013
ぺろぺろ。
誰かに顔をなめられている。
ジーグが目を開けると、ニウが心配そうに顔をのぞき込んでいた。
「…ああ、もう大丈夫だ」
ジーグは、ニウの頭をなでながら、ゆっくりと立ち上がった。
「目が覚めたかい。ジーグ」
おばさんが、待ってましたと言わんばかりに、ジーグの前に立った。その表情には疲労の色がにじんでいる。
「これは一体どういうことだい?」
これ? これってなんだよ。
何を言っているのかがわからず、ジーグは辺りを見回した。
瞬時に表情を凍り付かせる。
部屋の中は凄惨な有様だった。
床は水浸し。家具はバラバラになって散乱。窓は壁ごと吹き飛んでいる。おかげで外の町並みがよく見えた。人が集まり、子供たちが笑いながら見上げていた。
すぐさま、ジーグは申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すまん…。やっちまった…」
「一体、なにがあったんだい?」
「色々とあった…。ほんと、すまん……。悪いと思ってる…」
おばさんは、大きなため息をついたあと、何も言わずに部屋を出て行った。
おそらく、弁償を求めることはせず、黙って許してくれるのだろう。そんなおばさんの優しさが、逆に、ジーグには堪えた。
金儲けのために、こすいことを画策した結果がコレか。情けねぇ。
肩を落として落ち込むジーグの元に、ヒデオとターシャが歩み寄る。
ターシャは、へらへらと笑いながら、豪快にジーグの背を叩いた。
「やっ、おにーさん。元気出して。人生、山あれば海ありだよっ。生きていれば、そのうちいいことあるよ、きっと、たぶん」
「うるせーよ…」
「申し訳ございません。部屋を壊してしまったのは、私の責任です」
「いや、おっさんのせいじゃねーし……。なんつーか…、自滅っつーか…。泣けてくるな…」
ジーグは鼻声で話した。
「あ、あーーっ! こ、ここここんなところに昨日の妖精鉱がぁー!?」
唐突に、ターシャが大げさな動きで妖精鉱を取り出した。
妖精鉱をジーグの目の前でちらつかせながら、にやにやと笑う。
「……昨日の件、まだ有効よ? お金いるんでしょ? でしょお?」
ジーグは、ターシャを殴り倒そうとする衝動をかろうじてこらえた。
「ジーグさん。やりましょう。私にも、手伝わせてください」
ヒデオがターシャの依頼に乗った。
それを聞いて、ジーグは、しばらく無言で考えた。
三ヶ月、遊んで暮らせるだけの金、か。
うさんくせえ女だが、ここまでしつこく誘ってくるのには、何か訳があるにちがいない。そこに、少なからず金の匂いを感じる。
今は、二ヶ月、いや一ヶ月分でも金が欲しい。だが、次の仕事の当てはない。そう考えると、これは、おばさんに金を返すいい機会じゃねぇか。
ジーグは、勢いよく顔を上げて叫んだ。
「ちくしょう! やってやんよ! やりゃあいいんだろうが!」
「よっ、領主様! そうこなくっちゃ!」
ターシャは、ぺちぺちと手を叩いて拍手した。
「だが、条件がある」
ジーグがそう言うと、ターシャは目を細めて、ぴたりと拍手を止めた。
「おまえの素性と目的を教えろ。学者が化け物退治だ? どこの世界に、そんな奴がいるってんだよ」
「はいはーい。ここにいるよーん」
「ふざけんな。こっちだって命を張るんだぞ」
ターシャは、ジーグに真剣な表情で詰め寄られて、やれやれと首をすくめた。
そして、咳払いをひとつすると、まじめな顔を作って話し始めた。
「学者っていうのは本当。ただ、それとは別に副業をしているの。それがーー」
ターシャは、妖精鉱を目の前に掲げた。
「妖精狩りよ」
日の光を受けて、赤く、怪しく輝く石。
何か言いたげな表情で眉をひそめるジーグをよそに、ターシャは言葉を続けた。
「例の鉱山なんだけど、どうも、私の勘だと、妖精のにおいがするのよ。で、私の目的は、その妖精を捕まえること。あなたちには、事件解決の報酬として、聖都から支払われるお金を全額あげるわ。…お互いに助け合って、お互いが求めるものを手に入れる。いい条件だとは思わない?」
言い終えて、にんまりと笑う。
ヒデオは、ずっとターシャの言葉の意味を考えていた。
妖精狩り。あまり良い印象を持つ言葉ではない。妖精を捕まえるとは、一体、どのようにして行われるのだろうか。
リコ。そして、先ほど現れたティティス。彼女らは、何者で、なぜ自分を主人と呼ぶのだろうか。
わからない。自分の無知さがもどかしい。
「…ターシャさん。ひとつお願いがあります」
「ん? なぁに?」
これ以上知ってしまうと、これ以上この世界に深入りしてしまうと、もう戻れなくなるのではないかという不安が、一瞬頭をよぎった。
ヒデオは一拍おいてから、ゆっくりと口を開いた。
「私に、妖精について、教えていただけませんか」




