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0、『神楽坂瑞希の非常識』

「やっべ、遅刻だ!」


 誰かの叫び声があがる。

 ここはちょっとした観光先にもなっている駅前の広場だ。

 巨大な石像が中央を陣取り、そこを噴水が円形に囲っている。

 デートなどの待ち合わせにもよく使われており、クリスマスには大勢のリア充共がごった返す。

 まあ、爆発すればいいのにとは思うが今の季節は夏だ。

 この時期から妬んでいたら、きっとイブには一人の阿修羅が包丁をここでぶん回す事になるだろう。

 今は通勤する人々や通学する学生たちがあふれているだけだ。

 平常心。

 平常心。

 自重して俺は周辺に視線を巡らせる。


「だぁー……。しゃあねぇ、急ぐか」


 どうやら叫び声の主はサラリーマンらしい。

 暑さにやられたのか、タイを緩めてだらしなく第三ボタンまでシャツを開いている。

 ハンカチで大量の汗を拭っているところを見ると、走ってきたのかもしれないな。


 話は変わるが俺には、『前世の神楽坂瑞希』としての記憶がある。

 死因はまあ、不幸な事故だった。

 飲酒運転のトラックが十六歳の男子高校生を跳ね飛ばす。

 新聞の隅にちょこんと載って、しばらくすれば他人からは忘れられる程度のよくある話だ。


 社会人の平均収入をやや下回る両親に産み出されて、友人は広く浅く作り、容姿は十人並み。

 将来の夢はと聞かれたら公務員と即答してたし、ロマンを追い求めるより堅実な現実を目指す。

 そんな男だった。


 で、今の俺も神楽坂瑞希だ。

 それはもう裕福でふくよかな両親に産み出されて、友人は広く浅く作り、容姿はやたらもてはやされるが、俺は中の下くらいだと思っている。

 将来の夢はと聞かれたらなんだろうなぁと答えるし、ロマンも夢も現実もお金でなんとかしてしまう。

 そんな十三歳の女だ。


 はい、女。

 いやそれはいいんだ。

 十三年も生きていれば慣れてしまうし、男心との葛藤なんかとうの昔に通り過ぎた。

 八割がた諦めている。

 ちなみに心中の一人称が残りの二割だ。

 男性に恋心を抱けるかは不明。

 まぁ、今重要なのはそこじゃない。


「すいませーん! 空飛びます! 場所空けてくださーい!」


 先程のサラリーマンが雑踏の中で一際大きな声を出してそう叫んだ。

 それと同時に「空飛ぶのね? はい、どうぞ」とばかりに人の波が割れる。


「ご協力ありがとうございまーす! 『マギテック! 天駆け空踏む大地の翼!』」


 そしてぴゅーっと空を飛ぶサラリーマン。

 もちろん着衣はリクライニングスーツで。

 うん、おかしいよね。


 この世界には魔法がある。

 車もあるしピストルだってある。

 だけどそれらの原動力は魔力というわけのわからない力で動いている。

 同じなのは見た目だけで、構造は俺が知っている世界のものとは全く異なるのだ。


 ためしに両親に鉄砲について説明したら、「そんなもの障壁で弾き返せばいいだけではないか、武器にすらならんわ。ハッハッハッハ!」と一笑されて議論は終わった。

 つまり、この世界では魔法が常識となっていて、それを異常だと感じる俺こそが異端になるという事だ。

 世の中ままならないな……。マジで。


 サラリーマンをじと目で見ていた俺は軽く落としていた肩を持ち上げる。


「はぁ……、学校いこっと」


 車通学はなんとなく嫌だったから、俺は毎日歩いて登校している。

 学校に指定されているチェックのスカートをはためかせ、今日も俺は異常で非常識な常識のこの世界で生きていくのだった。

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