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1、『神楽坂瑞希の非日常』

「「「瑞希様。ごきげんよう」」」

「はいごきげんよう」


 うふふおほほと笑う女子たちにおざなりな返事をして俺は席に着く。

 クーラーのかかっている教室内は夏の季節には強い味方だ。

 暑さに集中力を乱されず、快適に勉学に励める。


 この鶴ヶ丘中等学校は所謂お金持ち学校だ。

 一言で全貌を表すと『デカい』。

 これに尽きる。

 正門正面には巨大な学び舎が鎮座していて、校舎裏には千台収容可能な駐車場がある。

 校庭の広さはなんと東京ドーム一個分で、もはや庭じゃないだろそれと言いたくなるレベルだ。


 裏門の端ーーつまり駐車場の左には、設備の揃った公園が配置されていて、右には部活練が建ち並んでいる。

 他にも室内プールや演劇場、特別練、体育館と名がついたドーム状の何かなど、語り出したら一日が終わってしまうだろう。


 そんな我が校の二年C組に俺は在籍している。

 有象無象のラブレター共を中身も見ずにゴミ箱の中にシュートして、今まさに自分の席にゴールしたところだ。


 クラスの数はなんとAからMまである超マンモス校で、通う生徒全てが例外なくお嬢様お坊ちゃまである。

 多すぎて名前も知らないどころか顔さえも知らない輩が蔓延っていて、そんな汚物たちに俺は毎日金目当てに告白されている。

 あまりお近づきになりたくない現実に霹靂としていると、隣の席から視線を感じた。


「瑞希様。今日もお綺麗ですわ」

「ああそう、アリガトウ」


 隣の席の岡本さんだ。

 ポニーテールがチャームポイントの儚げな美少女だ。

 見た目だけならな。


 十人中七人は振り返るであろう可憐な顔つきをしている岡本さんだが、騙されてはいけない。

 俺はこの十三年で学んだのだ。

 女がいかに醜く残酷な生き物なのかを。

 なまじ男心がわかるだけにその衝撃は計り知れなかった。


 強い者には媚びを売り、弱い者は徹底的に淘汰する。

 恭順する者のみに手をさしのべて、輪に入らない者は虫と見なす。

 だがその様を男には決して悟らせない。

 なんとおぞましい生物なのだろうか。


 幸いにも俺は強い者の側に位置している。

 それも『超』がつくほどの。

 権力を振りかざせば教師だって逆らえやしない。


 だから俺は決意している。

 弱い者が理不尽な羽目にあっていたら、遠慮せずにその権威を振りかざすと。

 強い力をさらに強い力で叩き潰し、歯も着せぬ物言いで罵倒すると。

 弱い力を強い力で包容し、優しい言葉で平穏へと導くと。

 決意しているんだが……。


「また告白されたようですわね? おモテになって羨ましいですわ」


 俺の適当な言葉にめげずに健気にも喋りかけてくる岡本さん。

 これが金髪ツインドリルで下唇でも噛み締めながら睨みつけてきたりしてたら完璧な言葉だ。

 しかし現実ではそんな雰囲気は見られない。

 傍から見ても直接凝視しても心から祝福してるとしか思えない。


 そうなのだ。

 この学校に入学してから一切問題に遭遇していないのだ。

 正義を求めるという事は悪を求める事と同義だとどっかのエロゲが言っていたが、これではせっかくの決意が無駄になってしまう。

 俺はため息を一つ吐く。


「それはわたしが神楽坂財閥の娘だからだよ。いちいち相手にしてらんないよ」


 客観的にも主観的にも至極当然な事実を伝えると、岡本さんはまあ! とでも言い出しそうな表情でお上品に口に手のひらを充てがった。


「まあ! そんな事ありませんわよ? 前々から思っていましたけれど、瑞希様はご自分を卑下しすぎですわ」


 訂正。

 本当に言いやがったよコイツ。

 俺は眉根を寄せながら鞄から手鏡を取り出す。


「そうかなぁ」


 すっかり見慣れてしまった自分の顔とにらめっこしてみる。

 長い黒髪は自慢だが、他は正に平凡。

 まあ、両親である豚二匹の遺伝子を回避して小さい体躯と細い手足を維持できてる事は神様に感謝しているが。

 誓ってもいい。

 これは卑下ではない、確固たる真実だと。

 俺は手鏡を鞄に戻し首を小さく横に振る。


「やっぱり平凡だよ。非凡でひしゃげた顔面にならなかっただけ幾分かマシ、といった感じかな」


 主に両親とかな。


「瑞希様が平凡なら私達は猿になってしまいますわね。猿の惑星が完成してしまいますわ」

「いやいや、お世辞を言うにしたってもう少し現実味のある例えにして欲しい」


 笑顔でとんでもない事言ったぞコイツ。

 心配しなくてもあと二年もすれば男子は全員猿になって猿の学校が作れるよ。


「いえいえ。お世辞だなんてとんでもないですわ! 私の目を見てくださいませ。本気と書いてマジですわ」

「え、いや。うん。あ、はい。ソウデスネ」


 いや、こえーよ。

 思わず敬語になっちゃったくらい怖かったよ。

 なんというか、あれだった。

 ハイライトを入れてない目みたいな?

 まさにそんな感じだった。

 殺す気と書いてマジだった。


「お、岡本さん。そろそろSHRだよ」

「あらあら? もうそんな時間だったのですわね」


 そう言って消えていたハイライトを戻し、佇まいを直す岡本さん。

 俺も机の中をまさぐり一限目に使う教科書を出しておく。


「ごきげんよう。出席取るぞー」


 ベストなタイミングでからりとドアが開かれ、担任の斎藤先生が出席簿を片手に入ってきた。

 先生は三十代のおじさんだ。

 もさりと生えた手入れのしてない顎髭が職務の忙しさを強調している。

 教壇の後ろに立った先生は言葉通り出席確認を開始する。


「安藤」

「はい」

「相沢」

「はい」


 先生の渋く低い声は不思議とよく通る。

 その声で次々とクラスメイトが呼ばれてゆく。


「岡本」

「はい」


 岡本さんが呼ばれたから次は俺の番だな。


「神楽坂様」

「…………はい」


 これが教師が俺に逆らえない所以だ。

 他は呼び捨てなのに一人だけ神楽坂様だ。

 クラスメイトも神楽坂様か瑞希様だし、普通の友人が欲しいと思ったのは一度や二度ではない。

 友達は金では買えないのだ。

 歯切れの悪い返事に何を思ったのか、斎藤先生はこちらに詰め寄ってきた。


「どうしました? 体調が悪いんですか? すぐに保健室にお運びしましょう」

「へ? いや、大丈夫ですよ」

「神楽坂様。あなたに何かあったら俺がどうなるかわかりますか?」

「え。どうなるんですか」


 斎藤先生は真剣な眼差しで俺を見つめ、深く息を吸い込んだ。


「俺の首が飛びます」


 マジかよ。

 え、何? 俺そんなに豚二匹に愛されてんの?

 いやいや、そこまではしないでしょうよ。


「いや、さすがにそれは」

「物理的に飛びます」

「まさかの物理!?」


 思わず突っ込みを入れてしまった。

 何をぶっとんだ事を真剣に語っとるんだこのおっさんは。

 その発想はもっと別のところで役立てて欲しいと切に願う。

 ともかく誤解は晴らさねばなるまい。


「あの。本当に大丈夫ですから。出席確認を続けてください」

「しかしですな……。あ、なるほど」


 斎藤先生は手のひらにポンと拳を叩き、神託をえたかのように表情を綻ばせる。


「察するに、女の子の」

「「「『マギテック! 貫き廻れ紅の矢!』」」」


 先生が何かを言い終える前に、生命を終える勢いの矢が数名の生徒から放たれた。

 矢は綺麗に弧を描き、炎の残滓を撒き散らしながらターゲットに吸い込まれた。


「うわっ!? 危ないな!」

「危ないな、じゃありませんわ! 先生の言動が危ないです!」

「さいってー」

「そうだそうだ!」

「むしろ顔が危ない」

「存在が危険ですわ」


 障壁で難を逃れた先生に、矢が飛んだ次にはブーイングの嵐が飛んだ。

 やがて嵐は大型となり、世界は滅びた。

 いやいや、滅びてない。

 落ち着け。

 ボイコットが起こりそうではあるかもしれないが、まだ間に合う。

 俺本人からすれば生理の周期くらいじゃ目くじら立てないし、そもそもまだ時期じゃない。


 この世界じゃ喧嘩は拳の代わりに魔法が出る。

 どこの世紀末だそれは。

 つまり魔法=拳であり、矢を向けたという事は先生を殴ったと同義だ。

 危ないなで済んじゃうあたり頭がおかしいとは思うけど、問題になる前に場を収めよう。


 俺はバンと机に力強く両手をつき立ち上がる。

 あ。

 力入れすぎたわ、涙でそうだ。


「……出席確認を続けてくだしゃい」


 涙堪えてたら噛んだ。

 今度は別の意味で泣きそう。

 具体的に言うと、舌の痛みと恥ずかしさと自分に集中する無言の視線的な意味で。


 矢は束ねたら折れないって言うじゃん?

 そんなに視線を束ねられたら俺の心は折れるよ?

 何その「これはレアなものを拝見できましたわ!」みたいな目は。

 我慢してた涙腺が決壊しちゃうぞ。

 いいの?

 泣くよ、マジ泣きするよ。


 本気で惨めに泣きそうになっていたら、斎藤先生は無言で出席簿を開いた。


「出席確認を再開する。俺たちは何も見てない。そうだろう?」

「「「「「はい」」」」」 


 今度は優しさに泣きそうになった。

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