温水洗浄便座
「争いの多い世界に飛ばされたようだが、何か不満はないか?不満は成し遂げるべき理想の原動力だ」
五百年以上生きていると聞いているから、言葉に重みを感じる。
「まあよっぽどのことじゃない限り、そこのムートとグガが叶えてくれる」
「そりゃそうだけど」
グガが不満そうな顔をする。
「今のところ大きな不満はありませんよ。ただあるとしたら、温水洗浄便座がないことでしょうか」
「それはなんだ?」
私は温水洗浄便座の説明をした。ドラゴンがあまりに聞き上手で、こちらの世界に来てから一番語ってしまった。
「これがないとどれだけ美しいと言われるお姫様でも、ケツの穴に糞がついてることになるんです」
言いすぎてしまったとすぐ反省した。流してくれないかと思ったが、グガが異常な反応示した。
「それだ。それはおもしろい。そうやって教会の姫を馬鹿にできるだけでも普及させる価値がある」
ガール帝国の感情、グガが悦楽を表面に出した。
「それだけでなく、衛生面からしてもやる価値はある。私たちの国は病気を治す魔法が存在しないから、衛生面は常なる課題なのだ。本当に新しい概念だ。考えてみれば紙で拭くだけで大丈夫という感覚がおかしかった」
理解されすぎて気まずい。
ドラゴンの一号さんを見ると、床にうつぶせのまま拘束されているのに首をひねっていた。
「理解できない。理屈はわかるが、そこまで必要なことか。問題は起きていなかっただろう。機能からしてなかなか難しい改善になる。投資とリターンが釣り合ってないのではないか」
「あっちの姫を馬鹿にできるリターンはでかいよ。求心力絶対下がるよ」
「痔ろうは社会問題だ」
私が姫の立場だったら確かにつらいなと思いはじめた。憧れた姫のケツの穴に糞がついてるってのもつらい。グガは嫌がらせ担当なんだろうか。というか今お前たち全員のケツの穴に糞がついてるからな。私はこちらにきてまだしてないから大丈夫だ。
「昔はもっとおおらかだった。今は細分化が進み、多くの分野の専門家ができている。剣の種類でさえ異常なほどにある。それは敵を倒すためで理解できていた。しかし肛門を洗うことにさえ専門化される技術ができる以上、私の理解を超えたといえよう」
ドラゴン一号さんが間を作る。
私はその間、ケツの穴でなく肛門といえば少しは上品に見えたことに気づいて驚いていた。
「納得した。私は世界で枯れた老木だ。場所を移さないと新芽が育たない」
人格者だ。パーティの人たちが代わる代わるあいさつに来たのもうなずける。もっと話してみたい。無理な質問をして、その答えを聞きたい。そう思わせた。しかし納得したら、私が殺さないといけないのではなかったのか。
「この方は本当に死ぬ必要があるんですか?」
ムートとグガ、理性と感情は迷いなく肯定した。
「この一号は生まれて百年でこの世界の三分の二を殺した」
何も言い返せない。昔とはいえ、鳥取島根の三分の二、つまり東京の十分の一の人間を殺したのだ。今も生きているのはただ納得がないまま死ぬとまた同じ規模の破壊を繰り返すからだ。
「そう気負うではない。ヒタネ」
ドラゴン一号がはじめて私の名前を呼んだ。
「ドラゴンは死んでも別の形で生まれ変わる。お前はただ私という卵を割る手伝いをしてくれたらいい。古く世界に取り残された私ではなく、新しく世界とともに歩める私を生むのを手伝ってくれ」
迷いはそりゃある。私がうまくない。けれど納得できるところもあった。彼はこの世界に住む人々を理解したいのだ。破壊だけのドラゴンではなく。
「わかりました」
「ありがとうヒタネ。ムート、グガ、ありがとよ。それと私の世話をしてくれた一族の者はいるか」
「はい」
扉から部屋の扉から人の老年の男性が入ってくる。気に障らない足音を出せる人だった。