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平和な大国の第二王子という立場の生活について、どのような想像をされるだろうか?
有り余るほどの富と権力を持つが、王太子としての責務はなく自由で、数多の使用人たちに気の向くまま命令できる。常に最上級の服を新調し、頻繁に豪華な晩餐会を開催して極上の美女たちを選びたい放題――そんな風に思われているかもしれない。
だが現実は膨大な公務に追われ自分の時間など、ほとんど持つことはできない。いくら食べ切れないほどの料理と、洗濯された清潔でふかふかの寝床があろうとも、その時間の確保が難しければ元から無いのと同じだ。
第二王子という微妙な立場上、王太子よりも能力は秀でてはならず、それでいて無能とも思われてはならない。使用人に命ずることはあるが正当な職務の範囲内であり、決して無理難題を押し付けるようなことはできない。それどころか使用人たちに気を使い、皆の理想の第二王子を演じる必要もある。そんな窮屈な生活を強いられているなど、なかなか信じられないだろう。
一方で王族に生を受け、蜜の部分を存分に享受しているように見える者もいる。その人物の筆頭が、いま私の執務室にある大きな革張りのソファーに腰を下ろしているフィリップだ。
鷹のように鋭い目で常に王のように振る舞い、彼にとっては使用人など道具であり血の通った人間ではない。
「叔父上、その件でしたら――国王陛下にご相談いただけませんか? 私には権限がございませんので、どうすることも……」
「だが兄上は指示と署名をするだけで、実際の細かい法律や条件の取り決めは君が担っているだろう? それと変わりないはずだ」
「ええ。父上のご判断に基づいて行っております」
分かっているならば、なぜ余計な手間をかけさせるのか。自ら作成すれば済む話だろうに。
晩餐会や狩猟の時間を減らす――という考えは彼の頭には永遠に浮かぶことはなく、面倒事を押し付けることが当然という、どこかの物語に出てきそうな悪しき王族の典型だ。
もちろんその感情は、恭順な甥という仮面の下に隠してソファーの向かいに座っている。
このフィリップ叔父は、私の父――現国王陛下の上の実弟にあたり、端的に言ってしまえば第二王子である私と立場が近い。
兄と一歳差の兄弟。双子かと間違われそうなくらいに容姿も似通っており、二人とも明るく色素の薄い茶色の髪の毛と、北国の海を思わせる灰色の瞳を持っている。
それでもフィリップは生まれた順番が違うだけで、彼がどれだけ焦がれようと王にはなれない運命だ。私と違うのは、その王位に対する執着と野心を隠さず、若い頃――父上が王太子だった時に一度反乱を起こして王位継承権を簒奪しようとしたことがあるらしい(関係者に箝口令が敷かれているのか、詳細は明かされていない)、ということだけだ。
父上にはもう一人下の弟のリシャールがいるが、彼の方は兄二人ほど優秀ではなく、与えられた公務だけを消極的にこなし、国政に興味がないのか当たり障りのない発言しかしないため、このフィリップの陰にいつも隠れている。
大量の書類処理に忙殺されているこの時間に、わざわざご丁寧に私の執務室まで来たフィリップの要求は、現在のファロンヌ王国ではその制度がない、小さい子供たちを預かる施設の開業だった。
通常、平民の親が働いている時間、子供たちは近所の子と一緒に遊んだり、年上の子が下の子の面倒を見ることが一般的だが、その見守りの役目として大人を雇えば、大勢の子供を一度に見れる。親たちは安心して働け、料金は寄付や親の雇い主から調達したり、税金も投入する予定らしい。
まずは王都の繁華街で試し、上手く軌道に乗った後は徐々に国中に増やしていくつもりだと言う。
それだけ聞けば素晴らしい内容ではあるが、何せフィリップなので、慈善事業を装ってはいるが当然裏があるはずだ。
ロイはいくつかの疑念を頭の中で整理した。
――子を預けさせた女親を娼館で働かせ、莫大な利益を得る。
――施設を通じて税金の流用。
――国中に反乱のための拠点を作る目眩し。
――(王位に平民の声は関係ないが、完全に無視もできないため)国民の人気取り。
どれだろうか? と思案しつつも、ロイの中ではすべてが当たっている可能性もあると考えている。新規事業ならば国王の承認が必要だが、父上がフィリップの要求を、改善を指示することはあっても却下はしないということも。
「王都の繁華街とのことですが、どの辺りをお考えで?」
「それならすでに決めてある。リュー地区だ」
第二王子を長い間演じているロイには、驚きを顔に出さないことくらい、息をするように自然にできる。
「あの地区は活気がありますので、預けたい親も多いでしょうね」
「ああ、色々と役に立つだろう」
「――まずは内容を制定して起案書を作ります。失礼ですが、発案者はフィリップ叔父上でいらっしゃいますか?」
灰色の瞳をより一層曇らせた彼は、同じ血が通っているとは思えないほどの冷たさで見下ろした。
「その情報が必要か?」
「いえ、なくてもかまいません」
「いつまでにできるかね? 兄上への報告の際は、私も必ず一緒だ」
「分かりました、おそらく――数日中には草案を作れるかと」
「了解だ」
そう言い残し、フィリップは装飾品をつけ過ぎてはためかない、重いマントを引きずるようにして部屋を出た。
廊下に待機させていた従者二人を引き連れ、王のように肩で風を切りながら歩く姿が容易に想像できる。
――バードン男爵の三男が殺された現場付近に新たな施設を作りたいというフィリップ。普通に考えれば下位貴族のバードン男爵など、彼の眼中には逆立ちしても入らないし、リュー地区は王都でも人が集まる繁華街だ。疑ってかかるほど気になる点はないが、偶然の一致……と片付けるには、どこか引っかかる。
今するべきことは、純粋な案だとして計画書を作りつつ、ダミアンたちからの報告を待つのが最適だろう。
ロイは手前の小部屋に控えている侍従を呼んだ。安全のため側を離れることを拒否されたのだが、事務作業をしている際に近くにいられると気が散ってしまうため、以前からこのようにしているのだ。
正直このことに関しては、フィリップを見習うべきなのかもしれない。彼にとっては幼少期から自分に付いている侍従でさえも、自分の思い通りに反応する機械でしかない認識だろう。
「ミッシェル、王都の平民の生活状況に詳しい人を呼んで欲しい。できれば子供がいる男性と女性の二人を、夫婦でなくてかまいません」
品があり常に口角が上がった柔和な老人という、いかにも侍従らしい見た目のミッシェルは、私が生まれた時から歳を取っていないのでは? と思うくらいずっと容姿が変わらない。
こういう質問をしたとき、返事に少し時間をかけるのは彼のいつもの癖だ。この短い間で思考し、必ず最適な答えを出す。
王子に対面しても舞い上がったり、怖がったりせず通常の対応をし、私の問いに正しい回答をくれ、口が固く、他の王族や高位貴族との関係に支障がない人物。
「そうですね……料理担当のセバスチャンとお針子のマリーがよろしいかと存じます。彼らはヴァルリナ宮殿に来る前は王都で働いておりましたし、二人とも配偶者の不幸があり、一人親として我が子を育て上げられました」
隣の部屋といえども扉を閉めれば内容は漏れない。私の言葉だけで内容を完璧に理解したのか、事前に王弟の動向を調査しているのか……訊いたところで答えはもらえない――それは分かっている。
「では、さっそく彼らと話したいのだが、可能かな?」
「セバスチャンは現在昼時で勤務中かと思われますので、先にマリーを呼んで参ります」
慇懃な態度で音も立てずに部屋を後にした侍従の背中を見送ったロイは、再び執務机に戻り、机上を埋め尽くすほどの書類の束に向き合った。




