表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/50

021

 次の日。レーウェルに着いてすぐ、今まで元気よく歩いていたターシャが突然倒れた。

 慌ててジーグが駆け寄る。ターシャの額に触れて、その熱に驚く。

 ターシャは、苦しそうに息を荒らげ、額には大粒の汗が浮かんでいた。


「とにかく、宿へと運びましょう」


 ジーグはヒデオの言葉にうなずき、ターシャを背負って歩き出した。


「いきなりどうしたんだ、こいつは…」

「わかりません。熱があるということは、何かの病気にかかったのかも知れませんが…」


 ヒデオたちが宿に戻ると、ターシャを背負ったジーグを見て、おばさんが首をかしげた。部屋へと向かい、ターシャをベッドの上に寝かせる。

 しばらく様子を見ていたが、意識が戻る様子はなかった。私たちでは何もできない。早く医者を呼ばなければ。しかし、この町に医者はいるのだろうか。ヒデオがジーグにたずねようとしたとき、おばさんが部屋の中に入ってきた。


「彼女、体長が悪いのかい?」


 ヒデオがうなずく。

 おばさんは、ベッドの側に腰を下ろし、ターシャの額に手を触れた。


「……ひどい熱だね。今、水を持ってくるから待ってな」


 そう言って、おばさんは階下へ降りて行った。


「ジーグさん。この町に医者はいますか?」


 ヒデオの質問に、ジーグは渋い顔をした。


「魔女の秘薬だとか、カエルの内臓だとか、怪しげなもんを「薬」と称して高額で売りつける、糞医者しかいねぇな。まともなのは、聖都まで行かねぇとダメだ」

「魔女……、カエル…」


 ヒデオは呆れて言葉を失ってしまった。

 聖都に行くとしても、半日、往復で一日か。早めに向かえば、なんとかなるかもしれないが…。


「それに、俺たちはまともな金を持ってねぇ。医者は、基本的に裕福なやつらが行くところで、貧乏人は相手にしないからな。この町まで引っ張ってくるのは、かなりの金が必要になるだろうよ。妖精鉱を金に変えるにも、物がモノだけに、時間がかかるし…。くそっ、どうすりゃいい」


 ジーグは苛立たしげに頭をかいた。二人が、何か手はないかと考えていると、おばさんが水差しを持って戻ってきた。塗れた布巾をよく絞り、ターシャのメガネを取った後、額の汗を丁寧に拭いていく。


「悪いけど、あたしにできることはこれぐらいだよ。あとは、安静にして、様子を見るしかないね」


 様子を見る…、ね。ジーグはターシャの顔をのぞいた。

 先ほどよりは、少し、表情が落ちついたように見えるが、相変わらずその高熱と汗の量は尋常ではなかった。このまま意識が戻らなければ、体力を消耗し、いずれ命に関わるだろう。――それはまずい。それは困る。ターシャがいなくなったら、せっかくの金策が水の泡だ。なんのために、苦労してあの危ない鉱山へ行ったんだ。


「ジーグさん。申し訳ありませんが、ここで、ターシャさんを診ていてもらえますか?」


 ジーグは、ヒデオの言葉で我に返った。


「どういうことだ?」

「少し、行くところがありまして。すぐに戻ります」


 そう言うと、ヒデオは鞄を持ち、宿を出て広場へと向かった。

 広場では、商人たちが並べた露店のほかに、まだ10代半ばほどの少年少女たちが声高に呼売を行っていた。辺りを見回すと、子供たちに混じって、リンゴを売っている女性を見つけた。

 あの人か…。ヒデオが、ゆっくりと女性に近づく。

 短い金髪で、ほっそりとした体格の背が高い女性は、首から下げたリンゴの袋を重たげに動かして、ヒデオの方を向いた。


「一個50ラルド。三個なら120ラルドだよ。おじさん」

「いえ、私は、リンゴは……」


 ヒデオは言葉を濁したあと、再び口を開いた。


「私はヒデオと言います。実は、ドルガンさんにお会いしたくて、あなたを訪ねました」


 女性の動きがぴたりと止まる。

 そして、何かを言い出そうとしたそのとき、数人の子供たちが、女性の周りに集まってきた。


「メリア姉ちゃん。このおじさん、誰?」


 子供のひとりが口を開く。子供たちは、ヒデオの服装に訝しげな視線を向けていた。


「この人は私の知り合いだ。少し、家で話をしてくるから、おまえたちは仕事を続けろ。この広場以外で物を売るんじゃないぞ」


 はーい、とうなずく子供たち。すると、子供たちのまとめ役だろうか、一番背の高い少女が手を挙げた。


「ねえ、お姉ちゃん。私にも虫取り紙の作り方教えてよ。男たちばっかり、ずるいわよ」

「何言ってんだ。そんなことしたら、俺の取り分が減るだろうが。おまえら女は、一生靴磨きをしていろ」


 少女と少年が口喧嘩を始めた。


「わかったわかった。今度、みんなに草パンの作り方を教えてやろう。ちょうど実りの時期だから、安く作って、高く売れるぞ」


 子供たちを落ち着かせるように、メリアが微笑みながら言うと、子供たちは「やった!」「これで楽できるな!」と喜びの声を上げた。

 メリアは、薄汚れた顔で屈託なく笑う子供たちを見て、憂鬱な気分になった。彼らは、大人から仕入れの方法を学ぶと、朝から晩まで、貧しい家庭を助けるために働くのだ。当然、いつも売買がうまくいくわけではなく、収入が途切れ、家に帰ることができない子供たちは、路上に寝泊まりし、少年は賭け事に、少女は身売りに手を染めることが多かった。慈悲のない社会構造。こんな事態になったのも、全て聖都の失策のせいだ。

 ふとヒデオの視線を感じて、メリアは思い出したように口を開いた。


「こっちです。ついてきてください」


 ヒデオは、メリアに案内されて広場から離れると、路地裏にある、小さな家へと入った。

 薄暗い部屋の中では、ドルガンがイスに座っていた。ヒデオを見て、いつものように笑う。


「来てくれると思っていた。ヒデオ。さあ、楽にしてくれ」


 メリアにイスを勧められて、ドルガンの前に座る。

 二人暮らしにしては、食器や家具の数が多いな。ヒデオはそんなことを思いながら、部屋を見回した。


「そういえば、妖精たちは一緒ではないのか?」

「はい。今は休ませています」

「そうか。――おっと、そうだ。紹介が遅れたな。彼女…、メリアは私の友人でね。貧しい生活を乗り気るため、昼間はリンゴ売りとして働いてもらっているんだ」


 ドルガンは口から出まかせを言った。部隊のこと、メリアが妖精鉱の横流し経路を調査していることは、わざわざ伝える必要もない。


「…で、念のために聞くが、ここに来た理由はなんだ?」


 ドルガンがたずねると、ヒデオは真剣な表情で口を開いた。


「昨日、あなたが話した、眼鏡をかけた女性を覚えていますか?」

「ああ。あの口の減らない女か。覚えている」

「その女性が、今、高熱を出して意識を失っています。おそらく、鉱山での出来事が原因だと思うのですが、私たちには打つ手がなく、とても切迫した事態となっています。そこで、彼女のために、あなたの力を貸してほしいのです」


 しばらくの間、無言のまま腕を組むドルガン。


「それが、私がおまえたちの仲間になる条件というわけか」

「仲間として、仲間のために力を貸すのは、至極当然なことではないでしょうか」


 ドルガンは、険しい表情でヒデオの顔を見たあと、ふっと笑い、表情を崩した。

 至極当然、か…。まあ、今はそれも悪くない。


「…いいだろう。私たちを、その女のところへ案内してくれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ