002
青年が痛みをこらえながら顔を上げると、そこに、見たこともない格好をした男が立っていた。
誰だ。いや、それよりも、敵か味方か――思考を中断して、叫んだ。
「危ない!」
黒い影がヒデオへと襲いかかった。
ヒデオは、身体をひねってそれを避けると、そのままの運動力を利用し、回転して蹴りを叩き込んだ。
それは、黒と灰色が混じった毛をした大きな犬のようだった。ヒデオの蹴りで飛ばされた犬は、ゆっくりと起き上がり、牙を剥き出して短くうなったあと、向きを変えて森の奥へと逃げていった。
その様子を、青年は唖然として見つめていた。
「もう大丈夫みたいですね」
「は、はい…。ありがとうございます…」
ヒデオは微笑みながら、頭を下げる青年の格好を見た。
胸元が太糸で結ばれた長袖の上着。黒色のズボンに簡素な革靴。日本ではまず見られない服装だ。そして、青年が腰に携えている長めの鞘。どう見ても剣が収まっている。日常生活で使うようなものではない。この青年は、一体、何者なのだろうか。
「あの…」
「ああ、すみません。立てますか?」
青年は、ヒデオが伸ばした手につかまり、立ち上がるが、ぐらりと身体が傾いて尻もちをついてしまう。
「どこか痛みますか?」
「足が…。くじいたみたいです。けど、大丈夫です。たいしたことありません」
「見せてください」
「い、いえっ。大丈夫です」
青年は勢い良く立ち上がると、あらためて頭を下げた。
「本当にありがとうございました。…あの、では、急ぎますので」
そう言って、おぼつかない足取りで茂みの奥へと入っていった。
ヒデオは、青年を見送ったあと、腕を組んで考え込んだ。
彼の格好を見ると、ここは日本ではない。どこか私の知らない国だ。
異国。
そう、異国。日本ではない。
では。なぜ。私の話す日本語が通じたのだ。たまたま相手が日本語を理解できただけかも知れない。しかし、それにしてはあまりにも流ちょうすぎる。考えれば考えるほど、この場所の謎は深まるばかりだ。
とにかく、もっと情報がほしい。人がいたということは、どこかに人が集まる場所があるだろう。そこに行けば何かわかるかも知れない。
当面の目標はこれで決まった。今思えば、さっきの青年に聞いておけばよかったのだが、まあ、仕方あるまい。自分で探そう。地図もない上に携帯電話も使えないので、それしか方法はない。
――携帯電話?
ヒデオは、はっとして、ズボンのポケットの中へと手を入れた。
むにっ。
ポケットの中に手を入れた瞬間、なにか、柔らかくて温かいものに触れた。不思議に思い、ポケットの中から引っ張り出す。
ヒデオは、それを見て、目を細めた。
ポケットから出てきたものは、背中から羽を生やした「小さな」少女だった。




