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「――被害者は頻繁にこの辺りを訪れていたと伺いましたが、ピエールさんもご存知だったのですか?」
「直接は知らねえよ、相手は貴族だしな。だが毎回違う女を連れてしょっちゅう彷徨いてらあ、嫌でも目に入っちまうからな」
「毎回違う女性――ですか?」
「あれだけの男前だもの。何人も同時に連れていたこともあったくらいよ」
夫人が割り込んだ。彼女も見惚れていたのが簡単に想像できる表情だ。
「そんなにかっこよかったのですね」
「ああ。でも男から見てもかなりの男前だったが、評判は良くなかったっつう話だ」
「毎回違う女性を連れていたからでしょうか」
「そのやっかみもあるだろうけど。まあ女っつーより金づるだよ、金づる。朝から飲み屋に入り浸って、毎回女に払わせてたんだよ、あいつは」
あの女性も貢がさせられたのか……エステルも同じことを考えただろう。恋に落ちるのは仕方がないとはいえ厄介な男に引っかかったものだ。
「しかも酒癖悪くて他の客に突っかかったり、女を横取りしたり、吐いたり、やりたい放題だったよ」
「だから貴族階級の方には見えなかった――ということでしょうか?」
エステルが夫人の方を向きながら訊いた。
「そうだねえ、さっきも言ったけどこの辺は店が多いからたまにお貴族様も来るんだよ。でもお貴族様は馬車に乗ってるし服も高そうですぐ分かるんだ。だけどあの男はこう言っちゃ悪いけど……顔は良いけど品みたいなものはなかったし、それにいつも平民といたからさ」
「一緒にいたのは女性だけですか?」
「男性もいたよ。といっても友人って感じじゃなかったね」
従者かと尋ねられた老人は、首を横に振って否定した。
「いや、ありゃそんな立派なもんじゃねえ。あいつは向こうの地区にある肉屋の倅だし、子分とか手下みてえな感じだったな」
これだけ聞いたとしても、到底貴族には思えない。
「被害者がよく行っていた店は分かりますか?」
「教会の斜め前にあるマークの店だよ」
その後もいくつか質問をし、最後は老夫婦の世間話を聞くことになった。生活上の不満などは貴族側としては少々居心地が悪くなるが、エステルは自然に相槌を打ちつつ受け流していた。
「お時間をいただきありがとうございました」
「こっちこそ色々愚痴っちゃってごめんねえ。良かったらまた会話しに来てね。老人二人で暇してるし」
「ええぜひ」
結局一時間以上の滞在になったが、その間僕は最後まで一度も発言せず、老夫婦の家を後にした。
外に出て、周りに人がいないことを何度も確かめる。
「どう思う? 殺され方がただの盗みにしてはおかしい。警備隊の上官がそう言ったってことは――」
「ええ、すでにその時点で手が回っていた――と言いたいのよね?」
「うん。でもさっきの話では相当遊んでいたっぽいし、恨まれていてもおかしくない。それなのに隠蔽しようとする理由って何だ?」
前から人が来たので、エステルが周りの店を見ている素振りをした。飾り気のないマントに身を包んでいるが、姿勢の良さや高貴な雰囲気は隠し切れない。その様子は貴族のお忍びと形容するにふさわしく、人々が視線を寄越しながら通り過ぎて行く。
仕方なく僕たちは無言で歩き、再び人通りのない道に入ってからエステルが言った。
「やっぱりその自死した女性が関係しているのかしら?」
「でも平民の女性だし、普通そんな力は持ってないはずだ。多額の金を積んで買収したかもしれないけど」
「そうよね」
「むしろ怨恨から犯人を調べられたら不都合がある人間が、警備隊員に圧力をかけたと考える方が良さそうだ」
「――とにかく、パン屋と飲み屋、それと肉屋にも行ってみましょう」
パン屋へ行く途中、被害者が発見された道を通った。確かに幅三メートルもない細い道で人通りはなく、両側は建物の外壁だが、平民向けの民家だろう、窓はあっても小さく、これなら深夜に襲っているところを目撃される可能性は低い。
だが声を聞いた者はいなかったのか? という疑問が湧く。
「私たちはほとんどお酒を飲まないから分からないけど……ひどく泥酔していたら刺されたことに気づかず、声をあげないってことはあるのかしら?」
「被害者がどこを刺されたのかの情報は伝わっていないけど、ピエールさんは、『うつ伏せの被害者をひっくり返してみたら死んでるって分かった』って言ってたよね」
「ええ」
「なら――後ろには刺し傷がなかったということだと考えられるけど……前から襲われて、気づかないものだろうか? 足音や月明かりで気配くらいは分かるだろうし」
細い道だが、太陽に照らされれば視界は良い。三日前も朝から晴れていた。早朝とはいえ、見落とすような暗さではなかったはずだ。
「でもピエールさんが動転していたのかもしれないし、そもそもどこに刺し傷があるかなんて、考えないのかも。推測するには情報が足りないわね」
あの老人は動転などしないだろう……という考えは口に出さなかった。まあ、どちらにしろ事件を調べる警備隊や僕たちみたいな者でなければ、重要なのは『誰がどうやって死んだか』だけだろうしね。
エステルが老夫婦に聞いた内容を手帳に書き込んでいる間、僕は道を観察していく。男が倒れていた辺り、道の中ほどに黒く広がった染みが生々しく残っており、めった刺しという言葉が嫌でも思い出される。
バードン男爵三男はおそらく自分の金を持ち歩いていなかった。上官が言った、盗人の仕業が本当だと仮定して――盗もうと思ったのに当てが外れたから怒ったとか?
だが、そんなことをして時間がかかり捕まったら牢獄行き(の上拷問)は確実だし、そもそも被害者は貴族だと思わなかったって老夫婦は言ってたから、金持ちに見えないだろう人を襲うのか? 割に合わない……
いや、おかしい――何か違和感がある。もし金目当てで襲ったのだとしたら……
「エステル、被害者の服装って分かるかな?」
「特に調べてないわ。なぜ?」
僕が下に向けた視線を、エステルも追う。
「この血痕、人一人分以上に広がってるけど、もしマントを着ていたなら覆い隠せると思う。それならピエールさんが上から少し見ただけじゃ気づかなかったのも理解できる。マントだったら生地が厚かったとしても邪魔にならず前から刺せるし」
「そうね。貴族らしい装飾品が付いたマントを着ていたため大通りを歩いていた時に目をつけられて、この道に入ってから襲われたのかしら」
「でも不思議なのは……それだったら、ピエールさんたちも被害者が貴族だって分かったはずだ。女に買わせたって思うかもしれないけど」
エステルは『確かに』、という顔をした。
「多分だけど――普段は簡素な格好をしていて、襲われた日だけたまたま高級そうなマントを着ていたのか……」
「それなら運が悪すぎるわね。普段の行いのせいかしら」
さらっと嫌味を含んで言うその表情は、誰かを彷彿とさせる。兄が言うのもなんだが、世間で言われている通り、色々とお似合いかもしれない。
エステルにそろそろ行こうか――と促そうとした時、地面に何かきらきらとした物が目に止まった。
「これは何か分かる?」
指で示すと、エステルが華麗な動きでしゃがみ込んだ。
「これは……化粧の粉じゃないかしら?」
「よく知ってるね」
「女性ですから」
そういう彼女は、化粧など必要のない陶器のような白い肌と蜂蜜色の大きな瞳、小さく可憐な赤色の唇を持っている。
「血と混ざって固まっているってことは、まだ血が乾いていない時――つまり犯人の物ってことかな」
「女性には無理じゃないかしら?」
「いや分からない。惑わしたところを……という可能性もあるし、男より力が強い女性もいる。そもそも女性と決めつけるのも早計だと思う」
エステルはこのこともしっかりと手帳に書き留め、僕たちはパン屋に向かった。




