便乗
「こんなことで泣くなよ〜。澤田くんは泣き虫でちゅねー」
「ウケるー」
「それな」
澤田のスマホを返した連中は澤田を煽った。
「ううっ」
膝をつき、嗚咽を洩らす澤田の足元に幾何学模様が浮き上がった。
何事かとクラスメイト達がどよめくと、澤田の体は下から光に包まれてゆく。
それでなんとなく、この幾何学模様は転送の準備なのだと理解する。
澤田の嗚咽と鼻をすする音が耳に痛い。
誰も止めなかった。
だから、誰にも慰める権利はなかった。
謝りくらいすれば良かったのかもしれないが、謝るくらいなら、止めるべきだったのだろう。
沢田を除く当事者達は冗談半分のつもりで、軽い態度でいるようだが、事の重大性を理解していた澤田は絶望的なその状況に涙していた。
「ぜっだい、許ざない!」
その言葉は当事者達だけに向けられたものではないのだろう。少し胸が痛んだ。
もう既に体の半分が光の粒子に包み込まれている。
あれが全て澤田を包み込んだ時、澤田の転送が完了する。
不思議とそう予感した。
「澤田くん……」
ケータが歯痒そうに苦悶の表情を浮べている。
ケータが傍観者でいる理由は小心者だからだ。
物腰が穏やかで優男のケータには今の状況が辛いのだろう。
俺もあまりの自分の弱さと胸糞の悪さに舌打ちをしたい気分になる。俺が標的にならないのは彼等とは一線を引いているからだ。
個性を隠し、なるべくボロが出ないように関わらないできた。
もし、俺が目立つようなら、連中は俺を新たな標的にするだろう。
だから、あの手の連中が何しようが知らん顔をしてきていた。
俺は弱い。
立ち向かうことすらせずに、こんな言い訳に縋る。
別に澤田を特別救いたいわけじゃない。
むしろ澤田だからこそ、救いたいとは思わない。
澤田に多少の同情心は感じるが、澤田はお調子者で鬱陶しくて、俺の苦手なタイプの人間だからだ。
だが、俺が虐めを見過ごしているという事実が全くもって気に食わない。
俺の小さなプライドが疼くのを感じてしまう。
「呪ってやる!」
最後にそう叫ぶと澤田は遂に光の粒子に顔まで包み込まれて、消えた。
「スゲー! マジで消えた」
「てか、このまま押さなきゃいいんじゃね?」
「いや、制限時間みたいなの表示されてっから、それ過ぎるとドカーンとかありうるだろ」
彼等は飽きたおもちゃはいらないとばかりに澤田の話を辞める。
「なら、みんな森一択っしょ」
「それなー」
「孤島でサバイバルも楽しそうだけど、やっぱし、安定の森な」
口々にそう言うと森の上に浮かんでる数字が増えていた。
それに便乗したのか他のクラスメイト達の足元にも幾何学模様が浮かび出す。
案の定、孤島の上に表記された数字は一向に変わらない。
やがて、クラスメイトの半分くらいが消えるとケータは呟いた。
「僕、孤島を選択するよ」
残ったクラスメイト達皆がこちらに振り向いた。
「マジで言ってんのか!?」
クラスメイトの一人がケータの正気を疑うように叫んだ。
「うん、こんなことで僕達の罪が消えるわけじゃないし、許してもらえるとも思ってないけどね」
「じゃあなんで……」
「自己満足だよ」
ケータの言葉に絶句する。
「それにさ、このままだと一生罪悪感を感じ続けなきゃいけなくなると思うんだ。そんなの嫌じゃん」
単純で、どこまでも身勝手な理由だが、その言葉はどこか魅力を感じさせた。
下手に取り繕わないところが俺にとって魅力的だった。
どこか吹っ切れたようにケータはスマホを操作した。
「お前、本当に……」
スマホの画面を見ると森の上の数字が2に増えていた。
「俺も行くよ。澤田は知らんがこのままだとケータが可哀想だからな」
俺は覚悟を決めてそう言った。
このままでは俺の小さなプライドが許さない。友達を置いてなんていけない。それに、テンションの高い連中と一緒に行くのはメンタル面で持ちそうにない。そもそも、連中が使い物になるか甚だ疑問だ。
友の言葉に押された形がカッコ悪かったが、このままじっとしていても、もっとカッコ悪くなるだけだったのもあった。
「レンタロー……」
ケータが嬉しいような悲しいような複雑な笑みを浮かべた。
この状況に置いても俺を心配してるのだろう。
どこまでお人好しなのやら、友達冥利に尽きるというものだ。
「俺も」
「私も」
ここに残ってた面子自体、罪悪感を感じて選択に迷っていたのだろう。
孤島と森で丁度半分に別れることになりそうだ。
男女比で言えばこちらの方が女子が多い。
女子の方が感傷的だからだろうか。
得をした。
いや、サバイバル生活を始めていく上では不利かもしれないけど。
「皆、ありがとう」
ケータがくさい友情劇のように涙を流して笑った。
そう言えば、先生はどうしたのだろうと思っていると、丁度先生がこちらにふらつきながらも、歩いてきているところだった。
「頭痛がして止めに入れませんでした。ごめんなさい。……私も孤島の方に行かせてもらいます」
まだ具合いが悪いのか、顔色の悪い柴村先生も参加を表明した。
残っていた殆どが参加を表明したところで、俺達の視界は光の粒子に呑み込まれて、反対に意識は闇に飲み込まれていったのであった。