プロローグ
パイロット版です。
――研究棟の屋上には、悪魔が棲みついている。
学校の七不思議とでも言うのか。
そんな子供だましな話が、まさか大学という場所に存在するとは思わなかった。
教育の最高機関であるとか、そんな辞書的な意味はさて置いても、高校を卒業し、十八を過ぎて大人になろうかと、そんな奴らが集まっている場所に、それこそ小学校じゃあるまいし、と。
屋上への階段の前、僕は一人、わざとらしく息を吐く。
わかってはいた。場所が変わったところで、僕らが変わったわけじゃない。達観すれば、人間なんて死ぬまでずっと子供のままなのだと。
そんなことを考えながら階段を上る僕は、結局のところ、背伸びすらできない、やさぐれた、ただのガキだったのだと思う。
屋上へのドア。鍵は掛けられておらず、手を掛けると音もなく開いた。
一面の夕焼け。
落下防止用のフェンスに囲まれた屋上は、特に何があるわけでもなかった。
ただ――その片隅に。
小さなベンチ。
一人の女性が読書をしていた。
すらっとした細身の身体に、黒いスーツを格好よく着こなしていて、一見、大学生と言うより社会人として働いている女性に思えた。
それでも僕が彼女のことを学生だと認識したのは、読んでいた本が小説ではなく、学術書であることに気が付いたことに加え――誰の目も届かない場所で一人、学び、考えに耽るその孤高の姿が、僕が想う理想の学生としての姿と重なったからかも知れない。
刹那、風が吹き、彼女の長く艶やかな髪がわずかに乱れる。
本から目を逸らし、手櫛で髪をかき上げたところで――僕と目があった。
冷たさを感じさせる切れ長の目。夕日で淡く染まる唇。表情はない。
僕は立ち竦む。
果たしてこの女性は、己が魂を対価として、願いを叶えてくれる存在なのだと。
そんな幻想を信じてしまえるほどに、彼女は――美しかった。