021
次の日。レーウェルに着いてすぐ、今まで元気よく歩いていたターシャが突然倒れた。
慌ててジーグが駆け寄る。ターシャの額に触れて、その熱に驚く。
ターシャは、苦しそうに息を荒らげ、額には大粒の汗が浮かんでいた。
「とにかく、宿へと運びましょう」
ジーグはヒデオの言葉にうなずき、ターシャを背負って歩き出した。
「いきなりどうしたんだ、こいつは…」
「わかりません。熱があるということは、何かの病気にかかったのかも知れませんが…」
ヒデオたちが宿に戻ると、ターシャを背負ったジーグを見て、おばさんが首をかしげた。部屋へと向かい、ターシャをベッドの上に寝かせる。
しばらく様子を見ていたが、意識が戻る様子はなかった。私たちでは何もできない。早く医者を呼ばなければ。しかし、この町に医者はいるのだろうか。ヒデオがジーグにたずねようとしたとき、おばさんが部屋の中に入ってきた。
「彼女、体長が悪いのかい?」
ヒデオがうなずく。
おばさんは、ベッドの側に腰を下ろし、ターシャの額に手を触れた。
「……ひどい熱だね。今、水を持ってくるから待ってな」
そう言って、おばさんは階下へ降りて行った。
「ジーグさん。この町に医者はいますか?」
ヒデオの質問に、ジーグは渋い顔をした。
「魔女の秘薬だとか、カエルの内臓だとか、怪しげなもんを「薬」と称して高額で売りつける、糞医者しかいねぇな。まともなのは、聖都まで行かねぇとダメだ」
「魔女……、カエル…」
ヒデオは呆れて言葉を失ってしまった。
聖都に行くとしても、半日、往復で一日か。早めに向かえば、なんとかなるかもしれないが…。
「それに、俺たちはまともな金を持ってねぇ。医者は、基本的に裕福なやつらが行くところで、貧乏人は相手にしないからな。この町まで引っ張ってくるのは、かなりの金が必要になるだろうよ。妖精鉱を金に変えるにも、物がモノだけに、時間がかかるし…。くそっ、どうすりゃいい」
ジーグは苛立たしげに頭をかいた。二人が、何か手はないかと考えていると、おばさんが水差しを持って戻ってきた。塗れた布巾をよく絞り、ターシャのメガネを取った後、額の汗を丁寧に拭いていく。
「悪いけど、あたしにできることはこれぐらいだよ。あとは、安静にして、様子を見るしかないね」
様子を見る…、ね。ジーグはターシャの顔をのぞいた。
先ほどよりは、少し、表情が落ちついたように見えるが、相変わらずその高熱と汗の量は尋常ではなかった。このまま意識が戻らなければ、体力を消耗し、いずれ命に関わるだろう。――それはまずい。それは困る。ターシャがいなくなったら、せっかくの金策が水の泡だ。なんのために、苦労してあの危ない鉱山へ行ったんだ。
「ジーグさん。申し訳ありませんが、ここで、ターシャさんを診ていてもらえますか?」
ジーグは、ヒデオの言葉で我に返った。
「どういうことだ?」
「少し、行くところがありまして。すぐに戻ります」
そう言うと、ヒデオは鞄を持ち、宿を出て広場へと向かった。
広場では、商人たちが並べた露店のほかに、まだ10代半ばほどの少年少女たちが声高に呼売を行っていた。辺りを見回すと、子供たちに混じって、リンゴを売っている女性を見つけた。
あの人か…。ヒデオが、ゆっくりと女性に近づく。
短い金髪で、ほっそりとした体格の背が高い女性は、首から下げたリンゴの袋を重たげに動かして、ヒデオの方を向いた。
「一個50ラルド。三個なら120ラルドだよ。おじさん」
「いえ、私は、リンゴは……」
ヒデオは言葉を濁したあと、再び口を開いた。
「私はヒデオと言います。実は、ドルガンさんにお会いしたくて、あなたを訪ねました」
女性の動きがぴたりと止まる。
そして、何かを言い出そうとしたそのとき、数人の子供たちが、女性の周りに集まってきた。
「メリア姉ちゃん。このおじさん、誰?」
子供のひとりが口を開く。子供たちは、ヒデオの服装に訝しげな視線を向けていた。
「この人は私の知り合いだ。少し、家で話をしてくるから、おまえたちは仕事を続けろ。この広場以外で物を売るんじゃないぞ」
はーい、とうなずく子供たち。すると、子供たちのまとめ役だろうか、一番背の高い少女が手を挙げた。
「ねえ、お姉ちゃん。私にも虫取り紙の作り方教えてよ。男たちばっかり、ずるいわよ」
「何言ってんだ。そんなことしたら、俺の取り分が減るだろうが。おまえら女は、一生靴磨きをしていろ」
少女と少年が口喧嘩を始めた。
「わかったわかった。今度、みんなに草パンの作り方を教えてやろう。ちょうど実りの時期だから、安く作って、高く売れるぞ」
子供たちを落ち着かせるように、メリアが微笑みながら言うと、子供たちは「やった!」「これで楽できるな!」と喜びの声を上げた。
メリアは、薄汚れた顔で屈託なく笑う子供たちを見て、憂鬱な気分になった。彼らは、大人から仕入れの方法を学ぶと、朝から晩まで、貧しい家庭を助けるために働くのだ。当然、いつも売買がうまくいくわけではなく、収入が途切れ、家に帰ることができない子供たちは、路上に寝泊まりし、少年は賭け事に、少女は身売りに手を染めることが多かった。慈悲のない社会構造。こんな事態になったのも、全て聖都の失策のせいだ。
ふとヒデオの視線を感じて、メリアは思い出したように口を開いた。
「こっちです。ついてきてください」
ヒデオは、メリアに案内されて広場から離れると、路地裏にある、小さな家へと入った。
薄暗い部屋の中では、ドルガンがイスに座っていた。ヒデオを見て、いつものように笑う。
「来てくれると思っていた。ヒデオ。さあ、楽にしてくれ」
メリアにイスを勧められて、ドルガンの前に座る。
二人暮らしにしては、食器や家具の数が多いな。ヒデオはそんなことを思いながら、部屋を見回した。
「そういえば、妖精たちは一緒ではないのか?」
「はい。今は休ませています」
「そうか。――おっと、そうだ。紹介が遅れたな。彼女…、メリアは私の友人でね。貧しい生活を乗り気るため、昼間はリンゴ売りとして働いてもらっているんだ」
ドルガンは口から出まかせを言った。部隊のこと、メリアが妖精鉱の横流し経路を調査していることは、わざわざ伝える必要もない。
「…で、念のために聞くが、ここに来た理由はなんだ?」
ドルガンがたずねると、ヒデオは真剣な表情で口を開いた。
「昨日、あなたが話した、眼鏡をかけた女性を覚えていますか?」
「ああ。あの口の減らない女か。覚えている」
「その女性が、今、高熱を出して意識を失っています。おそらく、鉱山での出来事が原因だと思うのですが、私たちには打つ手がなく、とても切迫した事態となっています。そこで、彼女のために、あなたの力を貸してほしいのです」
しばらくの間、無言のまま腕を組むドルガン。
「それが、私がおまえたちの仲間になる条件というわけか」
「仲間として、仲間のために力を貸すのは、至極当然なことではないでしょうか」
ドルガンは、険しい表情でヒデオの顔を見たあと、ふっと笑い、表情を崩した。
至極当然、か…。まあ、今はそれも悪くない。
「…いいだろう。私たちを、その女のところへ案内してくれ」




