007
ヒデオたちが家に戻ると、ルルが慌てて駆け寄ってきた。
「ルル、ちゃんと寝てないとだめだろ」
「だって……」
レクレスは、少し不満そうな顔をするルルの背中を押して、ベッドまで連れて行った。
「あの犬は、ヒデオさんが追い払ってくれたよ」
「ほんとに?」
よかった。これでもう、お兄ちゃんがケガをせずにすむ。
ルルはベッドの中でほっとため息をついた。
「ありがとう、おじさん。リコちゃん」
「本当にありがとうございます。これで僕たちも、元の生活に戻ることこができます」
「いえ。困ったときはお互い様ですから」
レクレスとルルが同時に言うと、ヒデオは微笑みながら答えた。
「もうすぐ日が暮れます。よかったら、今日はここに泊まっていってください。明日、聖都までの道をお教えしますよ」
「すみません。よろしくお願いいたします」
ヒデオはレクレスに感謝し、頭を下げた。
「やった! リコちゃん。一緒にあそぼっ」
「はい!」
リコはヒデオの肩から離れると、元気よくルルのベッドまで飛んでいった。
夕食後、ヒデオは窓の外を眺めていた。
森の暗闇を照らすように、夜空にはたくさんの星々が瞬いている。
仕事の帰り道で、よく見上げた星空を思い出す。見慣れた星座はどこにもなかったが、その輝きは、どこにいても変わらない。
「何を見ているんですか?」
レクレスはヒデオの隣に立つと、その視線の先を追った。
「星、ですか」
「はい。空気が澄んでいるので、とてもきれいに見えますね」
「あまり意識したことはありませんが…」
レクレスは初めて聞く言葉の表現に首を傾げたあと、ヒデオと共に星空を眺めた。
後ろからは、ルルとリコの楽しそうな声が途切れることなく聞こえてくる。
二人は、本を読んだり、絵を描いたりして遊んでいた。ときどき、ドタバタと追いかけっこのようなことしているが、リコがベッドの外に逃げると、ルルは頬を膨らませて抗議した。
「ところで、ルルさんは、どこか具合が悪いのですか?」
窓の外を眺めたまま、ヒデオはたずねた。
「身体が弱いんです」
「いつからですか?」
「生まれたときからです。ほんの短い間立っているだけでも、体力を使い果たして倒れてしまいます」
「それは…。医者には……」
「そんなお金はありません」
レクレスは俯き、拳を握りしめた。
「けど、僕たちにはこの森があります。生まれたときから、ずっと僕たちを守ってくれたこの森が、森の恵みが、いつか、少しずつルルを治してくれるはずです。くだらないと思うかも知れませんが、僕はそう信じています」
それだけ言うと、レクレスは黙り込んでしまった。
そんな兄の後ろ姿を、ルルは、悲しげに見つめていた。
「どうかしましたかー?」
リコが、ルルの目の前で宙返りをする。
「ううん、なんでもない。それで、絵はできあがった?」
「はい、できましたよー! 自信作ですよー!」
リコが一枚の紙を引っ張り上げると、そこには、よれよれの線で、デッサンの狂った人形のような、ダンディズムあふれるナイスミドルが描かれていた。
「あはっ。へたっぴ!」
「ひ、ひどいですー! 鉛筆が大きすぎるんですー!」
「ごめんごめん。けど、雰囲気は出てると思うよ。新しい紙、いる?」
「うぅー…。つ、次はルルさんを描いちゃいます!」
「うん、お願い」
自分と同じぐらいの大きさのある鉛筆をうんしょと抱え、一生懸命に線を描いていくリコ。
ルルは、風の魔法で持ち上げればいいのに、と思いながら、そんなリコの様子を楽しそうに眺めた。
「できましたー!」
「あははっ。へたっぴ!」
「ひどいですー!」
「ごめんごめん。描いてくれてありがとう、リコちゃん。大切にするね」
ルルは、リコの頭を優しくなでたあと、自分が描かれた紙を大切にしまった。
「そういえば、なんでルルさんは描かないんですかー?」
「私は鉛筆を握れないの。指が震えちゃって。…そうだ。私を描いてくれたお礼に、リコちゃんにいいものあげるっ」
そう言うと、ルルは目を閉じて歌をうたった。
それは、ふ化する鳥を、芽を出す花を、夜明けの太陽を讃える、力強い歌だった。
ルルの穏やかな歌声は森へと広がり、やがて空へと伝わっていく。
森の動物たちは、足を止めて夜空を見上げた。
ヒデオはネクタイを正した。
レクレスは顔を上げた。
リコは涙を流した。
「……森から教わった大切な歌よ。どんな魔法よりも強いんだからっ。効果は……、うーん、そうね…。みんな元気になる、かなっ」
ルルは歌い終わると、少し照れくさそうに笑った。




