結婚
逃げ出したその先に。
レオンに初めて会ったのは、家を出て、友だちの家に身を寄せていた時だった。
ただ泣いて暮らしていた私に彼は会いに来た。
うずくまり、顔を伏せる私に彼は言った。
「お互いの利益のために、僕と結婚しないか?」
レオンのことは知ってた。
私が住んでる村で一番大きい家の主人の息子。
その家の主人は大富豪で、その家は別荘だそうで。
その大富豪は、自分達のためだけに近くに滑走路を作った。
大富豪一家がその家を訪れるのは、1年のうちほんのわずかな間だけ。
その一家が来るたび、べラが大騒ぎしてたのを覚えてる。
なんでも、地元の名士を呼び、大きなパーティが開かれるらしい。
もちろん、私は行ったことはない。
それでも、うっとりとレオンのことを話すべラの話を何度も聞いていた。
そんな人がなんで?
私はゆっくり顔をあげた。
私の前に立つ男性は、べラから聞いていた以上にきれいな男性だった。
「僕には、跡継ぎを産んでくれる良識のある女性が必要なんだ。」
レオンの話によると、父が紹介してくる女性に嫌気がさし、感情ではなくあくまで契約として結婚したいらしい。
「僕にとって薬の研究が全てなんだ。」
そのことはべラから聞いてた。
レオンは大富豪の息子に生まれながら、とても有能な薬品開発の研究者として世界に名を馳せている。
華やかな生活には目もくれず、研究に没頭していて、パーティに現れることさえまれらしい。
恋人が出来ても、薬の研究を最優先するから、すぐ別れてしまうのだとべラが言ってた。
「僕は僕の研究の邪魔をしない妻がほしい。
君の友だちのように、口やかましく付いてくる騒がしいだけの女性はいらない。」
『君の友だち』が誰を指しているかなんて、考えなくてもわかる。
この人は知ってるのね・・・私が彼女にされたことを。
「君は君のプライドを取り戻すため、僕を利用すればいい。
それが今の君に一番、必要な薬だと僕は思う。」
私の乱れた髪をそっと彼は梳いてくれた。
そして、彼は誘いかけるように言った。
「君の花婿が僕だと知った時の彼女の顔を見てみたくないか?」
悪魔のような提案だった。
でも、私は迷うことなくその手を取った。
粉々になった自分のプライドを取り戻すために。
その日から、私は泣くのをやめた。
そう・・・あなたの予想はほとんど当たってたのよ、べラ。
ただ、老い先短い高齢ってところとお金のためにってところが違うだけ。
好色っていうのは・・・否定できないわね。
女のカンってすごいわ。
その日のうちに婚姻届を提出し、私たちは結婚した。
式を挙げるかと聞いてくる彼に私はこう言った。
「いいえ。これは契約よ。」
神様の前で誓うものなどない。
憎しみをまとった私に純白のドレスなど着れるわけがない。
そうか・・・と言ったレオンは、また私の髪を撫でてくれた。
緊張しつつ対面したレオンの両親は豪快な人で、一生結婚しない(できない)と思ってた息子の嫁を、想像していた以上に歓迎してくれた。
結婚式はしないと言うと少し残念そうだったが、了承してくれた。
レオンは私の両親にも会いに行こうと言ってくれたが、私は会いたくなかった。
結局、結婚したという手紙を出しただけ。
返事は来なかった。
そして、契約上の結婚生活が始まった。
お互いに干渉せず、ベッドだけを共有する。
そんな生活になる
・・・はずだった。
私がレオンの生活能力のなさにブチ切れるまでは。
レオンの生活能力は、ほとんど皆無だった。
お坊ちゃんとして暮らしてきたから、散らかしたら散らかしたまま放っておいて、片付けは完全に人任せ。どんなに片付けても、彼が一時間そこにいただけで書類の山になる。彼の家の使用人さんたちはほとんどあきらめの境地に達していた。
おまけに、レオンは研究最優先だから、睡眠も食事も好きな時にとる。一度、睡眠をとらなすぎて行き倒れのように廊下に寝ていたこともある。その時は思いきり踏んでやった。
そしてある日、私は彼に言い放った。
「レオン、ちゃんと睡眠と食事をとらないと離婚するわよ!」
レオンは私をにらみつけ言い返す。
「君は僕の研究には口を出さないそういう契約だったはずだぞ!!
僕の作る薬を待っている人が大勢いるんだ!睡眠や食事なんかどうでもいい!!」
予想していた答えだった。
「このままの生活であなたが体調をくずしたら、できる薬もできなくなるわ!
知ってるのよ、たまに立ちくらみしてること!!」
今度は言い返せないようだった。
「これから、たくさんの人たちを救うためにも、あなたは健康でいなきゃ。」
その日から、私とレオンは朝と夜の食事を一緒にとるようになった。
昼食の時も研究所の助手さんに見張ってもらった。
睡眠も当初はレオンをひきずってベッドに連れていっていたが、それに懲りたレオンは自主的にベッドに来るようになった。
今までは立場上、主人に何も言えなかった使用人さんたちも私の味方になってくれた。
ただ、何度言ってもレオンの散らかし癖だけは治らなかった。
というか、レオンに片付けさせるとよけいに散らかる。
しょうがないので、いつもメアリーと一緒に片付けた。
そんな風にレオンの面倒をみるうちに、いつしかべラとニックのことを思いださなくなっていった。
そして、長男アランが生まれた。
子どもが生まれたら、彼は離れていくだろうと思っていたのに、意外にもレオンは赤ん坊に興味を持ったらしく、割と積極的に息子と関わった。
関わり方がおかしかったけど。
「いいか、アラン。一番効果的な消毒液の作り方はな・・・。」
この人は0歳児の息子に何を教えてるのかしら。
「やはり消毒液の作り方ぐらいは早いうちからおさえておくべきだろう。」
当然のように言うレオンを、私だけじゃなくアランも「何この人?」という顔で見つめていた。
0歳児に、こんな顔される父親って一体・・・。
「そう。なら、私はあなたの口をおさえておくわ。」
私の息子がこんなのになってしまう前に!
「僕のリリーは情熱的だな・・・。」
何を勘違いしたのかキスしてくるレオンを私は止めなかった。
ベッドの中だけだったはずのスキンシップが、こうした日常生活の中で増えていく。
それを、私は嬉しいと感じていた。
だから、結婚した当初は「子どもは一人いれば十分だろう」と言っていたレオンが
「次は女の子がいいな。」
と楽しそうに私に言った時も、特に異議はなかった。
いつのまにか好きになっていた。
わがままな少年のようなレオンのことを。
そして、レオンの希望通り長女ララが生まれ、精神的にも身体的にも安定した私は逃げていた現実と向き合う決意をした。
レオンと子どもたちがいる、幸せな未来を生きるために。
過去は過去として終わらせましょう。
「実家に帰るわ、レオン。」
そう言った私に、「僕なにか悪いことしたかいっ!?」とレオンが大騒ぎしたのは、また別の話。
お読み頂きありがとうございます。活動報告にも書かせて頂きましたが、サブタイトルを変更しました。どうしても3話では終わらせられませんでした・・・。計画性がなくて、本当にすみません。内容は変更しておりませんので、ご安心を。