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南方戦争④
第二次ブルガリア帝国滅亡後、アンドロニコスはセルビアとの戦いに戻った!
ーーーーーーーーー1326年8月
ーーーーーープリシュティナ
「ふあ~あくびが出るほど平和だな」
「東ローマ軍も出ないし…」
ドドド…
「ん?」
ドドドドド…
「あ、あれは!」
ドドドドドドド…!
「東ローマ軍です!応戦して下さい!」
おのれ…
兵に命令を伝える為に集まらせたのが知られていたとは…
この事は絶対に忘れぬぞ!
復讐だ!
だが、復讐は為されなかった。
なぜなら…
「死んだか」
「王様でもこうなりゃただの死体よ」
ステファン・ウロシュ3世が戦死したからだ。
東ローマ軍はまもなくセルビアの首都ニシュも落とし、ステファン・ウロシュ3世の息子ステファン・ドゥシャンを捕らえた。
彼はコンスタンティノープルで育てられることとなった。
セルビア宮廷はステファン・ドゥシャンの弟シメオン・ウロシュをセルビア王とし、ベオグラードを拠点としたが、まもなくセルビアはハンガリーによって滅ぼされた。
その後、東ローマ軍はハンガリー遠征を開始した。




