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ダグダグサマ  作者:
1/3

 

 『遠野物語』には、ある地方における伝承というものが詳細に記録されているわけだが、おそらく、それ以外の日本または世界の各地域においても、やはりそれぞれの土地にまつわる言い伝えというものが存在しているのだろう。

 実のところ、かくいう自分の住む地域にも、それはある。特にどうという話ではないのだが、この際古きをたずねてみるのも一興かと思う。

 又聞きのために、おおざっぱな内容となってしまい心苦しいのだが、ご紹介しておきたい。

 言い伝えにまつわる事の発端は、現代から始まっている。



 まだ小さかったころの自分は、俗にいうイタズラ小僧だった。毎日のようにいろんな悪さをしては、大人たちに怒られていた。今になって振り返ってみると、自分がやった悪戯の中身についてはほとんど忘れてしまっていて、大人たちから何と言われたかということも全然憶えていない。ただ叱られたという記憶が漠然とあるだけだ。

 だが、なぜか言われた言葉をはっきりと憶えているものが、一つだけある。

「そんなことしてっと、しまいにはダグダグサマに言いつけるぞ」

 これだ。

 それとなく気になっていた。あるとき、機会をつかまえて祖母に聞いてみた。

「あのさ婆ちゃん、ダグダグサマってなんなの?」

 すると祖母は、座椅子に腰をかけたまま少し遠くを見るような仕草をした。そして意外な物語を話し始めることになる。祖母がまだ小さいころに、祖母の祖父から聞いた話なのだそうだ。



 かなりの昔になるが、このあたりには大きな池があった。そしてその池には、ぬしがいたのだという。主というのは、いわゆる人外の存在だった。

 しかしながらこの主は、残念なことにちょっと抜けた頼りなさげな妖怪だったのだそうだ。

 その姿を直接認めた者の話によると、真っ白いずんぐりとした体に、浅葱色をした短い手が二本左右に生えているという。その顔には、大きくて妙に丸っこいまなこが一つだけあって、その下には、やたらと肉厚なくちびるが鎮座していたのだそうだ。

 それらの体型と顔の造形といったものが、周囲をして畏怖せしめるというか、本来なら自然に君臨する異形の人外が兼ね備えるところであろう、何がしかの威勢といったものを散逸させてしまってもいたようだった。

 どちらかというと愛嬌すら感じさせるような出で立ちも相まって、付近に住む村人達の中には、主を軽く見る者すらいたという。主と遊んだわらべがいるらしい、などという噂がまことしやかに口の端にのぼる有様だった。池の周辺には村が一つあって、主の情報については、ある程度村に広まっていた。

 だが実際、村人達は主に対しておざなりな接遇をとっていたわけではなかった。ただ一方で、きわめて慇懃な態度をもって対応していたというものでもなく、そこにはゆるやかな共存のような関係が持たれていたようだった。

 しかし突然の転機が訪れたのは、そんな何げのない日常においてだった。平和だったこの村に、突如として災厄がふりかかることになる。

 どこからともなく、奇怪なあやかしが村に押し入ってきたのだった。あやかしは相当に獰猛で、道ゆく村人に襲いかかったり、家畜を食い荒らしたりなどと、傍若無人な振る舞いを見せるようになっていく。とても話の通じるような相手ではなかったという。

 このとき村人達がいだいたであろう戦々恐々の心持ちは、想像するにあまりある。しかし彼らとて、ただ指をくわえて静観に入っていたわけではなかった。出来うる限りの手は尽くしていた。それでも努力の甲斐かいむなしく、万策はいずれも効をなさぬままに、あやかしの蹂躙を許すこととなってしまった。ようやくのこと池の主にすがりつくこととなったのは、最後の最後になってのことだった。

 村を代表する幾人かが池へと向かう手はずとなり、手土産として酒を一樽と山盛りのぼたもちを持っていくことになった。

 日が暮れてから、村の代表者らは池へとやってきた。しばらくして、池の水面からゆらりと主が姿を現したのだという。村の代表者らはかくかくしかじかと事情を説明した上で、なんとかならぬものかと、うかがいをたてていた。

 いかにも頼りなさげな様子に見える主は、だが意外にも、それに対してこう答えたのだった。

「よぅくわかった。万事わしに任せておけ。ただし、わしは供え物などはいらんので、そのへんに目立つように置いてゆくがよい。すぐにき奴めが現れるはずだからのぅ」

 そう言い残すと、主は池の中へぬるりと姿を消した。

 村の代表者らは、とりあえず言われた通りに酒樽のふたを開くと、持ってきたむしろにぼたもちを並べて、その場からしりぞいた。そして少し離れた茂みの中に身を潜めることにした。

 息を押し殺し、代表者らが茂みに潜んでいると、はたして例のあやかしが、ごそごそとやってきた。この世のものとはとうてい思えないような狂気をはらんだ目つきだった。恐ろしい形相であたりをうかがいながら、口からはヒュー、ヒュー、と不気味な低いうなり声を立てている。何本もあるその筋張った足は、虫のと同じような関節の挙動を見せながら、地を這っている。

 ――おお! くわばらくわばらくわばら……。

 茂みに身を潜める村の代表者らは、おのれの身の内に走った戦慄で、ぶるぶる四肢を震わせていた。

 あやかしはゆっくりと歩いていた。だが、かと思うと急に走り出したりと、ひどく不均衡な足どりであたりを警戒するようにして、うろうろとしている。そしてしばらくしてから、捧げ物が置いてある前まで来るとそこで立ち止まり、身をかがめて酒樽をのぞき込んだ。

 だが、その時だった。

 突然ヒュッ、と青白い光芒が宙に放たれた。野太いとりもちのようにして池を跳ね、宙を疾駆した。息つく暇も与えないまま、あやかしの体に取り付いていた。あやかしの体は、まばたきをする間もなく、その野太いとりもちによって、す巻きにされた。

「あっ!」

 茂みに潜んでいた村人達が思わず声を上げたときには、すでにあやかしの体は池の中へと引きずり込まれていた。

 かなりの間をあけてから、暗がりより恐る恐る姿を現した代表者らは、ゆるゆるとした黒っぽい池の水面を見ながら、蛙のグワグワいう鳴き声を聞きつつ、いつしか顔を出していた月の光の中で、ただ、たたずむのみだったという。村の代表者達は、わずかな言葉も交わさずに村へと戻った。



 祖母の語った大もとの話は、ざっとこのような筋になっていた。祖母の語り口には「それがよー、バッときてズザザザーってよ、引っ張りこんじまっただよ」といった調子で、いささかおおげさな言いまわしが多用されていたのだが、その辺りについては省略した。流れ的に、若干とりとめが無くなってしまうと思ったからだ。

 だがこの物語は、時の経過を経て、新たな展開へとつながっていくことになる。



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