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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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「いらっしゃい」


 三十代くらいの気の良さそうな女性が、明るく出迎えてくれた。

 

「昼食を買いたいのですが、何がおすすめですか?」


 もうすぐお昼の時間だ。この後も何ヶ所か回る予定なので、パンならすぐに食べられて都合が良い。


「うちのおすすめは、これよ。肉と野菜を挟んだパンなの」

「ではそれを二ついただきます」


 彼女に話を聞きたかったのだが、残念ながら店番が彼女一人しかいないので連れ出せない。


「美味しそうですね。このお店は奥様、おひとりでされていらっしゃるんですか?」

「主人と二人でしているのだけど、今はちょうど仕込み中で……」


 店の右奥が製造場所なのか、そちらを見ながら言った。

 

「見学させていただいてもよろしいでしょうか? 実は私、新聞記者でして今、働く方――特に女性の特集記事を考えているんです」

「営業に問題ないなら大丈夫よ」

「はい、もちろんです。ありがとうございます」



 ちょうど店内に小さいテーブルと椅子が置いてある飲食スペースがあったので、そこに腰を下ろした。


「あら、美味しい! 今までに食べたことがない味だわ」


 パンを半分くらい食べたエステルが、思わず声を上げた。妹は本心から『美味しい』と言ったと分かっている。僕も同じ感想だからだ。だが内心、『今までに食べたことがない』だなんて、どう見ても貴族の妹が言うと嫌味に取られるのではと一瞬不安になった。

 しかしその心配は杞憂だったようで、彼女は笑顔をみせた。


「ありがとう。主人が何回も試作して作った自信作なの」

「肉は――とり肉ですか? パンと合いますね」

「そうよ。良かったらこれも食べてみて、うちの新作よ」


 甘いパンをくれたので、ありがたくいただいた。さすがに店を切り盛りしているだけあって話しやすい人だ。パンを作るのに必要な仕込みや働く時間、何が売れ筋かなど、気持ち良く教えてくれた。

 少々心苦しいが、その雰囲気につけ込む。


「結構甘いんですね」

「うん、仕事の後に食べるのにちょうどいいでしょ」


 この場合の仕事とは――体を酷使する肉体労働だろう。決して貴族のような、上がってきた書類に署名をしていく作業ではなく。

 エステルもそれを分かっている。


「ええ。今朝は取材で歩き回ったので、こういう甘さが嬉しいです」

「それは良かった」

「この辺りは普段あまり来ないのですが……賑やかで人も多いのに治安も良さそうですよね。警備隊の方がしっかり働かれているのね」


 彼女は一瞬の間を置いてから、「そうね」と返事をした。普通なら疑問に思わない受け答え。だが引っかかる――見逃せない違和感だ。


「『警備隊員が守る地区で安心して働く人達』なんて記事も良いかもしれないわ。奥様、もしどなたかご存知でしたら紹介してくださらないかしら。警備隊の方達にも話を伺いたいわ」

「う〜ん、巡回してる若い隊員とは挨拶して少し話すこともあるけど……そういうことなら上官に聞かないといけないだろうし……」

「町の方と親しくされている様子を取材したいので、できれば取り次いでいただきたいのですが……後は自分で交渉いたします」



 少しの逡巡を見せた後、「ごめんなさい」と申し訳なさそうに断られた。

 エステルは聡明な頭で、その理由を見抜く。


「もしかして、若い隊員が上官に怒られてしまうことを心配されていらっしゃいますか?」


 問いが当たったことは、彼女の表情で分かった。


「――なぜそう思われるのか、教えていただけますか?」

「勤務中に悪いと思っただけよ。警備隊は忙しいから」


 エステルが何か言おうとした瞬間、客が入って来たので一度中断した。

 そういえばもう昼時だ。途端に客が途切れなくなり、会話を再開させる機会がなかなか掴めなかった。

 悪いと思いつつ、ゆっくり食べながら店が()く時間を待つ。貴族の習性で、時間をかけて食事するのは慣れているしね。


 近所の常連客なのか、彼女と長く話していた同年代の女性が店を出ていった後、エステルはすかさず言った。


 

「奥様、すみません。実は三日前の事件で、あなたが警備隊員まで知らせに行ったと聞いております。もしかして――その際に何かあったのでしょうか?」


 顔を引きつらせた彼女に、エステルは身分証を見せた。


「失礼ですが、書いてあることは分かりますか?」

「はい一応……」


 彼女はある文字を見てより一層、怪訝そうな顔をした。目線の先にあるのは、『ヴァルリナ宮殿付き公認記者』の部分だ。

 

「警備隊員から、何か言われたりしましたか?」 

「それは……、え? もしかして本当は事件のことを新聞に書くためにうちへ来たの?」

「事件について調べているのは本当ですが、町で働く方の記事についても嘘ではありません。全て初めにお伝えしなかったことは申し訳ないですが――決して奥様に迷惑をかけるようなことはいたしません」

「私はただ警備隊の人達に伝えただけで、何のことか……」


 もし記事になり、記者に話した人が特定されると思えば怖がるのは当然だ。だがそれは、彼らに何かを言われた――と、自然に想像できる。僕たちが警備隊側の味方なのか敵なのかさえ、彼女には分からない。どうすれば良いか思案顔の彼女に、店の奥から太い声が覆い被さるように降ってきた。


「おいおまえ、ちょっとこっちを手伝ってくれ」


 旦那さんだろう。純粋な要求か不審な訪問者から助けるためか……、彼女がその声に応じたのは言うまでもない。しかし、「すぐ行く」と伝えた後こちらに向けた顔は、安堵の他に葛藤している複雑な感情も見えたような気がする。


「ごめんなさいね。ちょっと呼ばれちゃって、どのくらいかかるか分からないから、さっきの話は無しにして。でも、良かったらまたパンを食べに来てね」

「こちらこそありがとうございます、奥様。是非また参りますわ」




 店の外に出ると、真上にある太陽の光が眩しく、目がちかちかとなった。

 飲み屋まではここからそんなに遠くないが、暑さとパンの味が濃かったためか喉が渇く。飲み屋に珈琲はあるだろうかと期待しつつ、妹の後に付いていく。



 バードン男爵三男が朝から入り浸っていたという話通り、飲み屋は昼間から酒を飲む人で賑わい活気があった。カウンターの奥にある椅子に優雅に腰をかけたエステルに、寄り添うように立つ。

 すかさず中にいた若い男がエステルに話しかける。僕一人のときと大きな違いだ。


「こんにちは綺麗なお嬢さん、ご注文は?」

「珈琲を二つ、いただけるかしら?」

「二つ?」


 おや? と片眉を上げて僕の方を見た男の疑問は分かっている。この男に対しては新聞記者ではなく、令嬢として接触するようにしていたからだ。 


「ええ、後ろにいる彼にも」


 貴族令嬢の華麗な微笑みに見とれている男を、エステルは「それだけで結構よ」と言い、正気に戻した。軽薄そうな雰囲気と鍛えられた体は女性に困っていなそうだが、それでもエステルのような令嬢とはなかなか縁がないだろう。


 カップをカウンターに置きながら、「この辺で見かけない顔だね」と、ありきたりの言葉でエステルと会話を続けようとする。普段ならば煩わしいだろうが、こちらは捜査で来ているので好都合だ。


「名前を聞いてもいい?」

「エステルよ」


 珍しい名ではないし、ここから身元が露見する可能性はほぼないから問題ない。偽の身分証は、姓と身分を変えている。逆に偽名を使い、違う名だと気づかれた場合の方が厄介だ。

 

「遠くに住んでいるの?」

「ええ。ここはさすが王都だけあって、景観もお店も素敵で良い町ね」

「王都にはどのくらいいる予定?」

「決めていないわ。少し滞在してゆっくりするつもりよ」

「じゃあ、よかったら俺が案内するよ。今日はもうすぐ仕事終わるし」


 周りにいる飲んだくれたちからのやっかみ声が背景音楽のようになっているところを見ると、普段からこのような感じなのだろう。


「――そうね、お願いしようかしら」

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