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反乱と十字軍遠征

「大変です!陛下、キリキアにて大規模な反乱が起きました!」


「まーた反乱か」


1320年代後半から1330年代前半にかけて、アナトリアでは貴族の反乱が相次いだ。

なぜなら、従来持っていた特権を奪われ、その生活が困窮したからであった。


1326年、キリキアで深刻な反乱が起こり、反乱勢力は最大時には歩兵60,000人となり、キリキアの農作物が各地に届かないという事態に陥った。

アンドロニコスはこれを鎮圧するため、孫のコンスタンティノス専制公をキリキアに送り、1328年にこの反乱を鎮圧したが、キリキアは長く続いた反乱のため疲弊した。


その後…


「…そうだ!」


「へ?」


「東アナトリアをイルハン朝から奪い取るのだ!軍を編成せよ!」


アンドロニコスは広大な東アナトリアを帝国に併合しようとして、1333年9月にイルハン朝に攻め込んだ…


「この戦いは十字軍だ!聖戦である!」


アンドロニコスは十字軍を宣して戦闘の指揮を自ら取り、城塞や都市を次々と落としていった。

だが、アンドロニコスが城塞や都市に集中しているのにイルハン朝は目をつけ、補給線への襲撃を始めた。

このため東ローマ軍は病や食料不足に苦しんだ。


アンドロニコスの東アナトリアにおける遠征が長引くにつれ、東アナトリアに駐留する兵士の志気は徐々に低下していき、その戦費は莫大なものとなって財政は次第に圧迫されていった。

さらにマムルーク朝も東ローマ帝国に宣戦布告し、アンドロニコスは絶望的な状況に立たされた。

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