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ダミアン バクランド 〜第二王子殿下の親友の日常〜  作者: 島田すい


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2/5

 翌日、ダミアンとエステルは捜査のため王都へ向かった。片道二時間の道のりなので二人は辻馬車を使わず、大きく頑丈な作りの馬車に揺られている。だがこのような立派な作りにもかかわらず、通常ならばあるべき貴族の紋章などは(えが)かれていない。


 実際の二人はこのファロンヌ王国における(れっき)とした高位貴族階級、侯爵家子息たちなのだが、社交界に出席していないためごく一部の者たちを除いてその事実は知られていない。そのため、正体不明の令嬢はロイ殿下の秘密の恋人であり、得体の知れない従者は二人の連絡係だと、一部で噂が立っているらしい。



 王都へ入る検問所の隣に併設されている馬繋場で馬車を降りた。身分証は殿下に用意してもらった特別な物――要するに二人とも身分を偽っている。もちろんこれは第二王子の隠れ探偵として、国のために働くことへの必要な対策だ。


 徒歩になったのは高貴な人が乗っていると思われるのを避けるためではあるが、二人とも()()()()()()姿()だ。そのため少し大きめのマントのフードを深く被り、髪色と口元を隠している。僕の珍しい顔立ちと焦げ茶色の瞳は、覗き込まれない限り気づかれないし、マントはもちろん飾りなどない質素なものなので、上手く人混みに溶け込める。

 そのように変装した僕たちは、王都の整備された道を進んでいく。




 以前は王族や貴族もこの王都に宮殿や屋敷を構え暮らしていた。だが国が豊かになるにつれ増加した平民による喧騒に辟易(へきえき)し、少し離れたヴァルリナという土地に巨大な宮殿を作り、王族と一部の貴族たちが移り住んだのが今から百年くらい前だ。その後は王都に代わり、ヴァルリナが政治と文化の中心となっている。



 三十分ほど歩き、リュー地区へ辿り着いた。個人商店や食べ物屋がたくさん集まっているため人通りが多く、活気がある。

 まずは第一発見者という老人を訪ねる予定だ。


「ご老人の住所は?」


 手に持っていた鞄から一枚の紙を差し出し見せた。


「この先ね。行きましょう」


 相槌(あいづち)だけで返事をし、妹の後ろに付いていく。



 小さく見える老人の住処だと思われる所は、平民街では一般的な集合住宅であろう。普段は広大な敷地内にある豪勢を尽くした装飾が施されている宮殿と、貴族の親が用意した屋敷との往復ばかりだ。感覚が麻痺しているのは仕方ない。

 表札を確認し呼び鈴の紐を引いて鳴らすと、少ししてから初老の女性が出てきた。


「こんにちは、奥様。ピエールさんのご夫人でいらっしゃいますか?」

「そうだけど、あんたは?」

「エステルと申しまして、新聞記者をしております。この近くで三日前に起こった殺人事件を記事にしたくお伺いいたしました。ご主人はご在宅でしょうか?」


 彼女は警戒して胡散臭そうな顔をしたが、エステルが出した『ヴァルリナ宮殿付き公認記者』という身分証を見せたところあっさりと態度を変えた。当然ながら平民はこの書類の真偽など分からない。文字を読めない者も多い。だが彼女が持っている紙がいかにもらしい印章まで押してある最高級品で、普通にはなかなか手に入れられない物だということだけは容易に分かったはずだ。


 エステルの言葉遣いは貴族階級の話し方であり、新聞記者という見るからにうさんくさそうな職業だとしても、少なくとも危害を加えられるようなことはないと判断したのであろう。


「後ろの男はあんたの連れかい?」

「ええ、助手よ」

「ちょっと変わった感じだねえ」


 そう言いながら怖いもの見たさ――好奇心を隠さず僕の顔を覗き込もうとした夫人を、エステルはすかさず、「それでご主人は――」と自然に遮った。


「ピエールはさっき出て行って、まだ帰ってきていないよ」

「どちらに行かれたのか、ご存知でしょうか?」

「その辺を散歩していると思うよ。あ、良かったら中で待つかい? いつも一時間くらいで戻るから、多分もうそろそろ帰ってくるはずだよ」

「ありがとう奥様。お言葉に甘えさせていただきます」



 通された室内は狭かったが、辛うじて二人分の椅子はあった。当然のように夫人とエステルが座り、僕は妹の後ろに控えた。


「何か飲むかい?」

「いえ、おかまいなく。ありがとう」

「それで――あんたはあの若い男が殺されたことについて聞きたいんだっけ?」

「はい。ご主人が第一発見者として見つけられたとお伺いしましたので」

「ああ、ピエールは毎朝パンを買いに行くからね」

「どのような状況だったかはご存知でしょうか?」

「えっと……ここからパン屋に行くときに通ると近道になる細い道があるんだけど、そこであの男が倒れているのを見つけたらしいよ」


 これで二回目だ。エステルは元々兄に似て勘が良く聡明な上、助手として働いた一年の間にも鍛えられている。


「あの男――ということは、以前から殺された男性をご存知だったのですか?」

「いや、詳しくは知らないよ。だけどよくこの辺で見かける男なんだ。お貴族様って聞いて驚いたよ」


 王族や高位貴族にとっては取るに足らない下位貴族だとしても、平民にとっては貴族という階級だけで、自分達とは根本的に違う世界の存在だ。


「失礼な言い方になるかもしれませんが……貴族階級の方がこの近くを頻繁に訪れるのは少々珍しいですよね」

「そうだねえ……まあたまに貴族っぽい人は見るけど、しょっちゅうではないね。店は多いけど、金持ち向けじゃないし」


 玄関の方から扉が開く音がしたと思ったら、しわがれた声も聞こえてきた。


「おいビールをくれ」

「はいはい。あんたにお客さんが来てるよ」


 夫人が立つのと同時に年老いた、いかにも労働者上がりという容貌の男が顔を出した。


「見かけねえ顔だな。何の用だ?」

「ピエールさん、初めまして。新聞記者をしているエステルと申します。あなたが殺人事件の被害者を発見された時の状況をお伺いしたく、奥様のご好意で待たせていただいておりました」


 きちんとした挨拶から始まった会話に少々面を食らったようだったが、椅子に座り夫人が持って来たグラスを片手に口を開いた。ぞんざいな話し方なだけで、愛想は良さそうなのが感じ取れる。


「何を話せばいいんだ?」

「男性を見つけたのは、パン屋へ行く途中だったとお伺いしましたが」

「ああ、パン屋はここから歩いて五分もかからねえところにあるんだが、あそこは近道なんだ。そこを通るため曲がろうとした時、真ん中らへんに何かあるのが見えたんだよ。少し近付いたらうつ伏せで倒れている人だって分かったんで、酔っ払いが寝てるのかと思って起こそうとひっくり返したら……」


 その時の状況を思い出したのか、老人は顔を歪ませた。


「殺されているのが分かったのですね。その後はどうされたのですか?」

「その道を抜けた先にあるパン屋へ行って話して、ちょうど奥さんがいたから彼女に警備隊のところまで行ってもらったよ」

「あんた、女に行かせたのかい?」


 近くで話を聞いていた夫人が割り込んだ。


「おめえ、女を血まみれの死体の側に一人でいさせるより良いだろう? 想像できねえのか?」

「ふん、悪かったね」


 エステルが一呼吸おいてから尋ねた。


「――それで、警備隊の方は何と仰っていたか分かりますか?」

「ああ、二人の若いやつらが調べたりしてたけど……少ししてから上官みてえのが来て、『ただの物取りで、犯人もすぐ捕まるだろうから心配ない』と言って引き上げてったよ」 

「血まみれだったと仰いましたが、具体的にどのようにだったか教えていただけますか?」

「……正直酷いもんだった。めった刺しって言うのかい? 死体は初めてじゃねえけど、あんなのは見たことねえな。あの男だってのも、後から聞いて知ったくれえぐちゃぐちゃだったよ」


 後ろに立っているので見えないが、おそらくエステルは眉を上げて反応したことだろう。違和感があったのは僕も同じだ。

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