時代に歩きまわった王都の土地勘を武器に、冒険者になる事にした。
あいにくと身体が貧弱で戦闘力には乏しいが、王都には害獣退治や探しものなど、俺向きの仕事はいくらでもある。
この手の仕事には使役スキルがけっこう重宝するもので、少なくとも食うに困る事は無かった。
つい最近では、とあるお金持ちのペットを探し出し、金貨1枚の報酬をゲットしている。
金貨1枚と言えば3人家族が優に一月は暮らせる額だ。
元々、大銀貨5枚の仕事だったんだが、俺が動物ネットワークで簡単に見つけ出したら、えらく気に入られて倍額を払ってくれた。
ちなみに貨幣の価値は鉄貨1枚が1ゴルで、金貨=大銀貨10枚=銀貨100枚=銅貨1000枚=鉄貨1万枚となる。
俺は見た事が無いけど、金貨100枚に相当する白金貨ってのもあるそうだ。
あの後、ギルドの受付嬢さん達に酒をおごったのはいい思い出だ。
美人と飲むお酒は実に楽しい。
ところがこの行為が同業者の妬みを買ってしまった。
俺に嫉妬したチンピラ冒険者が衛兵に俺の事をスパイだと密告し、衛兵詰所に連行されてしまったんだ。
それが昨日の夕方。
あいにくと衛兵隊長が留守で、取り調べがお預けになり、詰所の牢屋で一晩過ごすハメになったという訳だ。
あのチンピラ共め、どうしてくれようか。
ガチャン、キー
そんな事を考えていたら同じ牢に新入りが入ってきた。
なんか小汚いチンピラで、しかも朝っぱらから酔っ払ってるみたいだ。
牢屋の床に寝転がってからもなんかグダグダ喋ってる。
やっと静かになったと思ったら、今度は大きなイビキをかき始めた。
勘弁してくれよ。
おや、なんか妙な気配を感じるな。
て言うか、酔っぱらいの上になんか見えるような気がする。
しばらく見つめていたら、形がはっきりして来た。
えーと、鳥か? 人形か?
なんかちっこい生き物が手足を振り回してキーキー騒いでる。
あっ、こっち見た。
そのまましばし見つめ合う俺達。
そして俺は唐突に理解した。
あれは妖精だ。
と言う事は、あの酔っぱらいは妖精付きか?
この世には人間の他に、魔族や魔物、亜人、その他の動物が生きている。
魔物ってのはその体内に魔石を宿す生き物で、さらに高度な知性を持つものが魔族と呼ばれる。
亜人はエルフ、ドワーフ、獣人、鬼人なんかが居て、これは人間と同じで魔石は持たない。
魔石とは魔力を内包する石の事で、種族によって色や大きさは様々だ。
そして魔石は魔道具の動力源や錬金術の材料、はたまた魔法の触媒などに需要があり、貴重な資源として取り引きされている。
俺の住むミッドランド大陸は基本、人間中心の世界だが、魔物はゴロゴロしてるし、亜人もけっこう居る。
しかし魔族は遥か海の向こうの魔大陸にしか産まれず、この大陸にはめったに現れない。
魔大陸には強力な魔物が多く住み、亜人の集落も多くあるそうだ。
そしてこの世界にはそれらのどれにも属さない妖精が居る。
一口に妖精と言っても様々だが、有名なのは羽を生やしたフェアリー種だ。
こいつらは20cmくらいの裸の幼児にトンボの羽をくっつけたような存在だ。
その存在は魔物のようでもあるが、半ば霊的な属性も併せ持っており、普通の人間の目には映らない。
本人が意識して現れない限り、それなりの資質を持つ者にしか見えないそうだ。
この資質とは、よほど高い魔力とか、俺の持つ使役スキルみたいなやつだな。
それに加えて相性なんかもあるらしい。
そんな、普通には見えない妖精が目の前に居る。
俺も見るのは初めてだ。
水色のショートヘアに緑色の瞳。
身長は20cmくらいで、顔や体の造りはまるで10歳未満の幼児だ。
こんなお人形が手元にあれば、女の子は喜ぶんだろうな。
妖精は本来、人間に関わる事を嫌い、人里を避けて生きると聞く。
だけどたまに変な奴が居て、人間に付いて回る事があるらしい。
妖精自体に大した力は無いものの、側に居ると幸運を呼ぶと言われ、珍重されている。
だから妖精を従える者は”妖精付き”と呼ばれ羨望されるが、どうやら目の前の酔っぱらいはその妖精付きのようだ。
そんな事を考えていたら妖精がこっちに来た。
俺の顔の前に浮かんで、何かキーキー騒いでる。
俺を指差してから自分を示し、両手の人差し指を突き合わせる。
そんな動作を繰り返している。
これって、俺に使役スキルで契約しろって言ってるのかな?
でもすでに契約してる妖精とは契約できないはずなんだが。
まあいいや、使役スキルを使ってみよう。
まずは念話回路を接続して、契約の念を送る。
目に見えない糸をつなげるように……
「……やっとつながったか。手間を掛けさせおって」
「あれ、契約できた! でもあっちの男と契約済みじゃなかったのか?」
「すでに契約しておっても、元の契約者が許可すれば再契約はできる」
やっぱりあっちの酔っぱらいと契約してたんだ。
でもそんな簡単に妖精を手放したりするもんだろうか?
「あいつが再契約を許可したってのか?」
「さっき耳元で騒いでやったら、”うるせーからどっか行け、こんなのを引き取ってくれる物好きが居るんならな”とぬかしおった。しかも目の前には別の使役スキル持ちが居る。これは許可したと言えるのではないか? 現実に再契約できたからのう」
なるほど、酔っぱらいの軽口を逆手に取ったか。
それにしても、こんな簡単に契約して大丈夫なんだろうか。
「ふーん、でも会ったばかりの人間と契約してもいいのかよ?」
「あいつには散々こき使われて、うんざりしておったんじゃ。どんな人間でも、あれよりはマシじゃよ」
話を聞いてみると、昔はまともな主人と契約していたらしい。
1人目はエルフの冒険者で、80年ほど一緒に世界を回ったそうだ。
しかし彼が冒険者を引退するというので、その友人と再契約した。
彼は人族だったが、やはり気の良い奴で、20年ほど一緒に旅をする。
その後、彼も引退すると言うので、彼の友人、つまり目の前の酔っぱらいと再契約する事になった。
それが5年ほど前。
ところがこいつがひどい人間だったらしく、妖精の幸せな旅は終わる。
もう大のギャンブル狂いで、暇があると賭場に入り浸ってたそうだ。
多少は冒険者として稼いでも、すぐにギャンブルでスッてしまうので、万年金欠状態である。
そのうち、とうとうイカサマや盗みなどの犯罪に手を出すようになった。
目の前の妖精はその不可視性ゆえに、相手の手札を覗いたり、盗みに入る前の偵察などに利用されていたそうだ。
彼はそんな荒んだ生活にほとほと嫌気が差し、脱出の機会を窺っていたらしい。
「そうか、ずいぶんと辛い生活だったんだな。俺はデイル、この街で冒険者をやってる」
「冒険者か。見たところ悪党では無さそうじゃが」
「ああ、今は牢屋に入れられてるが、これは濡れ衣だ。俺はちゃんと真面目に働いてる。ところでお前の名前は?」
「名前か。昔は持っておったが、契約すると忘れるんじゃ。おぬしが付けてくれ」
「また、いいかげんだな。よし、それなら……チャッピーでどうだ?」
けっこう真面目に考えて提案したのに、嫌そうな顔をされた。
「……もっといい名前を付けさせてやってもよいぞ」
「いや、チャッピーがいい」
「ぐぬぬ、分かった。しょせん一時の名前じゃ。これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしく」
あまり嬉しくも無さそうだが、あっさり受け入れてくれた。
見た目は10歳くらいの幼児なんだが、けっこう老成してるように感じる。
まあ実際、100歳オーバーのお爺ちゃんだからな。
ガチャン、キー
そんなやり取りをしていると、再び牢の扉が開いた。
今度は俺の呼び出しだ。
たぶん衛兵隊長の取り調べだろう。
予想通り、取調室に連れて行かれ、隊長と対面する。
俺が”これは濡れ衣なんだ”と抗議しようとした矢先、隊長に謝罪された。
隊長曰く、あまりにもずさんな逮捕だったため担当者を問い詰めたら、親しい冒険者からワイロをもらって不当に俺を逮捕した事が発覚したそうだ。
衛兵としても外聞が悪いので担当者と冒険者から罰金を取り、俺に賠償金として渡す事で不問にしてもらいたいと言っている。
ちゃんと衛兵を処罰して欲しい所だが、ここは提案を受け入れるべきだろう。
普通、誤認逮捕が判明しても賠償なんかしてくれないからだ。
こうして謝罪して賠償金までくれるなんて聞いたことが無い。
これって、ひょっとして妖精の幸運効果なんだろうか?