とりま
澤田が仲間外れにされ、孤島に行かされることになった。
更に言えば、教師である柴村もである。
教師がイジメに加担するとは思えないからだそうだ。
頼りなく縮こまってても、混乱するクラスを放置してても……仮にも教師……なのか?
いや、一応教師なのだ。
柴村も騙されて孤島に行かされてしまう理由は澤田を助けようとする裏切り者が出ないための策なのだろう。
彼等は自分たちだけが孤島に行くことになっているとは思ってもいないだろう。
教師の柴村にだけでも教えてやりたい気持ちは山々だが、柴村のSNSのアカウントは当然、メアドも俺は知らない。
本当にいたたまれない。
勉強はできないくせして悪知恵だけは働くようで、クラスを牛耳ってるメンバー、と言うよりクラスでちゃらちゃらした面子が、何かと理由をつけて全員で孤島に行く算段をクラスの総意としてつけていた。
勿論、彼等、俺達共々神には森に転移させてもらう事になっている。
神には心の中で交渉したメンバーがいて、その結果がメッセージで送られてきた。
何人かは罪悪感を覚え、元気がない。
反対に目立つメンバーは元気がいい。
リーダー的存在の塚越はいつもの愛想笑いをしまい、今回ばかりは難しい顔をしていた。
無論、俺とケータは今までのようにただの傍観ではなく、末端とはいえ加担する側に回ってしまい、罪悪感に押しつぶされていた。
「なあ、ケータ。あいつにも個人でメッセージ送った方がいいかな? どうせ後で有耶無耶になるだろうし」
「やめとけって、バレたら塚越はまだしも瀬川達に何されるか分かったもんじゃないよ」
小心者の俺等はコソコソと話していた。
こういう時に窓側の席っていいね。
……器の大きさが知れた。
「どうせさ、誰かやってくれるでしょ。自分まで被害受ける必要ないって」
確かにケータの言う通りだった。
俺が思いつくようなこと試さない奴が居ないはずない。
ないないない、三重否定なのだ。
それにメッセージは隠密性に優れるが、証拠として残り、人物が特定されやすい。
『じゃあ、もういいかな』
俺達の返事を聞くつもりはないらしく、眩しい光が俺達の瞼の裏を熱く焦がしたのだった。
『君たちも酷いねぇ』
見渡せばそこは白い、ただ白い、空間だった。
そこにポツリと白装束の少年が足を組んで座っていた。
体育座りでも無ければ正座でもない。
そこに椅子やソファーがあるわけでもない。
空気に座っていた。
例の如く十中八九神だろう。
「まあ、そうだな。否定できない」
『はっはー、笑えないよ。否定するつもりだったのかい? 寝言は寝て言えよ』
口調を聞くに怒ってる訳ではないようだ。
呆れているような、馬鹿にしているような、そんなニュアンスだった。
仕方がない。
それだけの事を俺達はしてしまったのだ。
だが、してしまったこと、後の祭りだ。
今更後悔したって――
『後悔は必要だ。君達は大いに悔いるべきだ。悔いて活かせ。今の君達では勇者になれない』
奥歯から歯軋りする音が漏れた。
だが、神が言った言葉で一つ収穫があった。
やはり、俺たちはまだ勇者ではないらしい。
紛らわしい言い方だったが、確かに神は一度も勇者にしてくれるとは明言していなかった。
勇者になれと言っていた。
「考古学者が勇者か? 冗談だろ?」
『……まあいい。そのまま勘違いしていればいい』
この神も案外ズボラだ、質問には答えないとか言って情報規制していたくせに、かなり情報提供してくれるじゃないか。
考古学者と言うのは俺の職業ではない可能性が浮上してきた。
称号か、或いは……。
これは向こうに行ったらステータスをじっくり観察する必要があるな。
だが、その前に……。
「本題に入ろうじゃないか」
神はニヒルな笑みを浮かべていた。
『フフッ、君は面白いねぇ。実に醜く、憐れで、滑稽だ。人間味に溢れているよ』
交渉が終わると神はそんなことを言った。
「褒め言葉として受け取っとく」
『ああ、本当に見ていて飽きないよ。人間っていう生き物は』
「そうかい。楽しく高みの見物か」
『不服かい?』
「不服か不服じゃないかと問われれば不服だ。だが、異世界に行けるなら我慢できる」
『異世界ねぇ。そんなに行きたいものかねぇ? 電気水道ガス、全部ないんだよ?』
「分かってる」
『分かってるかもしれないけど、君達は甘く見すぎているよ。君達がどんなに恵まれてきてしまったのかを』
「フッ、そうだな。俺達は恵まれすぎて、何に恵まれているのかさえ知らない」
『なら何故?』
「だからだよ」
俺はそう恰好よく言うと異世界に繋がる扉に手を掛けた。
『あっ、ちょっと待った』
神はそう言うと光る指で俺の額にデコピンをかました。
正にゴットフィンガーだった。
全く俺の恰好いい退出シーンの演出が台無しだ。
「ッテ」
無防備だった俺は思わず情けない声を出した。
「ったく、何だよ」
『ちょっとしたオマケさ。こんな道を選んだドMの君にね』
「そうですか、それはどうも」
俺は最後になにやら分からない侮辱を受けると散々だと言わんばかりに思い切り扉を開け放った。
「じゃあな、神様」
扉の向こうは白い煙に包まれていた。
一歩ずつ、これからあるだろう出来事を想像し、踏みしめていると、足元から視線を上げた時には、いつの間にかそこには森が広がっているのだった。
「皆いるな」
塚越がここにいるメンバーを見渡し、声をかけた。
いつの間にかこの場を仕切る人間が決まっていた。
別に異論はないがな。
集団にリーダーは必需品だ。
「澤田とセンコーはいねーけどな」
「ウケるー」
「それなー」
「しゃーないだろ、キモイし」
「うわっ、ひでーな朗人。確かに、同感だけど〜」
長瀬、瀬川を筆頭に連中は言いたいことを述べていく。
そこに澤田と先生は居なかった。
誰も教えなかったのか?
澤田と先生に?
恐怖で周りを見渡す。
一部を除いて、皆一様に顔を真っ青に染めている。
俺はどうなんだろう。
自分の顔を見るにも鏡を持っていないので、手を胸に当てるが心拍数が上がってるようにも思えない。
全く動揺してなかった。
そして、それに気づき、動揺した。
俺は分かっていた。
きっとこうなってしまうという事を。
分かってて、彼等に教えなかった。
それは人殺しと変わらないんじゃないか?
「とりま、どうすっか」
そんなクラスメイトの声が耳元に遠く、俺は自分が最低な人間に成り下がってしまったことに焦燥感を抱いていた。
二人の安否など、露ほども気にせずに。