ドラ血と日記
「お前たちの一族に頼んだ動けない身体の世話、見事に完遂だ。五百年前の約束どおり、私の名前をやろう。口伝されているな」
「もちろんでございます」
「そうか。私が死んだら、お前たちは私の家族だ。励み家族が増やすがいい」
「初代様のことは決して忘れません」
「おう、覚えておいてくれ。納得して死んだドラゴンがいたことを」
もう話すことはないと、ドラゴンは出てきた男から視線を離した。
老年の彼の一生はドラゴンではじまり、ドラゴンで一度終わり、また生まれるのだろう。
ムートとグガが牢に近づき、何か了承を得た。そして牢を開け、ドラゴン一号の前までの道を作る。
武器はどうするのかと周りを見ると、老年の男性が、ドラゴンの家族になる人間が腰につけていた短めの剣を私に渡した。ショートソード。軽くて、柄にドラゴンの絵が彫られている。刃は薄く、波打つ包丁のようだ。
「ドラゴン殺しでございます」
殺すだけならいつでもできたという意味は、これがあるからか。
老年の男性はそのまま入り口まで下がった。
「血がかかるだろうが、嫌がらず受け取ってくれ」
「首の血を嫌がることありません」
私はドラゴン一号の横に立った。生贄スタイルになるだろう。
何か宣言でもいるのかとムートとグガを見る。彼らは首を縦に振り、私たちを見守るだけ。
首狩りで生き物を殺すのははじめてだ。そしてその最初が生贄スタイルになるとは。
片膝をついてドラゴン殺しを振り上げる。生贄スタイルだと首をすぐ腰の袋に仕舞う必要がないために両手。身体が光るのを感じるとすぐ振り下ろした。
石床を切った感触があった。狩ったのだ。
首を落とされたドラゴンは目をつむっていて、私はほっとした。そして手がまだ光っていないか確かめていると、ドラゴンの首の両断面から液体のような光が私にしぶきをあがった。
なんだこの酒臭い光は。
すぐにその光がドラゴン一号の言う血だと気づいた。血にまで匂いが作って今夜の客はどれだけ酒を飲ませたんだ。しかしながら血を嫌がることはないと言ってしまった手前、避けずに受け入れる。
同時にドラゴン一号の首が消えた。酒臭い光に包まれ、反射的に腰を見ると光の網が巻かれて、その中に左腰に獲ったドラゴンの首が沈んでいた。そのままサイズで大きくて重さがない。このままは腰にあるのはおかしいだろとオフを念じると消えた。
そして血が身体からなくなったかのように血の光が光として、酒臭さだけ残し消えた。そこもなくなってくれていたら。
「みなに伝えよ。囚人番号一号、賢者は死に、新たなドラゴンが産まれる。そして一号は酒を一緒に飲んでくれなかったと言っていた。城中の者に一献を傾けさせろ」
老年の男性が一礼をして部屋から出てゆく。
このドラゴン殺しどうしたらいいんだ。
見るとグガが泣いてドラゴンを見送っていた。親しくやっていたのだろう。
ムートがグガの肩に手を起き言う。
「ではさっそくだがステータスカードを見せてくれないか」
うわ、理性。
「いいですよ。これ床に置いておいていいですよね」
ドラゴン殺しを首のないドラゴン一号さんへ供えるように床に置く動きの中でステータスカードを呼び出す。手のひらは握っているか下を向いていたので床に落ちた。拾いカードの更新状況を見る。
「あ、体力が四桁。二桁だったのに」
「百倍以上か。体力が百倍とはなんなんだ。防御なら傷つかないんだろう。体力なら、血が致死量の百倍出ても平気なのか。血がなくても生きていけるのか」
「わかりません。試しません。体力が上がったのはドラゴン一号さんのおかげのようですが。備考にドラ血って書いてあります」
ムートとグガが覗き込む。グガの立ち直りが早い。
「ほんとだ。備考欄ができて加えられてる。スペースが小さいから略したのかな」
「ステータスカードは行き当たりばったりなのか」
この世界なんなんだ。
「あと首はまた出せるのか?」
念じると左腰の光の網の中にドラゴン一号さんの首が出てきた。彼を尊敬していた人たちには見せられない姿。
ためしにオンとオフを繰り返すと、ドラゴン一号さんの首がチカチカした。思わず三人でその姿から目を逸らした。
「さて、これからが私たちの仕事だ。実はこの世界には、召喚されることで生きている種族がいるんだ。彼らはどこかにいて、どこかの世界で何か大きなものと引き換えに顕在し、力を与えてくれる」
「悪魔ですか?」
「いや、君と同じ旅人だと私は考えている」
ムートとグガが首のないドラゴン一号を囲む。一度触れ、名残を惜しみ始めた。
「旅行に必要な体力は一号に与えてもらった。私たちは彼の遺骸を奉げて、旅行に必要なものをもう一つ授けよう」
旅仲間か。
そうひらめいたとき、ムートとグガの手のひらが光り、四行詩が宙に映し出された。
四行詩はそのままドラゴンの遺骸に張り付き、彼らが読み終わるとともに遺骸と共に消えて行った。
「君の旅行に必要なもの、それは旅日記だ」
消えた遺骸のあとには一冊の本が出てきた。ドラゴン一号さんの皮膚に似た背表紙の本。浮いて停まって、どこか荘厳だ。
「あの人だよ」
グガが私を指さし、本がただの指示待ちだったことがわかった。
本が浮いて近づいてくる。軽く怖い。そう思っている内に本が私の頭にぶつかってそのまま消えた。
ステータスカードを見る。ちょっとこれ、さっき本がぶつかったので三桁ダメージ食らったんだけど。あと備考に日記の二文字。私はわかるが、ドラ血といい他の人が見てもわからないだろ。
「それは君の行動、思い、行った場所の地図、家計簿、そういったものが自動で記される日記帳だ。何も言わなくてもなんとなく出てくる」
手のひらを上に向け、なんとなく出てこいと思ったらさっきの本が出てきた。旅日記は私が召喚されたときから始まっていた。少しめくっていくと、姫のケツの穴に糞がついているとか書かれている。自動で筆記してくれるようだ。肛門と言えられたらよかった。
「私たちも持っているが便利だぞ。家計簿は国単位でやってくれるし、裏帳簿がいらない」
旅の友ができた。ドラゴン一号皮の便利帳だった。まさかしゃべらない仲間とは思ってなかった。家計簿のところを見る。私は無一文だった。