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039

 岩壁の薄暗い廊下では、多くの将校たちが、書類を片手に慌ただしく駆け回っていた。議論が紛糾した末路か、近くの会議室からは怒号が漏れ、広間の隅では、過失を起こしたらしい若い将校を古参の将校が怒鳴りつけている。

 帝都の王城は、相変わらず殺伐とした場所だな。自分が若造の頃はこの雰囲気に辟易したものだが、今となっては心地よさすら感じる。俺も偉くなった…、いや、歳を取ったということか。ふとそんな考えが頭をよぎって、ドルガンは自嘲するような笑みを浮かべた。

 王城の奥へと進む途中、久しぶりに身につけた正装が窮屈に感じて、つい襟元を緩めてしまう。…が、今から自分が行く場所を思い出して、すぐに締め直した。


 近衛師団付参謀長執務室。


 ドルガンは、そう書かれた部屋の前で立ち止まり、扉を軽く指で叩いた。中から反応がなかったため、仕方なく、「失礼します」と言ってそのまま入室する。

 部屋の中では、短い白髪に、清潔にまとめられた髭を蓄えた初老の男性が、気難しそうな表情で机に向かっていた。左右の机では、2人の女性秘書が同じように気難しげな表情で執務に追われている。


「ドルガン・フランネル。ただいま戻りました」


 敬礼とともにドルガンが言うと、ようやく初老の男性が顔を上げた。ドルガンの顔を見て、顔全体に皺を作りながら表情をほころばせる。


「おお、ドルガンか。元気そうだな。聖都の空気はうまかったか?」

「デュロイ殿こそ、お元気そうで何よりです。聖都の空気は……まあまあ、と言ったところですかな」


 ドルガンは、デュロイの調子に合わせるように笑顔で答えた。頓狂な質問はデュロイ流の前置きで、すぐに本題を切り出してくる。


「禁忌の森についての報告は、エッカート君から受けているよ。部隊を全滅させるとは、君らしくもない失態だな」

「面目次第もありません」


 言葉面の割には堂々とした態度のドルガンを見て、デュロイは朗らかに笑った。


「まあ、そんなに気に病む必要はあるまい。何せ君たちは、帝都の軍には存在しないことになっている部隊なのだからな。今まで通り出世街道を歩むことができるだろう。それに、禁忌の森にて妖精の存在を確認した功績は大きい。執政も喜んでおられたぞ」


 デュロイの労いの言葉を受けて、ドルガンは小さく頷いた。まだ、妖精がいると確定したわけではないのだがな…。どうやら、エッカートが報告書に色を付けてくれたようだ。優秀な部下を持つと助かる、いい例だ。


「それで、今後の我々の任務はどのようなものでしょうか?」


 今度はドルガンから切り出す。最悪、僻地への左遷を覚悟していたが、この様子だと禁忌の森の調査続行という線が濃厚か。

 するとデュロイは、急に困惑するような表情を見せて、嘆息を漏らした。


「そのことなんだがな……。カオリ君、彼に指示書を渡してくれ」


 デュロイに言われて、黒髪の女性秘書が、一枚の紙をドルガンへと手渡す。

 文面に視線を落とすドルガン。しばらく無言で読み続けたあと、眉根をひそめながら顔を上げた。これは少々、大げさすぎるのではないか…?


「何か思うところはあるかね?」


 その様子を観察していたデュロイが、ドルガンを試すような口調でたずねる。


「ありません。問題や障害もありません。身命を賭して任務を遂行いたします」


 ドルガンは、背筋を延ばし、踵を揃え、力強い声で答えた。

 それを見たデュロイは一瞬表情を曇らせたが、すぐに顔を引き締めて、ドルガンの決意を讃えるように大きく頷いた。


「ついては、欠員の補充と物資の補給をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「許可する。万全を期して臨んでくれ」


 デュロイより部隊編成のための承認を得たドルガンは、再び敬礼をしてから、回れ右をして執務室を後にした。

 廊下では、ラインズが休めの姿勢で待機していた。


「お疲れさまです。デュロイ殿への報告はいかがでしたか?」

「特に咎められるようなことはなかった。これからも、栄光ある帝都の秘密部隊としてやっていけそうだ」


 そう言って皮肉そうに笑う。ラインズも同調するように笑った。


「王城の陰では、我々に対する罵詈雑言が飛び交っております。それにも関わらず、王城での行動になんら制限がないのは、デュロイ殿が火消しに回ってくださっているおかげでしょうね」

「それがやつの、俺たちの上官としての役目だからな。――そして、次の俺たちの役目が決まったぞ、ラインズ。エッカートを呼べ。再びあの森へと向かう」

「了解しました。…それは、禁忌の森の調査を続行するということでしょうか?」


 ラインズの問いに対し、ドルガンは何も答えず、無言のまま指示書を差し向けた。指示書を見たラインズの表情がみるみる険しくなっていく。


「…まさか、このような命令を承服したのですか?」


 ラインズは、半ば信じられないといった様子でドルガンにたずねた。


「王子直々のご命令だ。やるしかなかろう」


 ドルガンは語気を荒くして言うと、近くの松明の火の中へ指示書をくべた。

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