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月曜日と、山田さんと、その友達


 翌週、月曜日。二限からのプレゼミ。


 僕が教室に入るなり。

「お、水神。山田さんと仲良くなったんだな」

 茶髪、というかほぼ金髪の男子学生に声をかけられた。

「ああ、まあ……ね」

 適当に返事をしながら席につく。ニヤニヤと笑う彼の名前を、僕は必死で思い出そうとするも、どうにも出てこない。

 一昨日の土曜日、アゲハさんが立ち去ってしまった後、山田さんに例のグループトークについて訊いたところ、入学式直後に作ったものの、話題があるわけではなく、メッセージのやりとりも稀にしかないらしい。女の子たちは別のグループでやりとりをしているのだとか。

 その後、屋上で山田さんとは適当に雑談をしていたのだけど、妙にウマがあったというか、なんだかんだで、昨日もチャットで盛り上がっていた。

 ということで、仲良くなったのは確かだろう。

 もちろん目の前にいる彼は、そのことを言っているのではなく、僕が山田さんの紹介でグループトークに参加したことを言っている、のだと思う。

「俺たちとはあまり話そうとしないのにな、女好きか。水神は」

 と、妙に馴れ馴れしい声で言う。

「いや、まあ人見知りというか……話すきっかけがなかっただけだよ」

「そっか。ま、これからは仲良くやろうぜ」

 ははっと、白い歯を見せて笑う彼に、僕は少しばかり罪悪感を覚える。

「じゃ、今からカラオケでも行くか?」

「……は?」

「なんか朝からダルくてさ。授業受ける気になれねーよなって話してたんだよ。大学の授業って四回まで休んでいいんだろ? 行こうぜ。何だったら女の子も誘ってさ」

 冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。近くで彼の友人らしい男子学生が、にやついた表情でこちらを見ている。僕が返事に困っていると。

「――ねえ」

 少し離れた場所から女の子の声が聞こえた。

「あなたたちのそういう素行の悪さに嫌気が差していたから、水神君があなたたちと距離をおいていたとは考えないの?」

「はあ?」

 僕と話していた男子学生が、声の方を睨みつける。視線の先には、黒い髪を後ろで束ねた真面目そうな女の子。彼女はこちらに目も向けず不満そうな声で続けた。

「入学式の後、みんなで自己紹介したとき、あなた、高校のときにあまり勉強しなかったから今度こそ頑張るって、そう言ってたわよね。もう忘れちゃったの?」

「…………」

 彼はむすっとした表情を見せ、女の子から目を逸らすように、僕の顔を見る。

 そこで始業のチャイムが鳴った。

「……椎名さん、学級委員みたいだよな」

 ここ大学なのにな、と、苦笑を漏らす。

「水神、わりぃ……カラオケはまた今度な」

「ああ……うん。誘ってくれたのは嬉しかったからさ。授業のないときに行こうよ」

「お前、良いヤツだな」

 言って、席に座ると気まずそうな顔で。

「頑張る、か。確かに言ったけどさあ……」

 そんなことを呟いていた。

「あー、おはよう」

 ぎこちない挨拶とともに、先生が教室に入ってきた。このクラスのプレゼミ担当の若い男の先生。

「先生! 俺、今日は真面目に授業うけるぜ!」

 金髪の彼が唐突に叫んだ。先生は驚いてそちらを見てから。

「はあ……まあ、良いことだ。頑張れ」

 眼鏡をずり上げて、呆れたように笑っていた。

 その日の授業は文書技法、レポートの書き方を学ぶという内容で、いつもは騒がしくしている彼も、今日は彼なりに真面目に取り組んでいる様子だった。


 やがて授業も終わり、荷物をまとめて教室を出ようとする前に、声をかけられた。

「水神君、ごめんなさい――」

 先ほど男子学生に説教じみたことを言った、椎名さんという女の子。名前は知っているけれど、こんな風に話をするのは初めてだった。

「私、彼の態度にムッとしてしまって……あんな風に水神君の気持ちを勝手に決めつけてしまって……その、ごめんなさい……」

「あ、いや。返事に困ってたからさ。正直、助かったよ。それに、まあ……ね」

 僕は今まで、彼らのことを意識して避けていたつもりはない。

 それでも椎名さんの言葉を咄嗟に否定できなかったのも確かだった。

「お? 水神君、しいちゃんと何かあったの?」

 声をかけてきたのは山田さん。ちなみに彼女は、今の授業に堂々と遅刻をして、先生にお小言をくらっていた。

「何か知らないけど、せっかくだし、ほら三人でご飯いこっ!」

 その無邪気な笑顔に、僕と椎名さんは思わず顔を見合わせ、呆れ顔を浮かべていた。


「しいちゃんはね! 私と違って頭良いんだよ! なんたって特待生だし!」

 混雑した食堂の一角、四人がけの小さなテーブルで昼食をとりながら、僕は二人の話を聞いていた。

 山田さんと椎名さんは幼馴染だそうで、小学校からそれこそ大学まで、ずっと同じ学校に通っているのだとか。ただ山田さんは自己推薦入試、いわゆるAO入試と呼ばれる面接と小論文による試験だけでこの大学に合格したのに対し、椎名さんは通常の入試を受験して合格した。ちなみに僕も後者。ただ椎名さんは僕とは違い、入試の点数が相当よかったらしく、特待生として学費が全額免除されているのだという。

「椎名さん、すごいんだね。でも」

 もっと良い大学に行けたんじゃないの? と。

 そう訊こうとして、僕は慌てて言葉を止めた。椎名さんは察したように。

「うん。お金の問題。親が離婚したから」

 そう言い放った。返す言葉を失ってしまった僕に向かって、気にしないで、と優しく微笑む椎名さん。僕はただ小さく頷く。

 わずかに漂った気まずい空気の中、山田さんは、まるで親を見失ったカルガモのヒナのようにアタフタとしてから。

「わ、わたし! 次の三限、ちゃんと出ることにするっ!」

 違う話を切り出した。

「へえ、どういう風の吹き回し?」

 呆れた表情で椎名さんが言う。

「え、あ、そ、それは、えっと……」

「ん、次の授業って確か」

 経済思想史。アゲハさんが山田さんのことを見かけたという例の授業。

「そう! アゲハさんが出てるなら私も出てみようかな、って――あ、そうだ」

 山田さんは何かを思い出したかのように、手をポンと叩いてから。

「しいちゃんって、どういうタイプの男の子が好き?」

「ぶっ」

 椎名さんが食べていたカルボナーラを吹きだしかけ、ごほごほと咳きこんだ。

「山田さん。訊く相手が違うよ……」

 そう指摘した僕に向かって、山田さんは、にししと、白い歯を見せて笑った。

 どうやら理解はしているらしい。

 プレゼミの学生に『好きな異性のタイプ』を訊くこと。

 僕がアゲハさんに頼まれたことだけど、それはもちろん男子学生に尋ねるべき質問だろう。目的は山田さんに好意を持っている者を探し出すため……

「いや……でも」

 改めて考えると、どうもしっくりこない。そんなことが果たして、あのラブレターの送り主を探すことに結びつくのだろうか? ひょっとして、アゲハさんは僕に……

「……何よ、唐突に」

 椎名さんが口元をハンカチで拭いながら、不満をあらわにして言う。

「ううん、聞いてみたかっただけ。最近しいちゃんとそういう話、してなかったし」

「こ、こんな場所で話すことじゃないでしょ……」

 僕の方をちらりと見て、ほんのりと頬を染める椎名さん。

 そんな彼女に向かって、山田さんは実にいやらしい笑顔を見せながら。

「しいちゃんさ。水神君みたいな男子、タイプだよね」

「ぶっ」

 今度は僕が噴きだす羽目になった。

「なっ……!」

 椎名さんの目が大きく見開いたかと思うと、その頬が真っ赤に染まった。

「真面目で優しそうなのに、少し陰があるというかさ。しいちゃん、昔からそういう男の子のこと好きになって――」

「な、なに言ってるのよ! にゃん子はっ!」

「! にゃん子って、ゆうなあっ!」

 突然、バンッと机を叩いて立ちあがる山田さん。周囲の視線が集まる。

 山田さんは、はっと我に返った様子で。

「お、お手洗いにぃ……」

 小声で言うと、恥ずかしそうに顔を伏せたまま、歩いていってしまった。

「はあ……」

 椎名さんが肩を落として嘆息する。その姿を見ながら、僕は山田さんが言ったことを思い出してしまう。どうにも気まずい……

「ごめんね、水神君。あの子、子供みたいで……」

「あ、いや……えっと、にゃん子って、山田さんのあだ名?」

 さっきの話題に触れないよう、僕はそんなことを訊く。

「そ。小さい頃から、ずっとそう呼んでたんだけどね。大学に合格したときからかな、急に『もう大人になるんだから、そんな子供みたいな呼び方はやめて』ってね」

 呆れたように首を振ってから。

「大学に入ったら入ったで、周りに感化されて、あんな風に恰好まで変えちゃって……悪いとは言わないけど、中身が伴ってないのよ。さっきみたいに空気を読まずに、思ったことを何でも言っちゃうし……ったく、私がいないと朝も起きられないくせに……」

 ぶつぶつと呟くように言って、椎名さんは再び大きく嘆息する。

「……椎名さん、なんか山田さんのお母さんみたいだね」

 ふと僕が口にした言葉に、苦い顔をしながら。

「せめてお姉さんと言って欲しいんだけど、な」

「あ……ごめん」

「水神君は女性に対して、もう少し言葉を選んだ方がいいかもね」

 そう言って、椎名さんが僕に見せた表情は、子供のようでもなく、大人びてもない、年相応の優しい笑顔だった。


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